第16話 王太子からの情報


 私が頷くと、サシャはすっと立ち上がった。

 姿勢がよい。


「先日、ツァーガルデン王国との国境で軍に動きがあり、また王家に不穏な気配もあるということで、改めて情勢を調べてみたのですが……」


 サシャが調べたところ、軍の動きは極秘の教練だったらしい。移動した一隊は、三日後には元の詰め所に戻ったそうだ。

 王家内の不協和音もあることにはあるけれど、今すぐ火花を散らすという状況ではないらしい。

 報告を終えて、サシャが腰を下ろすと、マリアナが言った。


「……国内の反王家派などを疑ったほうがいいかな」

「あれ以来、動きがないのも不気味ですよね……」


 マルタの言葉に、みなが頷く。このリリヤヴァ宮もローベルト王子の身辺にもあれからはおかしなことは起こっていない。


「我が故郷に『敵は見えない海の底にいる』ということわざがありますわ。おいそれと動きは察知できないのでは? 油断はされないほうがよろしいかと」

 

 ノエミがぴりっと締める。


「あらゆる可能性は捨てないほうがいいわね」

 

 ディアナの言葉に、アマーリエが頷いた。


「改めて、金糸雀隊だけで調査を進めよう。みえない敵に動きを悟られないようにしたい。ユディタ」

「なに?」

「あんたならいい方法を考えてくれるんじゃないか?」

「判ったわ」


 にやっと得意そうにユディタは微笑んだ。自信があるようだ。

 

「ルミドラ姫。ヒルデ皇太后のお祝いの儀式は、金糸雀隊も分担して警備にあたるわ。私とマリアナは式典にも同行するわ」


 久し振りの外出になる。まだ気を付けたほうがいいだろう。私はディアナに頷いた。


「ええ、お願い」

「ミラン王子は、宮で留守番だから、ゾラとカグヤが警備かねて残ります。あとのメンバーは道中の警備を担当してもらいます」

 

 ディアナの言葉に、金糸雀たちはみな頷いた。



 お祖母さまーーヒルデ皇太后の生誕のお祝いは、城内の大広間で行われる。

 金糸雀隊の任命式以来だ。

 ずっと城内で暮らしているお父様と久し振りに会うこともできた。お母様も嬉しそうだった。

 王弟一家として、私たちは親族の列の一番先頭についた。

 赤い絨毯を挟んで向かいには、ローベルト王太子一家が並ぶ。ローベルトお兄様のお妃のダニエラ妃は先日の身内の集まりにはこられていなかったので、久し振りにお姿を見た。


 

 膝が悪いため、お付きに支えてもらいながら王の隣の席に着席されたけど、正装のお祖母さまは威厳があり、お言葉もしっかり話されていた。


「ゾルターン王が望んでいた国内外の安寧を保つよう、今後も期待しております」


 美しい音楽も奏でられ、祝いの儀式はつつがなく終わった。


 儀式が終わった後は、王家のものは、とある広間で休憩してから退出することになった。

 お父様とお母様は目立たぬようにか、隅のほうで話している。

 久し振りに会ったのだから、話すことも多いだろう。私は邪魔にならないように、テラスのほうに出た。

 金糸雀隊のディアナとマリアナは、式典の間は大広間に参列していたが、今は、親族の集まりということもあり、広間の前の廊下に控えているはずだ。

 

 テラスは中庭に面している。

 私もまだ城内の全てを把握しているわけではないけども、中庭の奥から、どこかに抜けられるようだ。

 私は、そのまま中庭に出た。まだ陽は暮れていない。青い空がみえた。

 足音がしたので振り返ると、リヒャルトお兄様が室内から出てきたところだった。お母様のカトカ妃譲りの明るい茶色の髪を、今日はフォーマルになでつけている。


「女王様候補が、ひとりでこんなところにいてはだめだろう。金糸雀隊はどうした?」

「廊下で控えています」

「儀式の時にみたけど、金糸雀隊を連れていると、すっかり女王様という感じだな」

「またそんな言い方。かわりませんね、お兄様」


 子供の頃から、リヒャルトお兄様は皮肉屋の面があった。頭の回転もよく、大学で論文も書かれている。私も子供の頃は、難しい話を教えてもらったりもした。すこしいじわるなことを言われたりもあったけど、いとこ同士の気安さからだと思っている。ミランに本を贈ってくれたり、優しい面もある。

