三話 魔女

 狼狽えるルーカスを置いて、執事とエマはただただ冷静にその状況を分析し続ける。


「金庫の鍵は主人が持っているのが普通です。執事であってもよほど信頼されていなければ鍵を任されることなどありません。やはり旦那様か奥様、あるいはご子息のどなたかでは?」

「信頼していた使用人が裏切ることだってあるわ。よく利用されていたっぽいルーカスに目をつけるのは雇い主より同僚がやりそうなことじゃない?」


 笑い話になればなどと考えていたルーカスは慌てて声を上げる。


「やめてくださいよ!? 同僚たちもご主人様方もそんな人じゃないですって!」

「じゃあ一つ聞くけど、銀食器や年代物の時計がその屋敷で無くなることはあった?」

「え、はい。なんでわかるんですか」

「その後、雇い主の目があなたにだけ厳しくなったりしたでしょう」

「なんでわかるんですか!?」


 エマは肩を竦めて執事を見る。

 執事は可哀想がるような表情でルーカスを見た。


「なるほど、確かにこの……なんといいますか、お人好し加減は……」

「なんですかちょっと!? はっきり言ってくださいよ!?」

「あなた同僚に窃盗の罪を擦りつけられてたのよ。多分頻繁に」

「えっ」

「エマ様、もう少しお言葉を……」


 執事のとりなしを無視してエマは真実を突きつけていく。


「雇い主の目が厳しくなったのはあいつが盗んだって告げ口されたからでしょ」

「い、いやいやそんなまさかぁ。先輩たちはいい人でしたよ? どこかから持ってきた食べ物分けてくれたり」

「台所から盗んできた食料ね。バレた時のスケープゴートにするために分けてたんじゃない?」

「……お、俺を鍛えるためと仕事を任せてくれたり」

「あきらかに怠けるためのいいわけじゃない」

「……」

「ちなみに何年ぐらいそこで働いてたの」

「に、二年ほど……」

「その間ずっと気づかなかったのなら、ルーカスって相当のバカね」

「うぐぅっ!!」


 きつい一言が胸に突き刺さった。

 ルーカスは項垂れ、とぼとぼとホールの隅へと移動する。

 まさか、いやでも、と食器を並べている棚に向かってぶつぶつ呟いていた。


 ルーカスの様子を見た執事が声を潜めてエマに話しかける。


「もう少し遠回りに伝えてもよろしかったのでは?」

「あの間抜けさを見たら誰だってあれぐらいは言いたくなるわ。お人好しのまま誰かに利用され続けるよりマシでしょう」

「お気持ちはわかりますが……ああ、でも少し危ないですね」

「図太そうだしそのうち立ち直るんじゃない?」

「いえ、あの棚は確かだいぶボロボロでして」


 そう言った直後、棚の板が外れてルーカスの頭へと落ちてきた。


「ぎゃーーーっ!!?」


 間一髪でルーカスは避け、棚がどごんっと鈍器のような音を立て床に激突する。

 その様子に執事は驚きながら拍手をした。


「おお、運が良い……! 普通なら死んでいましたよ」

「そんな呑気な! この屋敷大丈夫なんですか!?」

「はっはっは、大丈夫だったらこんな真夜中にまで補修などしておりませんとも」


 執事は朗らかにルーカスの言葉を笑い飛ばす。

 いやその目は笑っていない。ただやけくそになっているだけのようだ。


「開き直ったわね……」

「わたくしも体にガタが来ていまして修理が追いつかないのです。もう財産も残ってはおりませんから人も雇えませんしね。いえ、お金があっても噂のせいでそもそも寄りつく人はいないでしょう。ううっ」


 ハンカチを目元に当てて執事は嘆く。


「ここ数年で訪れた人といえば、追われて逃げてきた犯罪者や町に居場所の無くなった浮浪者ばかり。今日の昼にも二人の男達が来たんですがそれはそれは乱暴者で! 窓ガラスを割ったり屋敷の屋根に上って壊したりと好き放題の有様でした!」

