バズれなかった男

わんし

バズれなかった男

 翔太しょうたは、YouTuberとして生計を立てたいと思っていたが、現実は厳しいものだった。動画をアップロードしても、登録者は増えることなく、毎日のように落ち込んでいた。


 どうしても人々の注目を集めたかった。しかし、どんなに努力しても、再生回数は伸びず、コメントもほとんどつかない。翔太は、そのことを誰にも話せなかった。誰にも理解してもらえないと感じていたからだ。


「もっと面白い動画を作らなきゃな…」


 翔太は、何度も鏡の前でつぶやきながら、自分に言い聞かせるようにしていた。だが、その言葉に力は感じられなかった。


 もうどうしていいのかわからなくなっていた。周りのYouTuberたちはどんどん成功を収め、数十万、数百万の登録者を持つようになっていた。そんな中で、翔太はただ一人取り残されたように感じていた。


 ある日の夜、翔太がいつものようにネットサーフィンをしていると、


[絶対にバズる方法]


 という記事が目に入った。そのタイトルに思わず興味を引かれた翔太は、記事を開いてみた。


「願い事を言って、謎の電話番号にかけるだけで、あなたの夢が叶う…」


 不安と好奇心が入り混じった気持ちで、翔太はその方法を試してみることに決めた。記事に書かれている番号は、ただの電話番号に過ぎなかった。


 しかし、どこかに引っかかるものがあった。無謀かもしれないが、これ以上何も失うものはなかった。翔太は、記事に載っていた番号を携帯電話に入力し、ダイヤルボタンを押した。


 数秒の沈黙の後、電話が繋がった。小さな、静かな声が響いてきた。


「あなたの願いは何ですか?」


 翔太は、何も考えずにその言葉を口にした。


「100万回再生される動画を作りたい。」


 その願いが届くのかどうか、翔太自身もよくわからなかった。


 しかし、どこかでそれが現実になる予感がしていた。そして、電話は何の前触れもなく、プツンと切れた。


 翔太はしばらくその場に座っていたが、気づけば朝が来ていた。昼間の仕事が終わった後、いつものように家に帰り、再度カメラの前に座って動画を撮り始めた。


 しかし、その日撮った動画には特別な要素はなかった。ただの日常の一コマ、何気ない一日を撮っただけだ。それをYouTubeにアップロードした翔太は、反応が来るのを待つ間、少し寝てしまっていた。


 目を覚ますと、スマートフォンの画面に通知が溢れかえっていた。驚いて開いてみると、彼がアップロードした動画の再生回数が、すでに数万回を超えていた。それだけではない。そのコメント欄も爆発的に増えており、フォロワー数は一気に1000人を超えていた。


 翔太は、その時点で何が起こったのかを理解することができなかった。ただ、興奮と興味から、次々と動画をアップロードし続けた。彼が撮った何気ない一瞬が、どんどんバズっていく。再生回数は次第に増加し、気づけば100万回再生を超えた動画も出ていた。


 翔太は、ついに成功を手にしたのだと感じた。自分の努力が報われた瞬間だった。だが、その裏では、思いもよらない恐怖が静かに迫っていた。


 翔太のチャンネルは、瞬く間に大人気YouTuberとして名を馳せることになった。動画は次々にバズり、彼のフォロワー数は急激に増えていった。彼が投稿する動画に対する反応は、どれも絶賛の嵐だった。コメント欄は常に賑わい、ファンからのメッセージは日に日に増えていった。


「翔太さん、次はどんな動画ですか?」


「もう一度見たいです!」


「お願い、また撮ってください!」


 彼が想像していた以上に、視聴者は彼を求めていた。最初はその興奮を楽しんでいた翔太だが、次第に次の動画へのプレッシャーを感じるようになった。


 彼の周りには、すでに「人気YouTuber」としての自信が芽生えていたが、それと同時に不安も少しずつ顔を出していた。何かが少しずつ変わっていくような気がした。


 そして、次第に奇妙なことが起こり始めた。翔太がバズる前には考えもしなかったような出来事が、現実のものとなっていた。最初に気づいたのは、家族との会話が妙にぎこちなくなったことだった。


 母親と電話をしていたとき、彼は母親の顔が思い出せなかった。電話越しに話しているその声は確かに母親のものだが、翔太はその顔を思い出すことができなかった。ふと、頭の中で浮かぶのは曖昧なイメージばかりだった。


