第7話 初めての案件

「着きましたよ。ここです」

青木が運転する不動産会社の車は、通村のアパートから10キロ以上離れた、閑散とした住宅街で静かに停車をした。


見た目はごく普通の2階建てのアパート。

少し寂れているが、建物自体は老朽化が改善されていて、それなりの家賃がしそうなアパートだった。


「話は車の中でした通りです」

青木はいささか緊張しているようだ。表情が強張っている。


老人の孤独死。

本来ならば告知義務のない案件のようだが、入居者が続かないというからにはそれなりの理由があるのだろう。


『洋二、ここ、いるわよ』

ミナミの声が通村のどこからか聞こえる。

「ああ、わかっている。俺にもそれがわかる」



通村は霊感が強かった。

そもそも幽霊という存在自体怪しいものだが、この世には常識では解明できない不可解な出来事は確実に存在する。


視えるわけではないが、全身に感じる。それも強烈に。

このことは誰にも話していない。もしも、こんなことを言い出したら、通村は本当に狂人扱いされただろう。これは通村が墓場まで持っていく秘密だった。


通村の霊感は少し変わっていた。


例えば、知り合いの家に招かれたとき、通村は玄関に入った瞬間に猛烈な吐き気に襲われた。


例えば、歩いているときに何かが気にかかり足を止めると、ガードレールに真新しい花束をみつけた。


例えば、通村は人の死によく直面した。それは知り合いではなく、赤の他人。見たことも聞いたこともないのに、足が勝手に葬儀場へ向かっていた。


但し、通村には姿を視ることができなかった。

あくまでも感覚的なもので、よく言われる白い影など見たこともなかった。


その通村が、このアパートに着いたときにすでに吐き気を覚えていた。

生あくびがでる。脂汗が止まらない。皮膚がちりちりと痛む。


ミナミに言われるまでもなく、通村はただならない空気を感じとっていた。



「部屋は106号室です。今、鍵を渡します」

青木はここで案内を放棄するようだ。運転席を下りてから固まったように動かない。

「青木さん、まさかもう帰るんですか?」

「いやあ、私も色々と忙しくて・・・」

青木はすでに運転席に腰をかけてシートベルトをかけていた。


「何かあり次第、いや、それも困るんですけど・・・うーん、緊急事態のときだけ私に連絡をください」

青木はすでにキーを回して、エンジンをかけていた。

逃げ出す気が満々だ。ここまでくるといっそ清々しい。


「何かないことを願います」

そう言って道村は嫌味ったらしく青木を見た。

「大丈夫ですよ。通村さん、それじゃ、私はここで失礼します」

青木は社用車のハンドルを握ると、通村をおいてそそくさと退散した。

正しくは逃亡だ。


『あいつ、本当に憶病で無責任何だから』

ミナミは呆れているようだ。青木を小馬鹿にしているのがわかった。


「はあ、気が重いな・・・」

『覚悟を決めなさい。私もできる限り協力するから』

ミナミの協力の意味はわからないが、通村は意を決していわくつきの106号室へ向かった。

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