Ladies' Banquet

シンカー・ワン

淑女たちの宴

 ナフリ大陸西南の有力国コルツ。

 国を縦断するようにそびえるロックニー山脈は、山をわかつように落ちた旧時代の空中浮遊都市ヴィンスの遺跡を有すると共に、魔獣・怪物の繁殖地として名を馳せ、迷宮保有都市バロゥとその南に広がる森林地帯の埋もれた遺跡群、点在する大小の町村と仕事には事欠かないため、定住する冒険者が多いことで知られる。

 拠点となるのはもちろんバロゥ。多くの一党パーティが滞在している。

 忍びクノイチたちの一党もその中のひとつだ。

 

「次の新月の夜、空けておいてもらえる?」

 頭目リーダーである女魔法使いねぇさんに乞われたのは、満月が終わったばかりのころ。

 四人組になったが、『一党に縛られることなく自由に。ただし断りは入れる』の不文律ルールは健在。

 それをふまえた上での『お願い』に、否など言えようもなし。

 ましてや他のふたり、女僧侶尼さん熱帯妖精トロピカルエルフが了解済みだと聞かされてはなおさらだ。

 忍びはふたつ返事で応じる。

 個人仕事や一党請けをこなしながら、欠けていく月を見送り夜を数えていった。

 

 迎えた新月の夜。

 ねぇさんに付き従い、武器を持たない冒険装束でバロゥ冒険者区を進む。

 手馴染んだ得物がないのに心細さを感じるのは、隣を歩く熱帯妖精も同じようだ。

 よどみなく先を行くねぇさんと尼さん。

 気が付けば一党は歓楽街、しかも最奥の色街を進んでいた。

 通りの両側から、肌も露わな様々な種族の女性、見目麗しい男性たちが送ってくる秋波をかわしつつ一党はさらに歩みを進め、色街の外れで止まる。

「着いた、ここ」

 辿り着いたのは夜の社交場、脱衣舞踏劇場ストリップシアター

 場所が場所だけに、たじろぐ前衛組――尼さんは泰然としていた――に、

「今夜は貸し切り。ショーはやってないから大丈夫」

 安心させるように告げる頭目ねぇさん

「やっててもいいんですけどね~」

 などとのたまう尼さんを苦笑で制し、伴って半地下にある入場口へと降りていく。

 隊列はいつもとは逆で、ねぇさんが先頭、尼さん熱帯妖精が続き、しんがりが忍びである。

「な、なんかダンジョン潜るみたいな感じだなぁ」

 警戒と好奇半々、好奇やや増しな口ぶりで話しかけてくる熱帯妖精を、なに言ってんだって感であしらい、先へ行くことを促す忍び。

 ――内心、同じようなことを思っていたのはおくびにも出さない。

 それほど長くない下り階段を降りきり、突き当りを左へ。緩やかに右回りする通路を進むと樫材を鉄枠で補強した扉が現れた。

 ねぇさんが扉を独特のリズムで叩くと、のぞき窓が開き、

「符丁を――ススキの原は銀の色」

 扉の内側から声が返る。

 低く太いが荒さを感じない、対応しているのは同性だろうとをつける忍び。

「……旅空に 故郷ふるさとは 遠い夢」

 ねぇさんが普段と違う、どこかせつなさを堪えたような口調なのは、故郷で暮らすかつての想い人を思い浮かべてか?