「おかしいな…」


 翔太はその後も、家族や友人たちとの会話で同じような感覚に襲われることが多くなった。


 父親の顔も、親友の顔も、何となくぼんやりとしてきていた。記憶の中で、彼らの顔が次第に薄れていくのがわかる。そして、ある日、翔太は気づいた。


 自分の携帯電話の連絡先に、親友の番号が無くなっていたのだ。


 翔太は、何度も電話帳をスクロールした。けれど、友人の名前がどこにも見当たらない。必死に検索しても、その名前は出てこなかった。まるで、その人物が存在しないかのように。


「おかしい、なんでだ…」


 それからも状況は悪化し続けた。翔太が撮った動画の内容が、だんだんと現実味を欠くようになった。彼の編集作業が、以前よりもどこか無意識的で、あまりにも急いでいた。どこか焦りが見え隠れしていた。


 それに伴って、彼のフォロワーからのメッセージも異常なほどに増えていったが、その内容には奇妙な点があった。


「翔太、見てるよ」


「次の動画、楽しみにしてる」


 そのメッセージは、何度も彼に送られてきた。しかし、どれも出所が不明で、送り主が明確にわからなかった。まるで、彼の周りに無数の人々が張り付いているような、そう感じられるメッセージばかりだった。


 翔太はその状況に耐えられなくなり、少しずつ心が乱れていくのを感じた。


 ある晩、翔太はもう一度あの電話番号にかけてみることを決意した。あの奇妙な電話が、何かを知っているのではないかと、彼は考えていた。電話をかけると、あの小さな声が再び響いた。


「あなたの願いは何ですか?」


 翔太はその言葉に、もう一度願いを口にした。


「僕は…自分の記憶を戻したい。」


 しかし、電話の向こうからは、答えが返ってこなかった。しばらくの沈黙の後、翔太は電話を切った。その瞬間、部屋の空気が一変したような気がした。何かが、明らかに違っていた。


 そして、その翌日から、翔太の生活はさらに狂い始めた。どんどんと奇妙な現象が起こり、彼の周りの全てが、まるで彼を試すかのように不安定になっていった。


 翔太の記憶が失われていくにつれ、彼の周りで起こる異常はますます酷くなった。最初は些細なことで気づかなかったが、次第にその変化は彼の目の前で鮮明に現れるようになった。


 ある日、翔太が自宅で寝ていると、夜中に目を覚ました。ふと携帯電話を見ると、画面に通知が並んでいた。


 その中に見慣れない名前があった。普段、翔太は登録していないはずの名前だった。驚いてその通知を開くと、そこには


「お前、もう少しだ」


 とだけ書かれたメッセージが表示されていた。


「誰だ…?」


 その名前も、メッセージの内容も、翔太には全く覚えがなかった。少し前の自分なら気づいていたはずだ。だが、その人物が誰か思い出せない。それがさらに恐怖を煽る要因となった。


 翔太はその夜、眠れなかった。翌朝、何気なくテレビをつけたが、ニュースの一報に目を奪われた。[YouTuber失踪、謎の消失]というタイトルが画面に映し出されていた。ニュースキャスターが続けて言う。


「最近、急激に人気を集めたYouTuberたちが、何の前触れもなく突然姿を消すという事例が相次いでいます。警察はこれを『神隠し』のような事件と考えており、調査を進めていますが、いまだに有力な手掛かりは得られていません。」



 翔太はそのニュースを見て、思わず息を呑んだ。それは、まさに彼が見逃していた事実だった。急成長したYouTuberたちが消えていくという話は、他のYouTuberたちの間でも噂として聞いたことがあった。


 しかし、まさか自分がその一人になるとは想像すらしていなかった。


 不安と焦燥が心を支配していった。どうして自分が忘れてしまったのか、どうして記憶が薄れていくのか。その理由を探ろうとするたびに、翔太は次第に視界が歪み、周りの人々がまるで他人のように感じられるようになった。


 顔を見ても名前を思い出せない、何度も会ったはずの友人や家族を見ても、どこかが違う。いつも一緒に過ごしていた人々が、突然自分にとって他人のようになっていった。


 さらに悪いことに、翔太のYouTubeチャンネルも奇妙な現象に見舞われ始めた。動画をアップロードした直後、何かしらの不具合が頻繁に発生するようになった。アップロード後、再生回数が増えるどころか、逆に数字がどんどん減っていくのだ。それに加えて、コメント欄には意味不明なメッセージが並ぶようになった。