「男が二人……? どんな格好の?」

「エマ、気にするところはそこじゃないような」


 ルーカスの言葉を無視してエマは体を机に乗り出す。

 ただ興味を持ったというには大袈裟な反応に、ルーカスは口をつぐみ、執事は僅かに驚きながら「えぇと」と思い出そうとする。


「そうですね。二人ともそう裕福ではなさそうな見た目でしたね。汚れやつぎはぎのあるコートやズボンを身に着けていまして……ああ、それと」


 記憶を掘り返していた執事がぽんと手を叩く。


「気になったのはボロを着慣れていない感じがしたことですかね。立ち居振る舞いが浮浪者らしくないといいますか」

「……その二人は、まだこの屋敷にいたりする?」

「いえいえまさか! わたくしが姿を現せばすぐお引き取りいただけましたよ。人がいるとは思っていなかったのかとても驚かれてました」

「そう。よかったわ」

「なんだ、人がいるのが怖かったんですか?」

「大人の男が暴れてたらそれは怖いでしょう。あなたが入ってくる時も凄い音がしたし」

「ううっ!?」

「ああ、そういえば何か落ちたような音を聞いた気が……」


 執事に目を向けられルーカスは大慌てになる。


「違うんですよ!? 裏口から入る時に上から瓦礫が落ちてきてですね!」

「ああー……それは元から屋根のタイルが外れかけていたところですね。誰も裏口からは入ってこないので後回しにしておりまして……やはりルーカス君は運が良い」

「二度も死にかけてるのは運がいいんでしょうか……!?」

「ははは。まあルーカス君は何も壊していませんし、追われているのも冤罪のようですし、いいお客様ですね。そういえば、エマ様の話はまだお伺いしておりませんでしたが」

「わたしは……」


 執事をちらりと見て、エマは目を逸らす。


「……ずっと西の方に行く予定」


 そして、それ以上何かを言う気はないというように口を閉じた。

 だがその言葉だけで執事が目を見開く。


「西にですか!? もしや西の果ての森に!?」


 ルーカスとエマが執事の剣幕にたじろぐ。


「そ、そんなに驚くことですか? というか森?」


 ナノーグ国の西果てといえば、島全体をその影が覆うほどの山が有名だ。

 森があるというのは聞いたことが無かった。


「外の人には山がよく見えるでしょうが、この国で西と言えば誰もがふもとの森のことを指すと考えます。ですが、山にしろ森にしろ目指すのはおやめになられた方がいいかと」

「な、何か怖いものが出るとか……?」


 幽霊の噂を思い出して背筋を震わせるルーカスに、執事は重々しく頷く。



「はい。あの森には——魔女がいるのです」



 いかにも恐ろしいという風に出てきた言葉に、ルーカスすら一瞬ぽかんとする。


「……えーと。魔女というと、お話とかの」

「悪魔を信仰する女性のことじゃないの。魔女狩りでこの島へ逃げてきたとか、そういう噂は聞いたけれど」


 自分の知る魔女を並べる二人に執事は強く首を横に振った。


「いいえ。あれはそういったものではありません。……わたくしは一度見たことがあります。あの恐ろしき姿を! 何もかもを凍てつかせるような碧い目を! 空を飛んで高らかに笑いこの屋敷へ――」

「し、執事さん。あの、あまり力まない方が」


 ルーカスが声を掛けると、ハッと執事が我に返った。


「あ、ああ、申し訳ありません。魔女の話となると、つい」

「……この島では、みんなそれぐらい魔女を恐れてるんですか?」

「これに関しては、わたくしが少し大袈裟と言いますか……申し訳ありません」


 執事が頭を下げるとその場に沈黙が降りた。

 エマは剣幕に押されてか冷汗をかいているし、執事は俯いたままだ。

 息が詰まりそうな空気の中でルーカスは努めて明るく声を上げる。


「あぁーちなみに執事さん! さっきの話ですけど!」

「さっきと言いますと……」


 執事が顔を上げる。


「ほら、昼間に入ってきた男二人に窓ガラスを壊されたとか! その辺の補修を良ければ手伝いましょうか!?」


 執事がバッと立ち上がり、エマが目を丸くしてルーカスを凝視する。


「よろしいのですか!?」

「あなたこんな怪しい屋敷で働くつもり?」

「怪しい屋敷!?」


 ショックを受ける執事にルーカスは否定できないと曖昧に笑う。


「いやぁ、手伝う代わりに一泊させてもらえないかなーって」

「ええもう手伝って貰えるのでしたら一泊でも十泊でも! 客室は綺麗にしておりますので! では今からでも作業をお願いできますか!?」


 ガッとルーカスの手が執事に掴まれる。

 今までの落ち込みようから一転して、その動作には絶対に逃がさないという強い意志が感じられた。


「え、あの、そんなに難しいことはできないかもしれませんが……」

「問題ありません! 未経験者にもできる簡単な仕事です!」

「なんか凄く怪しいんですけど!? うわぁ力強い!」


 老体からは想像もできないほど凄まじい力でルーカスは引っ張られていく。

 嫌な予感がして、ルーカスは藁にも縋る想いでエマへと助けを求める視線を送った。


 すると意外なことに、ため息を吐きつつもエマはルーカス達についてきた。

 どうやら付き合ってくれるらしい。

 眉にぎゅっと皺を寄せ渋々という様子で……いや。


 よく見るとエマは辺りの暗がりへちらちら目をやっている。

 ああ、一人でいるのが怖いのかとルーカスは察した。


「……なに?」

「いえなにも」


 流石にもう迂闊なことは言わずルーカスは廊下を引きずられていく。


「あ、そういえば執事さんのお名前を聞いてなかったような」

「わたくしのことはただ執事とお呼びください」


 にっこりと執事は微笑んだ。


「それだけが生きる意味のようなものですから」

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る