四話 執事の頼み

 ルーカスが引きずられてきたのは倉庫だった。

 仲にはルーカスの身長ほどまで積み上がった板や角材がぎっしり詰まっている。

 執事はそれを手で示してにっこりと笑う。


「君へ頼みたい仕事は、これらを全て一階まで運ぶことです」

「すみません! 人には限界があるので! 全ては難しいと思います!」


 圧倒的な量を目にしたルーカスは必死に意見する。


「というかこれは何に使うんですか!?」

「割れている窓を塞ぐのです。ガラスは手配できませんし、とにかく雨風が入ってこないようにしようと思いまして」

「こんな量が必要になるほど割れてましたっけ……?」

「夜だと気づきにくいでしょうが、大量に割れています。一階のホールなどは窓も大きいものが多いので板もたくさん必要になりますし。無理な侵入をする人が少なくなればよいのですが……」


 執事はため息をつく。


「最近は正面玄関も裏口も開けっ放しなんですよ。だというのにわざわざ窓など別の場所から侵入しようとしてくる人の多いこと! ということで!」


 ルーカスの手を執事はがっしりと両手で握った。


「どうかお願いします! この木材を一人で運ぶのはあまりに厳しいのです!」

「二人でもきつくないですかね!? 流石に全部を今夜中には――」

「この屋敷を管理し始めて幾年か! このように頼める方は全くおりませんでした! どうか老い先短い老体へ慈悲をかけると思って! どうか!」


 目じりに涙すら浮かべ縋るように願ってくる執事。

 主人一家が亡くなるまでの話や、執事の忠誠心をルーカスは思い出してしまい。


「が、頑張ります」


 つい頷いてしまっていた。


「ありがとうございます!」

「あなた少しは断るってことを覚えたら?」


 エマの呆れた視線が突き刺さってくる。そのエマへぐるりと。


「もしやエマ様も手伝って――」

「無理。流石に無理」


 こんな重そうな板を運べるか。

 そうきっぱりと断ると執事は残念そうにする。

 しかしすぐに立ち直り、懐から作業用の手袋を出してルーカスへ渡した。


「一階への階段は廊下をまっすぐ行けば右手にあります。ではお願いしますね!」


 執事はひょいと板を一枚持ち上げて素早い足取りで廊下を歩いていった。

 かくしゃくとした様子の執事にエマはジト目を向ける。


「あれだけ元気なら自分でどうとでもできたんじゃないの?」

「いやまあこの屋敷を一人で管理するのは尋常じゃないぐらい大変……というかほぼ不可能なぐらいですし。それに泊めて貰う代わりですから。エマもなにか他の仕事します?」

「……わたしはそもそもここに泊まる気はないわ」

「えっ、でも今から町に戻るのも大変ですよ」

「野宿でもするわよ」

「それは危ないでしょう」


 話しながらルーカスは板を抱えるが、予想以上の重さに少しふらついてしまった。

 執事の力に感心しつつ体勢を整えて歩き出す。

 エマはルーカスの後ろをついてきた。





 廊下の燭台にはいつの間にか火が灯されていた。


「これ執事さんがつけたんですかね。あれを運びながら一つ一つ……?」

「得体のしれない爺さんね」


 気味が悪そうにエマは顔をしかめる。その様子でふと気になっていたことをルーカスは思い出した。


「エマはあれですね、執事さんと話してる時はちょっと緊張してましたよね」

「……逆に、能天気に会話できるあなたがわからないわ。――ちょっと怖いじゃない、あの人」


 エマは寒さをこらえるように両腕を抱く。ルーカスにはよくわからない。


「まあ屋敷のことになると鬼気迫る感じはありますね。ここに泊まる気がないっていうのもそれが理由ですか? エマも一泊した方がいいと思いますけど」

「男二人がいる建物で一緒になんて、普通嫌でしょう。何でそんなに勧めてくるの」

「目の下にクマがあるので」


 エマはパッと自分の目に手をやる。


「あまり寝られていないんですか? そういえば西に行くっていうのは聞きましたが、どうして一人なのかは聞いてませんでしたね」

「……」


 エマの雰囲気が固くなった。

 なんとなくそれを感じ取ったルーカスは茶化すように喋り続ける。


「あっ、もしかして家出ですか? 俺も昔はしましたねぇ。とはいっても家の倉庫に隠れてただけですが。どこいったんだって探されてる時、いきなり頭の上にネズミが落ちてきて! 悲鳴を上げたら普通に見つかりましたね。何してたのか聞かれて、家出って答えたらげんこつくらいましたよ。あっはっは」