「翔太、気づいてるだろ?お前はもう遅い」


「お前のことを知ってるよ」


 最初はそれらを冗談だと思い込んで無視していたが、だんだんとそれが現実であることに気づくようになった。翔太が気づかないうちに、何かが確実に変わり始めていた。


「もうどうしていいか分からない…」


 翔太は、ある夜、何もかもが恐ろしいほどにリアルに感じられなくなった。記憶の中で、家族の顔も、友人の名前も、すべてが薄れていく。自分が本当にこの世界に存在しているのかすら疑問に思えるほどだった。


 その時、またあの電話番号を思い出した。翔太はもう一度、あの番号に電話をかける決心をした。電話をかけ、震える手で番号を入力すると、すぐにあの静かな声が耳に届いた。


「あなたの願いは何ですか?」


 翔太は、もう恐れるものは何もないと思っていた。記憶を取り戻すために、そして自分を取り戻すために、再度願いを口にした。


「僕は…もう一度、全てを取り戻したい。」


 しかし、電話の向こうからは、今度は何も返答がなかった。途切れた電話線の向こうに、ただ静寂が広がっていた。その瞬間、翔太は恐ろしい確信を持った。あの電話が、彼を操っている何かの一部であることに気づいたのだ。


 翔太が最後にその電話を切った瞬間、部屋の灯りが一斉に消え、部屋が真っ暗になった。震えながら周囲を見回すと、部屋の隅に何かが動いたような気配がした。


 そして、ふと気づくと、自分がいるはずの世界が、すでにどこか遠くに消えてしまったかのように感じた。


 翌日、翔太のチャンネルは完全に消えていた。彼が過去にアップロードした全ての動画、再生回数、コメント、そして彼の名前さえも、YouTubeのデータベースから跡形もなく消え去っていた。


 彼の存在を知っている者は誰一人としていなくなり、もはや何も証明するものは残っていなかった。


 しかし、その代わりに、奇妙なチャンネルが急上昇ランキングに現れた。そのチャンネルの名前は「バズれなかった男」だった。


 そのチャンネルには、翔太が最後に撮影したと思われる映像がアップロードされていた。映像の中で、翔太は震える声でカメラを見つめ、何度も何度も


「助けてくれ」


 と叫んでいた。しかし、その悲痛な叫びは、視聴者には届くことはなかった。


 コメント欄には、冷笑や皮肉の言葉が並び、


「またヤラセだろ」


「こういうの好きだな、どうせ次は面白くないんだろ」


 などと、無情な反応が続いた。


 翔太は最後の力を振り絞って配信を終え、その後、再びどこにも見当たらなくなった。


 その映像は、彼が最後に残した痕跡だった。しかし、誰もそれを真剣に受け止めることはなかった。視聴者たちはその映像を一時的に流行らせ、その後はすぐに忘れてしまう。そして、翔太の存在は、確実に消えていった。


 その後、「バズれなかった男」というチャンネルの名前がインターネット上で話題になることはなかったが、次第にその名前が人々の記憶からも消え去り、誰もそのチャンネルを覚えていないようになった。


 翔太のことを知っている者も、最初からいなかったかのように、誰も彼の名前を口にすることはなかった。


 そして数ヶ月後、あるYouTuberが突然「新しい動画を投稿した」として話題になった。


 その動画の中には、翔太に似た人物が映っていた。その人物は、自分がかつて何をしていたのか、何をしていたのかをまったく覚えていないようだった。


 そして、コメント欄にはまたもや皮肉や冷笑の言葉が並んでいた。


「またこんな動画か」

「今度こそ本当に消えろよ」


 といった言葉がコメントされる中、翔太の姿は、再び消え去っていった。


「バズれなかった男」


 という名前は、どこかの暗い記憶の片隅にひっそりと残り、その後、誰にも気づかれないまま忘れられていった。そして、翔太が過ごしたその日々の痕跡は、永遠に消え去ったのだ。


 何もかもが、ただ一つの問いを残して…



「もし、あの電話にかけなければ、何が違ったのだろうか?」

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

バズれなかった男 わんし @wansi

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