回想

りょっぴーぴあ

思い出

目の前に積まれた食器を洗う。

スポンジで、擦る、擦る、擦る。

少し取れにくい汚れなどがあったりすると爪ではがそうとしてみたり、目一杯擦ってみたりする。

スポンジを除けて見ると、まだ少し汚れが残っていた。

やはり水に漬け忘れていた汚れはそう簡単には落ちないらしい。


「お父さーん!」


俺がキッチンで食器を洗っていると、一つ廊下を挟んだ部屋から呼ぶ声が聞こえた。

何だ?と思い洗い物を中断してその声が聞こえてきた部屋に向かった。

ドアが開いたままになっていたので廊下から中を見ると、妻と娘が押し入れから何かを取り出そうとしている所だった。


「どうした?」

「あの上にある段ボール、取ってほしいの。私じゃ届かなくて」


妻に言われた通り、押し入れの一番上にあった大き目の段ボール箱を取り出し、それを床に置いた。

その段ボールにはつい最近の送り状が貼られていた。


「そこそこ重かったが、何なんだ?これ」

「それはねぇ...」


もったいぶるようにそう言うと、娘と同時に「「じゃーん!」」と言って箱の中身を俺に見せた。

開いた段ボールからは二体の人形の顔がこちらを覗いていた。

今日は3月3日、となれば一つしかないだろう。

ひな人形だ。

だがひな人形など、家にあった覚えがない。

「こんなのあったっけ?」と問うと、それに妻ではなく娘が答えた。


「これおばあちゃんちにあったやつ。言葉ことはおばちゃんに貰った」


やや拙い活舌で娘がそう言うと、親王の内の男雛おびな取り出し、俺に見せた。

その時人形の全身を見て思い出した。

これは、俺の実家にあったものだ。

だが、なぜここにあるんだ?

頭の中にこれを持って帰ってきた記憶などないというのに。


「この前、1周忌であなたの実家に帰ったでしょ?その時ついでに私が見つけたの。まだ全然使えそうだったし、言葉ことはさんがくれるって言うから、この家まで送っといたの」


頭に浮かんでいた疑問に妻が答えてくれた。

ああ、そういうことか。

俺は墓の手続きなどて余り一緒に居なかったので、言うタイミングが無かったのだろう。


「じゃあ飾ろうか」


目の前にある棚に少しずつ飾っていく。

飾る作業で人形に触れた時、色々と思い出してきた。

思い出したと言っても、忘れてはいけない事を思い出したとか、そんな大した物ではないし、これを思い出したところで、何かにでもなるわけでもない。

ただ、子供の頃両親と一緒に妹の為に飾ったな、というどうでもいい記憶。

別に俺の為に飾ったわけでも無く、何かこのひな人形に思い入れがあるわけでも無い。

なぜ急に思い出したのかわからない位だ。

理由があるとすれば、ちょうど母の1周忌が終わったばかりで、妹の名前が出てきたからだろうか。

母は最期、俺が息子だという事がわからなくなるほどに、記憶力が低下していた。

いわゆる、認知症というやつであった。

その状態を見た時、心の片隅で俺もいつかこうなるのではと思ったのを覚えている。

ちょうど一年程前から、何か俺に、不安の塊のような物がのしかかっているような感覚がある。

記憶など、案外俺も今日の事をすぐに忘れてしまうだろう。


仕上げに棚に飾った人形についている埃を軽く払って完成だ。


「あなた、ありがとう」

「ありがとー」


その言葉を聞いて、さっきまで抱えていた不安の塊が、少し重たくなったような気がした。

部屋を出て、キッチンへと戻った。

そして中断していた洗い物を再開する。

漬け忘れていたフライパンを擦った。

スポンジを一度離し、水で洗い流した。

その時、こびり付いた汚れを見て、何故だか少し安心した__

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

回想 りょっぴーぴあ @ryoppy_pia

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