「……」


 ルーカスの笑い声が無人の廊下に消えていく。

 エマの雰囲気は緩むどころかますます張りつめてしまっていた。


 気まずい雰囲気の中で、エマが静かに口を開く。


「……祖母の家に向かう途中、変な奴らに襲われたの。そいつらを撒くためにここに逃げ込んできたのよ」

「大変じゃないですか!? 警察には——」

「警察はダメ。わたし不法入国者だもの」


 エマの暴露にルーカスは目を丸くする。


「でもおばあちゃんの家はこっちにあるんですよね」

「母が父の所に嫁いできたの。だからわたしの国籍もそっち。色々あって正式な手続きは取れなくて……」


 言葉の途中でエマは宙へ視線をさまよわせる。

 そして何を言おうか考えるように口を開け閉めし。


「だから、わたしにはあんまり近づかない方がいいわ」


 そんな結論だけを述べたのだった。


「不法入国者で変な奴らから追われてるなんて、厄介事の塊みたいなものだもの。さっき泊まらないって言ったのは、巻き込まないようによ」

「一度執事さんに聞いてみたらどうです? 俺でも泊めてくれるんだし大丈夫じゃないですかね」

「どうかしら。……昼に男が二人来たって言ってたでしょ。あれ、わたしを追ってきたのかもしれない。わたしのせいで屋敷が壊されたようなものよ」

「壊したのはそいつらじゃないですか。それにもう帰ったらしいですし」

「……何? 随分食い下がってくるわね」

「子供が変な奴に追いかけられてるんですよ。心配しないわけないでしょう」


 そう言ったルーカスをエマが見上げてくる。

 目を見開いたその顔にはただただ純粋な驚きだけが表れていた。


「一度執事さんに相談しに行きましょう。それまではちゃんと隣にいてくださいね。こんな廊下で一人きりにされたら腰が抜けて気絶します」

「情けないことを堂々と……相談して、出ていけって言われたらどうするの」

「その時は二人で野宿ですね」

「なんでついてくる気満々なのよ」

「子供の一人旅は心配じゃないですか!」

「よく知らない男がついてくるのも危険でしょ! そもそもあなたも追われてるじゃない! 追手が増えるだけじゃないの!?」

「それはー…………確かに! どうしましょう!?」

「知らないわよ!!」


 顔をしかめて怒鳴るエマ。だがその雰囲気はさっきまでより緩んでいるようだった。

 やがて右手の方に階段が見えてくる。


「ああほら階段ですよ。躓かないように気をつけてくださいね」

「話を逸らさないでくれる?」

「いやいや本当に重要なことで、おわっと!?」


 後ろを歩くエマへ振り返ろうとして、ルーカスは階段を踏み外し手すりにもたれかかった。


「あなたね――」


 エマが呆れた顔で何か言おうとしたその瞬間。

 メキッと嫌な音がして――もたれていた手すりが土台から壊れた。


「えっ」


 唐突に生じる浮遊感にルーカスの危機感が全力で警鐘を鳴らす。

 だが咄嗟に動くことができない。

 両手は強く板を握りしめるだけで、足は片方が宙に浮いていた。


 死の文字が脳裏をよぎった時。

 グイッ! と強くコートの端が引かれた。

 引っ張ってくれたのはエマだ。視界の端に必死の形相のエマが見えていた。


 その力はルーカスの落下を止めるほど強くはなかったが、体勢を変えて片足が地に着くぐらいの影響はあった。

 ルーカスはぐるりと半回転し、板を持ったまま階段へと尻もちをついた。

 一瞬後、ルーカスはどっと冷汗をかく。


「あっ危なかった! ありがとうエマ! でもなんか俺が動く度に屋敷を壊してしまっているような……!?」


 執事さんにどう謝ろうと頭を抱えるルーカスは、ふとエマの反応が何もないことに気づく。

 見ると、エマは目を丸く見開いたまま固まっていた。


「エマ……?」


 話しかけた瞬間、エマの目にじわりと涙がにじんできた。


「エマ!? どこか怪我を!?」


 ルーカスの叫びではっとエマは我に返る。

 そして慌てて目をこすり、思い出したように眉へ皺を寄せてルーカスを睨んでくる。


「どんくさいわね! わたしまで巻き込まないでよ!」


 どう見ても無理をして作った顔だった。


 ルーカスはつい、その頭に手をやる。

 ふわふわとした金の髪をなるべく丁寧に撫でた。


「すみません。でも、エマのおかげで助かりました。そちらは怪我は……ないみたいですね」


 また、エマの目が揺れて。


「大丈夫ですか!? 何か物凄い音がしましたが!」


 その時、執事の声が上から降ってきた。

 見上げれば慌てた様子の執事が階段を駆け下りてきている。


「何があったんで――おあぁーーッ!?」


 折れた手すりを見て執事が絶叫を上げる。


「あっあの、すみませ――」


 ルーカスが謝ろうとした瞬間、執事の横をすり抜けてエマは階段を走り登っていった。


「エマ!? すみません執事さん! 後で絶対に直すので!」


 固まっている執事に頭を下げ、板を抱えながらルーカスはエマの後を追いかける。



 その後ろ姿を執事がじっと見つめていた。

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