 カチャリと錠が外れる音がして扉が内側へと開き、

「――いらっしゃいませ」

 鮮やかに輝く銀の髪をきっちりと整え、黒服を着こなした男装の麗人が、恭しくこうべを垂れて一党を招き入れる。

 人ひとりがやっとだったここまでの通路と違い、扉の内側は数人が余裕で並んで歩けるほどの広さになっていた。

 自然と先頭に黒服、続いてねぇさんと尼さん後衛組、あとに忍びと熱帯妖精前衛組という並びとなって通路を進む。

「皆、もう?」

 ねぇさんが尋ねると、

「――お客様たちが最後でございます」

 黒服は軽く礼をして答えた。

「と、言うことは……もう出来上がっちゃってるころでしょうねぇ」

 尼さんが苦笑いを浮かべ、ねぇさんが合わせて小さく笑う。

 勝手がわからず顔を見合わせている前衛たちに視線を傾け、

「……酒宴の肴にされる覚悟、しておいた方がいいですよ」

 にこやかに脅しをかける尼さんをたしなめるねぇさん。

 不知であることの限界が来たのか、足を止め忍びは改めて問いかける。

「そ、そもそも今夜は何が? ここで何を?」

 隣で、うんうんと熱帯妖精がうなづきを二度三度。

 アイコンタクトで意思を交わしあい、説明役を担ったのだろう、ねぇさんが口を開く。

「催されるのはバロゥを拠点にしている女性冒険者の親睦会。ここはその会場」

「気まぐれに開かれるんですよ。新月ごとにやったかと思えば何年も未開催だったり」

 ねぇさんの言葉の足りていないところを補いながら尼さん。

「前回が三年くらい前で……おふたりはそのころ?」

「大陸の東に居た」

「三年前だと……ハントリーかなぁ」

 忍びは国を出たころだといい、熱帯妖精は南方の港町の名をあげる。

「ふたりはこの会に出るのは初めて。だから肴にされる」

「私、前回散々弄られましたから」

 少し申し訳なさげに告げるねぇさんと、尼さんが経験者らしく語る。

 その言葉に未知の恐怖を感じる前衛組。

 通路で足を止めワキャワキャやってる一党を眺め、好まし気な笑みを唇の端を浮かべるが瞬時に引き締めてから黒服が声をかける。

「皆さま、お待ちでございます――」

 会話の流れを邪魔しないよう、絶妙なタイミングで挿し込まれた言葉に、歩みを再開する一党。

 後ろから「やだなやだな」「大丈夫、とって喰われは……」「なんで言い淀みます?」「行き過ぎるようなら止めに入る」「頼むぞぉ」とか、聞こえてくる会話に小さく笑う黒服。


「ここでごさいます」

 前衛組にとって処刑会場となり得る、ホール入り口にたどり着いた。

 分厚いだろう扉の向こうから漏れ聞こえてくる嬌声に、前衛たちは顔を青ざめさせ、後衛たちは困り顔の笑みを浮かべる。

 どうぞ、と黒服が扉の横に立ち、入場を促し、

「楽しまれますよう――」

 と、一言残してすぅっとバックヤードへと向かう細い通路へと消えた。


 扉の内側は、すり鉢状のホールだった。

 すり鉢の底にあたるところには舞台から張り出たステージがあり、囲むようにして階段状に客席が広がっている。

 感覚的にはコロセウムのスケールダウン版といって赴きか。

 背もたれが後席のテーブルになっている客席は、区切りのないベンチシートが連なった仕様。

 ほぼ満杯の客席で酒瓶片手に管巻いているのは、自分たちと同じような冒険装備の女性冒険者たち。

 まぁ、大半は見事に着崩れてたりしていたが。

 

 ――まるでひな壇だ。

 自国の風習、『ひな』と呼ばれる人形を棚段に飾る行事を思い出す忍び。

 未婚の女子のための行事と言われているが、忍び自身は経験したことはなく、伝え聞いた知識しかない。

 色紙で作られた着物をまとった『ひな』は愛らしくきれいだという。

 眼前の、生死の境を潜り抜けて使いこまれた装束らとは別物だろうと忍びは思う。

 

 段の中央、一番上に陣取っていた小柄な影が、ホールへ入ってきた忍びたち一党を目ざとく見つけ、

「おおっ、来たな青の魔女ストレイガ・ブルっ!」

 体躯に似合わぬ蛮声で呼びかけた。

「そのふたつ名は止めて」

 困ったような、くすぐったいような声音で返すねぇさん。

「ハハハッ、何をいまさら。まぁ来いこっち来い」

 豪快に笑いながら大きな身振りで呼びかけてくる小柄な影。

 呼ばれるまま一党で段を上へと行くと、すでに出来上がっている同業者たちからの遠慮のない値踏みする視線が、バシバシと突き刺さってきた。

金色の尼僧ラヌン・ドール、こっちさう」

 尼さんにも聞き慣れぬ呼びかけがあり、どこからともなく手が伸びてきたかと思えば、あれよあれよと引っ張って行かれる。

 連れていかれた先で「まぁまぁ飲め飲め」「今アレと一緒って、結局引っ付いたってわけぇ?」「前から怪しかったもんなぁ」「で、よろしくやってんのぉ?」「どっちがタチ?って、訊くまでも無いかぁ」などと姦しいやり取りが聞こえてくる。

