私の大切な人

セツナ

私の大切な人

 あの日、彼女は言った。


「咲ちゃんのおひな様キレイだねぇ」


 私の家に飾られた雛壇を見て、まるで自分の事のように嬉しそうに。


「きっとお母さんとお父さんは、咲ちゃんが大好きなんだねぇ」


 なんて。今思えば小学生の割にやけに達観した様子で、まるで自分とは違うと言うように。

 そんな彼女に、私は言ったのだ。


「私も萌ちゃんの事好きだよ」


 それは彼女の羨ましそうに、ひな人形を見つめる瞳に同情したからではない。

 私はずっと、彼女の事が好きだった。


***


 萌ちゃんの家庭環境が良くないことに気付いたのは中学生くらいの頃だった。

 彼女はいつも自分でお弁当を作り、シワの寄った制服を着ていた。

 そして私が何かを言う前に、いつも先手を打ってくる。


「ちゃんと出来なくて恥ずかしいよね」


 それらを前ちゃんは自分でするしかないのだと、私は悟った。

 当然のように家族にお弁当を作ってもらい、洗濯してアイロンまでかけてもらっている制服を着ている自分が恥ずかしくなった。


 そしてある日、決定的な出来事があった。

 夏なのに、萌ちゃんが冬用のシャツを着てきたのだ。

 一年生の夏だった。まだ一度も身に付けられていなかったその制服は、いつもと違い綺麗で。

 それが逆に悲しさを纏っているようだった。


「萌ちゃん」


 私は彼女を呼び止めた。

 無理矢理その袖をめくらなくとも、彼女の足にあったあざと同じものがあるのだろうと思ったから。

 だから言った。


「私、萌ちゃんの事が好き」


 こんなの、気休めにもならないと知っていた。

 でも、伝えたかった。

 貴女は一人じゃないと。

 私は何があっても貴女の味方だと、伝えたかった。


「咲ちゃん……」


 萌ちゃんは一瞬呆気に取られたように目を丸くして、そして笑った。


「うん! 私も咲ちゃんが好き!」


***


 そして、あれから十五年の月日が経った。

 白を基調とした、部屋で貴女の後ろ姿を私は見ていた。

 髪を綺麗に結って、美しくメイクをされた貴女は世界で一番綺麗だった。


「咲ちゃん」


 そして彼女は振り返り私を見て笑った。

 あの頃と同じ笑顔で。


「綺麗だよ萌ちゃん」


 私はそう微笑んだ。嘘でも虚勢でもない、本心だった。

 ウェディングドレスに身を包んだ彼女は、本当に綺麗だった。

 幼い時からずっと変わらない。どんなに辛い状況でも消える事のなかった笑顔。

 萌ちゃんが好きだよ、と。ずっと言ってきたあの言葉は変わらない、これからも変わることはないだろう。


「お時間です」


 呼びにきたスタッフの声に頷くと、萌ちゃんはゆっくりと立ち上がった。

 そしてそんな彼女の手を引いて私は歩き出した。

 扉を開けた先には大勢の人たちがこちらを見ていて、その誰もが彼女を祝福していた。

 どんな環境でも、負けずに彼女が生きていた証だ。

 赤い絨毯の上を萌ちゃんと歩く。

 彼女が生きてきた道、私が生きてきた道を辿るように。

 そしてその道の先には同じく白いスーツを着た男性が、萌ちゃんを待っていた。

 その瞳にはもう既に涙が溜まっていて、この人に萌ちゃんは愛されているのだと実感する。

 そして、私は彼女の手をゆっくりと離した。

 新しい彼女の人生を支えてくれる人に、役割を渡すために。

 萌ちゃんは最後に私の瞳を見ると、泣きそうな表情を浮かべながら唇を動かした。


「咲ちゃん大好き」


 声がなくともハッキリと分かった。

 その言葉で、私の瞳にも涙が溢れていく。


 私も、と伝えることはできなかった。

 それでも私は彼女が大好きだった。


 視線を逸らし、自分のことを待つ人の元に萌ちゃんは歩き出した。

 会場には、彼女達をを祝福する拍手が鳴り響いていた。

 私は最後まで手を叩くことは出来なかった。

 拍手が一層強く、鳴り響いた。


-END-

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私の大切な人 セツナ @setuna30

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