 ふっとリヒャルトお兄様が笑った。以前より痩せたような気がする。

 

「どうして、王にはいない親衛隊を女王が持っているか知っているか?」

「……いえ?」

「女王は弱いからだよ」


 はっとして、何も答えれずにいると、お兄様は歩き出した。


「もう退出されるの?」

「気を付けろよ」

「え?」


 そのまま、お兄様は庭の奥に姿を消した。

 私は、腑に落ちないまま広間に戻った。

 戻ってきた私を呼び止めたのは、ローベルトお兄様だった。


「今、リヒャルトと話してた?」

「ええ、でもすぐ行ってしまわれて……」

「あいつ、最近、ほんと付きあい悪いんだよね」


 やれやれというふうに、王太子は肩をすくめる。


「ところで、姫も厳重な警備にうんざりしているところじゃないかい?」

「お兄様も?」


 私たちは、どちらからともなく声を潜める。


「城中にはいられるかもと聞いたけど」

「とんでもないよ。妻も嫌がってるしね。その分、警備が厳しいのは仕方ないと甘んじてるんだ」


 お兄様は、私をすっとエスコートして、テラスから中庭に誘導する。

 

「……多分、もうすぐ解決すると思うよ」

「え? なぜ?」

 

 他の人に聞かれたくない話なのだろう。

 私は、さりげなく広間のほうに背を向けた。


「僕の配下のものから、今回はトルナ町の狂信者カルトグループが関係しているんじゃないかって報告があがってきてね」

「それは……反王家派の一味ですか?」

「ああ、ただまだはっきりした証拠をつかめてないんだ。だから軍に報告するのも慎重になっててね」


 すべての国民が王家を支持しているわけではないことは知っている。酒場の一角で愚痴をこぼすだけの人がほとんどだろうけども、同士が集まり、反体制運動をしているグループもいくつか存在する。

 今は取り締まるほどの影響力がある者はいないと聞いているけれど。


「ああ、そのグループも実際はそんなに力があるわけじゃない……だから怪文書や嫌がらせくらいしかできないだろうという見立てさ」

「じゃあ……これ以上は何もないかもしれないってこと?」

「その可能性は高い。資金力もあるわけじゃないらしいし。少しは安心してくれた?」


 私は笑顔で頷いた。みえない相手の輪郭がつかめて安心もしたし、さほど危険な状況ではなさそうなことにほっとする。


「ただ、首謀者が捕まるまでは、僕たちの警備が緩むこともないと思うよ。とりあえず、配下には証拠集めを急がせている。それを持って、軍に踏み込んでもらうよ」

「そう……そうよね」

「それまではこの件は、秘密にしておいてくれ。向こうに伝わって、証拠を隠されては困るからね」


 私は頷く。


「まあ、でも僕なんかは、君が王太女になれば、多少今より風通しのいい生活ができるけど、ルミドラ、君はこれからもっと窮屈は生活を送らなきゃいけなくなる……正直気の毒だよ」

「お兄様、やっぱり大変ですか?」

「僕はまだ家族がいるから……。君は王太女になったらリリヤヴァ宮を出るのかい?  

独身の王太女や王太子は城に住むのが普通だけども。そうなったら、オルガ妃やミランとも離れないといけないよね」

「……まだ考えていなかったわ」

「そうかあ」


 ふうっと、ローベルトお兄様はため息をついた。

 実感のこもったため息。私の将来の生活をすでに経験しているお兄様だからこそだろう。


「成人前の最後の自由な時間なのに、息苦しくて大変だよね。金糸雀隊もぴったり張り付いている」

「……それは仕方ありません」

「あのさ、少し息抜きしたらどうかな」


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