 空にしても次々と注がれる酒、矢継ぎ早に投げかけられる艶談に飲み込まれていく尼さん。

 経験者面してさんざからかってきた尼さんが、あっさりと酔っ払いたちのオモチャにされている現実を目の当たりにし、とはこういうことかと、忍びと熱帯妖精は恐怖した。


「やっと来たな、まずは駆けつけ三杯と行こう―ゼ」

「壮健かい、青の魔女?」

 最上段の席で待ち構えていたのは軽装の小人族パルヴスと、雪の結晶のごとき白い肌に白髪の妖精エルフ氷雪妖精フローズンエルフだ。 

「ご無沙汰。草原の君主きみ乙女の座ユングフラウ

 親しげに挨拶をかわしたあと、忍びたちにこのふたりがバロゥ女性冒険者の顔役であることを告げる女魔法使い。

「前のときにゃ見なかった顔だな?」

 草原の君主と呼ばれた小人族が忍びたちをねめつけ、

「あなたが一党を組むのだから、逸材なのでしょうね」

 白い妖精が微笑みながら問いかけてくる。柔らかな声音だが値踏みする感触があった。

 ゴクリと喉を鳴らす忍び。

 幼さを残したまま成長する小人族パルヴスに、不老の権化たる妖精族エルフ

 若い見かけに惑わされそうになるが、目の前のふたりが古強者ふるつわものであることが皮膚感覚で理解できた。

 隣に立つ熱帯妖精も同じなのだろう、愛用の槍を求めて右手が小刻みに動いているのが目の端にうつる。

 忍び自身も、腰に苦無がないことの心細さが募っていた。

「お、やるか? オリャあつえぇぞ?」

 防衛本能が働き戦闘態勢に入りかけていたふたりを、からかうように凄んで見せる草原の君主。

 放たれる圧に、あっさりと消し飛ばされる、忍びと熱帯妖精の戦意。

 こなしてきただろう場数と格の違いを、瞬時にわからせられてしまう。

 が、屈して膝をつかなかったのは、顔役たちには及ばないとしても、これまで積み重ねてきた経験のたまものか。

「うちの子をいじめない」

「若い相手にイキるの、見っともないわよ?」

 一触即発の場も即座に女魔法使いと氷雪妖精からたしなめが入り、緊張感は霧散する。

「ガハハ、悪い悪い。でもオレ相手に構えられるたぁ、さすがはお前の一党だな」

 悪びれもせず豪快に笑う草原の君主。気分は良さげだ。

「いい度胸してんじゃねぇの。気に入った! 飲め、まぁ飲めっ」

 自ら忍びたちへとさかずきを差し出す。

 ねぇさんと氷雪妖精が目配せで席に着くことを促し、誘われるままに同席する忍びたち。

 グイッと手渡された杯を飲み干せば、

「ぃよおっし、いい飲みっぷりだ。先ずは武勇伝、聞かせてくれねぇか?」

 ずんずんと距離を詰めてくる古強者に、飲まれていくのを感じながら、

――でも、それほど悪くはない。

 と忍びは思う。

「夜はまだまだこれから、さぁさぁ」

 この古強者たちを楽しませることが今宵の冒険ミッションだなと、忍びは腹をくくる。

 挑む姿勢がよみがえり、自然と口元が不敵な笑みの形を作っていく。

 熱帯妖精も持ち前の強コミュニケーションりょくが復活し、もはや顔役たちに対しての気後れはうかがえない。

 敬意を持ちつつも、気安く話しかけ、ずかずかと懐へと入り込んで行っている。

 

 そんなふたりを見守る女魔法使いのまなざしは、どこまでも優しかった。

  


 

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