第17話 姫様だってしたいことがあるんだよ
ローベルトお兄様はセレニヤヴァ村の話をはじめた。
都の中心からは、馬車で朝に出発すれば昼過ぎくらいには到着する山間の村。そこには王家が管理する森林があり、城で使う木材を切り出していた。
その森を背にした場所に小さな別荘がある。
しかし、近年は利用するものもいなく寂れていたのだが、ウルシュラ姫が生まれた頃から、お兄様が私財で少しずつ、整備していたそうだ。
「娘が大きくなったら避暑や静養に使いたいと思ってね。その整備もほとんど終わっているんだよ」
そこに、静養かねて行ってきたらどうだいとお兄様は言う。
「でも……そんなの今は許されるのかしら」
「お忍びでいけばいいんだよ。僕があちらに連絡して、準備させておくよ。その気になったらこっそり連絡をくれ」
「ありがとう、お兄様」
「いいや。君は妹みたいなものだしね。それに……少し顔色が悪いのが気になったよ。将来の女王様には元気でいてもらわないと」
セレニヤヴァ村に王家所有の別荘があることはなんとなく知っていた。
ミルオゼロ湖事件以降、別荘地に静養にいくことを取りやめた王族や貴族が少なくなかった。偶然とはいえ、私とお母様が夜盗団の強襲に巻き込まれたのは、治安のよい王都で暮らす王族や貴族には衝撃だったのだ。
そのこともあって、セレニヤヴァ村の別荘も寂れていたのだろう。
(確かにお兄様の言うとおり、成人したら今より自由に過ごせない……)
私はなんだか寂しい気持ちになった。その前に気分転換で自然豊かな景色をみるのもいいのかもしれない。
お祖母さまの式典があった翌日。私は、再び金糸雀隊全員を集めた。
詳しいことは伏せたけども、先日の嫌がらせをした犯人の目処が立っており、またそのものたちは、これ以上動くことができない可能性があるという話をした。
冷静なサシャが尋ねてきた。
「それは確かな情報ですか?」
「ええ、信頼できる筋よ。だたまだ証拠が固まってないので、それをつかんでから軍に報告するという話なの」
「一点だけ教えていただけますか?」
「なにかしら」
「それは国内勢力ということですか?」
「ええ。そうよ」
サシャは、少し考えこむ。
他のみんなは、黙ってサシャの成り行きを見守っていた。
「私も今回の件は、あまり大きな武力を持たない人物、もしくは組織ではないかと推測していたので、ミルドラ姫が得てきた情報と類似している部分があるかと思います」
サシャはユディタをすっと見た。
ユディタも頷く。
「私も、サシャと同意見です。そもそも今存在する反王制派のグループは、少人数の集まりで組織化されてるとは言いにくい。なにより、先日の怪文書や野犬の件以降、動きがなく、ただの嫌がらせで終わっているのが証拠ですね」
手持ちのノートをユディタは開く。
隣のマルタが、ノートを覗きこむように体を動かした。でも、ユディタはさっとノートを持ち上げる。彼女の極秘のノートなのだろう。
「本当にミルドラ姫や王太子に何か危害を与えようするのでしたら、間髪入れずに行動を起こさないと、対策を立てられてしまいます。実際、こちらの宮ではすぐに塀も補強し、人員も増やしました」
「犬も来ましたもんね……」
ゾラが言う。
そう。
番犬を飼うという計画はすでに実行され、つてをたどって勇敢な犬を三匹迎えいれた。ただし二匹はまだ子犬で、今はただ可愛いだけ。子犬たちは成長に合わせて訓練する予定で、ミランもそれに立ち会うと張り切っている。
無邪気な子犬は、みんなの気持ちを和ませているようでリリヤヴァ宮が明るい雰囲気になったことも確かだ。
「反体制派はどこの国にもいるものですわ。大きな力を持っているわけではないなら、安心してもよいのではないかしら」
ノエミの言葉に、マリアナは頷く。
「そうだね、あとは、証拠が固まって解決するといいね」
「だけど、まだ油断しないほうがいいわ」
静かな口調でディアナが言うと、腕組みをしたアマーリエがうんうんと頷く。
アマーリエの隣に座ってるカグヤは黙っている。
私は思いきって、別荘地セレニヤヴァ村に静養に行きたいという話をした。
「……お母様にも聞いたんだけど、森の香りもすがすがしいいい場所だそうで、どうかしら」
どの面々も戸惑った表情で、まわりの様子をさぐっている。
「えーと……意見があれば……」
私が促すと、ディアナが話し出した。
「セレニヤヴァ村自体は、穏やかでいい場所よ。私も高等学校時代に級友たちと小旅行で行ったことがあるわ。民宿やロッジがあって、手軽な旅行先として人気があるの。特に美しい花園があって素晴らしかったわ」
懐かしそうにディアナは穏やかに微笑んだ。だけど。
「でも、今の状況でミルドラ姫が訪問するのは反対です。移動中が心配だわ」
「私も反対です」
ユディタが続けた。
「お忍びなら軍を事前に動かすこともできません。かといって公式の静養にすると予定も公表されてしまいます」
「そうだね」
マリアナが同意する。
その場が反対で一致した雰囲気になった時、それまで黙っていたカグヤが椅子から立ち上がった。
「金糸雀隊で守ればいいんだよ」
みなが一斉にカグヤに注目する。
「姫様だって、ずっと家にいたら気分だってふさぐって。気分転換になるなら、行かせてあげようよ」
「カグヤ……」
カグヤの言葉が嬉しい。だけども、ディアナは静かに言った。
「姫様を危険にさらす可能性のある行動なんて、金糸雀隊にとってはできかねるわ」
「カグヤの気持ちは分かるよ。だけど……」
「ゾラまで」
ディアナとゾラに反対意見を言われて、カグヤはしゅんとなった。
「姫様を、外に連れ出したい理由でもあるの? あなたは」
「え? どういう意味?」
ユディタの質問に、カグヤは首をかしげた。
聡明そうなユディタの瞳は、しっかりとカグヤを見つめた。
「金糸雀隊の存在意義を理解していればそんな選択肢はないわ」
「でもぉ……」
カグヤも黙ってしまった。気まずさがその場を支配する。
私は、なんとか笑顔を作った。
「判りました。今回は諦めます」
はっと、カグヤは私をみた。
私は、なんてことのないように軽く頷いて、明るい声でいう。
「でも、危機がさったらみんなで行きましょう。ローベルト王太子にもその時にお願いするわ」
「もちろん、それなら問題はないわ。とても素敵な場所なので、姫にもぜひ行ってもらいたいもの」
「では、その日まで楽しみにしてるわね、ディアナ」
私は、すっと椅子から立ちあがった。
「では、私は中庭で少し休憩するわ。みなさんはそれぞれの持ち場に戻ってください」
みなも立ち上がり、揃って一礼をする。
私は笑顔だったけれど、胸の中はもやもやとしたものに支配されていた。
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