第12話 針山さんはふたりの過去が知りたくて
「えっ⁉ これが麗ちゃんと公太君⁉」
休日の喫茶店にて。暇に任せて喫茶店に行こうと思った針山は、ひとりで行くのも勇気がいるし恥ずかしいし寂しい奴と思われるのも嫌だし、人数があった方が話も弾むだろうと考えて仲良しの公太と滝川を誘うことにした。ふたりとも便乗してくれて窓の見える四人席(入店したのは三人だが)に座って適当にメニュー表を眺めパンケーキやショートケーキなどの甘味を注文して、雑談に花を咲かせていると、針山はふと以前から疑問に思っていたことを彼らに訊いてみることにした。
「ふたりって幼馴染なんだよね。昔、どんな感じだったの? 今と変わらない?」
すると滝川の頬が少し赤くなり。
「今とは全然違うかな」
滝川は赤のスマホを操作して昔の写真を針山に見せた。
写真に映っている彼らは十歳くらいだが、滝川は今のようなポニーテールではなくて鮮やかな金髪を縦ロールにばっちりキメており、白いドレスの装いはまさにお嬢様だ。
一方の公太も黒の燕尾服にシルクハットという小さいながら紳士的なコーデを着ていた。ふたりとも、普通の小学生とは思えないほど洗練されたスタイルだ。
「マジで⁉ これほんとにふたり⁉ 全然違うんだけど」
「ははは。そう……だよね」
公太と滝川は顔を見合わせて苦笑した。
針山は改めて私服姿のふたりを見るが、この写真のイメージはまるでない。
「ねえねえ。ふたりに何があったのかよかったら教えてくれない?」
「いいよ」
滝川はいつものように穏やかな笑顔で自分たちの過去を語り始めた。
夜桜家は公爵の爵位を与えられたほど名家で、歴史の中で数多くの優秀な人材を輩出してきた。公爵の爵位を持ち現当主である夜桜恵衛門(よざくらけいえもん)は当時九十歳を超える高齢のため一線を退き別荘で隠居しており、当主代理として息子の恵一郎(けいいちろう)が一族を束ねていた。公太にとって祖父にあたるこの人物は元軍人で厳格な性格で「男らしさ」を何より重んじていた。名家にふさわしく男らしい立派な当主であることが夜桜家男子にかけられた義務でありそうなるのが当然だと信じて生きてきた。
だから、自分の息子も孫の公太にも同じような教育を施した。徹底した上級階級の教育である。
正しい言葉遣い、紳士的なマナー、服装……
鉄拳制裁が当たり前の凄まじいスパルタ教育で完璧な紳士として恥ずかしくない振る舞いを身に着けさせようとしたのだが、公太にとっては苦痛でしかなかった。
「よいか公太よ。お前は偉大なる公爵様の後を継ぐのだ。公太の公は公爵様の意味が込められておる。我が夜桜家の名に泥を塗るような振る舞いは慎むのだぞ」
「はい……おじいちゃん……」
幼馴染かつ隣同士で過ごしてきた滝川も当時の様子はよく覚えていて、特に忘れられないのが中庭でのやり取りだ。ある日のこと公太の凄まじい泣き声と彼の祖父の怒鳴り声が二階の滝川の部屋まで聞こえてきたので窓から様子を伺ってみると、恵一郎が公太がお気に入りの大きな熊のぬいぐるみを奪い取っているところだった。
「おじいちゃん、僕のクマちゃん返してよぉ……」
「ならぬ! こんな軟弱なものなど必要ない! 遊び道具は兜と剣だけあればいいのだ! 男たるもの泣いてはいかん!」
火のついたように泣きじゃくる公太に怒鳴りつける祖父。
異常すぎる光景に滝川は言葉を失った。
公太は学校では『公爵様』と呼ばれていたが、半ば嘲笑の響きがあった。
名家の出自とは思えないほどの劣等生なのだ。駆けっこではいつもビリ、音楽ではリコーダーが演奏できず、工作や給食の配膳をすれば不器用さが祟って壊したりこぼしたり。
成績も散々で10点や20点は当たり前だった。
夜桜家始まって以来の劣等生と陰口を叩かれ、祖父も悩みで頭痛を起こすほどだったが、どれほど落ちこぼれでも名家の血筋がそうさせるのか、公太は正義感が強かった。
恵まれた環境にいるのに落ちこぼれという事実からクラスメイトから散々にいじめられても決して屈することはなかった。
どれだけズタボロにされようとも卑屈になることなく登校し続ける。
その一心さだけは祖父も認めるしかなかった。
一方の滝川は滝川モータースの社長令嬢として生まれ、何不自由なく暮らしていた。
両親も愛情深く穏やかだったのだが、ひとり娘を女の子らしく幸せに育てたいという願いが強すぎるのが玉にキズで、滝川も聡明な子供だったので両親の気持ちを裏切りたくないと騎士道や騎士物語に憧れる気持ちを隠して女の子らしく振舞っていた。
裾を持ち上げた優雅なお嬢様風なお辞儀、お嬢様風な言葉遣いに服装……
お隣さん同士は常軌を逸する「男らしさ」「女らしさ」に縛られ、上級階級以外との付き合いを断っている似たもの家族だった。
それが変わるきっかけになったのが公太と滝川が小学四年生の時である。
社長令嬢で才色兼備な滝川はクラスの女子陣から激しい嫉妬をされていた。
何をしても圧倒的に目立ち教師や親から称賛を浴び上級生からも注目される滝川と冴えない自分たちを比較し、どうしようもなく蹴落としたい気持ちに駆られたのだ。
別に滝川の足を引っ張ったところで自分たちの成績が上がるわけではないのだが、鬱屈した感情は発散できるのではないかとクラスメイトたちは考えたのだ。
靴を隠す、靴に画鋲を入れるなどの古典的な方法だけでなく、水をかけたり、机を蹴ったりと発散はエスカレートしていき、ついには集団で彼女に暴力を振るうまでに発展した。どうしていじめを受けるのか理解もできずただ泣き悲しむことしかできない。
そんな中、彼女と同じ境遇だった公太が滝川を後ろに庇い、たったひとりで女子と男子の連合の前に立ちはだかった。
「僕は自分がいじめられるのは耐えられるが、他人が傷つくのは耐えられない。彼女を攻撃するのはやめるんだ」
「正義ぶって、あんた滝川に惚れてるんじゃないの?」
フンと鼻で笑う女子に公太は言った。
「そうだね。集団で嫉妬する君たちより彼女の方が何百倍も魅力的だよ」
「公太君……」
滝川は顔を上げて彼の背を見た。当時、公太は誰よりも体格がよかった。
「僕は誰であっても同じ行動をとるよ。困っている人や立場の弱い人を見捨てないのが貴族だからね」
「キザで生意気……後悔してもしらないよ!」
「正しく生きようとする人を守って後悔するはずがない!」
真っ向から言い切り、公太は滝川の盾となった。
攻撃をしない代わりに身を挺して滝川を守り続けた。
都合十八人からの暴力を耐え凌いで、ズタボロになりながらも滝川を守り通した。
四肢に力を込めても立ち上がることができないほどダメージを負ったにもかかわらず、彼は振り返って滝川に言った。
「ケガはない?」
「う、うん」
「よかった……」
この瞬間からだった。滝川が今度は自分が彼を守ると心に決めたのは。
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