ロボット日本人形の歴史について

異端者

『ロボット日本人形の歴史について』本文

 それは、時代の流れとしては当然の成り行きだったかもしれない。

 とある町工場を経営する玩具会社が、ロボット雛人形を作ろうと提案したのだ。

 当時では既に、子供向けのヒーローの人形も歩行等のロボット化が進んでおり、その中で雛人形をロボット化しようとするのも不思議なことではなかった。

 しかし、その開発は難航した。

 その工場の人間が、雛人形職人の工房に協力を依頼しようとしたが、あっさり断られた。

 伝統ある雛人形をロボット化するなんてとんでもない――それが、職人たちの意見だった。

 その工場の人間が工房に何度も足を運んだが、返答は同じだった。どうにも伝統あるものを機械化することを「文化を汚される」と考えている節があった。

 とうとう、社長が直々に足を運んだが、相手にされなかった。

 社長は何時間も工房の入口に座り込んで懇願した……が、聞き入れられなかった。

「もう、こちらで人形から作りましょう!」

 とうとう社員までもそう言ったが、社長はそうしなかった。

 妥協せず、可能な限り高品質な物を――それが、社長の信念だった。実際にその工場は、他社の工場よりも高価になっても、品質を下げようとはしなかった。

 社長はついには工房の入口で土下座し続けた。

 そうして、ようやく職人たちは折れた。いや、社長の熱意にほだされたと言った方が良いだろうか。

 こうして、工房の職人たちと工場の技術者の共同で、雛人形ロボット化プロジェクトがスタートした。

 もっとも、なかなか意見が合わず、度々口論になった。

 技術者たちは、機械を入れるスペースを確保するために内部の構造を広げようとしたが、職人たちはそれで形が崩れることを拒んだ。

 特に実際の楽器を演奏する五人囃子ごにんばやしにはそれが多かった。彼らは、朝から晩までああでもない、こうでもないと思案を重ねた。それが翌朝まで続いてしまうことも少なくなかった。

 社長はその姿をかつて一介の技術者に過ぎなかった自分と重ねて、微笑ほほえましく思っていた。彼らには度々差し入れに飲食物を持って行ったが、彼らはそれを食べながらも手を止めようとはしなかった。

 伝統工芸の職人と町工場の技術者――立場は違えど、その熱意は通ずるものがあった。


 こうして、幾度となく失敗を重ねた結果、初のロボット雛人形は完成した。

 その最終テストには、工房と工場の全員が立ち会うことになった。

 最上段で穏やかな表情を浮かべ扇子をゆっくりと振る女雛めびな、自ら楽器を演奏する五人囃子――それらはまるで生きているかのようだった。

 それを見た者は皆一様に驚き、すごい物を作ったと満足げにうなづいた。


 そして、満を持して発売された――が、売れなかった。

 確かに、すごい物ではあった。しかし、高い水準を求めすぎた結果、非常に高価になってしまい、買い手がなかなかなかった。

 彼らは酷い徒労感に襲われ、落胆した。

 ある日、TV局から取材の申し出があった。伝統工芸と最新技術の融合として、番組の特集でロボット雛人形を取り上げたいというのだ。

 彼らはそれに賭けた。説明した工場の営業の人間は、高価ではあるが、それだけの価値があるということを強調した。その人は開発現場にも度々顔を出して、その苦労と努力をよく知っていたので、その説明には非常に熱意がこもっていた。

 その後、少しずつだが買いたいという連絡が来るようになった。それは徐々に多くなり、ついには生産が間に合わない程になった。雛人形の文化のない外国からも「技術的工芸品」として、購入したいという連絡が来るようになった。

 生産数を増やすために簡易化することも提案されたが、社長は頑なに拒んだ。目先の利益だけ考えて、質を落としてしまったら意味がない――彼はそう考えていた。海外で真似た粗悪品が出回っても、その考えは変わらなかった。


 こうして、ロボット雛人形は「新たな文化」を刻んだ。

 今日こんにちでは、ロボット日本人形のパイオニアとして、博物館に展示されている。

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