第11話 国語の教科書を忘れた!

いつものように登校した鞄を机に置いてから席についた。彼の席は教室の中心のいちばん前という非常に目立つ位置にあり、隣には滝川の席がある。彼女に「おはよう」と挨拶を返すと爽やかな声の挨拶と一緒にこんな言葉が返ってきた。


「公太君、今日は一時間目が国語に変更になっているけど、教科書は持ってきたかな」

「えっ……」


公太は頭が真っ白になった。確か昨日先生が時間割の変更について話していたような記憶があるが、曖昧にしか覚えていない。想定していなかったので教科書を持ってきているはずもなく教科書がないということは先生に怒られるに決まっている。完全に自業自得なのだが困惑していると滝川が机をくっつけてふたりの机の真ん中で自分の教科書を開いて見せた。


「大丈夫だよ。一緒に見れば先生もきっと怒らないから」

「滝川、あ、ありがとう……」

「フフッ。でも、ひょっとすると私も忘れることがあるかもしれないから、その時は教科書を見せてくれると嬉しいな」

「うん。約束する」


ふたりは一冊の教科書で授業内容を確認しながら国語を何とか乗り越えたが、公太は滝川の一言が気になって仕方がなかった。

確かに滝川も人間でうっかり忘れることはあるかもしれない。今回は助けられたけど、次は自分が助けないと立つ瀬がなくなる。

次は国語の教科書を忘れないようにしようと公太は固く心に誓った。

ふたりの様子を後ろから見ていた針山はやれやれと思った。

騎士を自称しているくらいだから滝川は公太のカバンをチェックして教科書を忍ばせておくか、あらかじめ念を押して言うぐらいのことはしても不思議ではない。

なのにそれをしていない雰囲気なのは、きっとわざとしなかったのだ。

滝川に任せておけば大丈夫という慢心を諫め、教科書を忘れるという痛みを通じて体験させ、さらに滝川でも物忘れをすることもあるかもしれないと思わせることで、忘れ物をしないようにしようという意識を高めさせるための誘導。

学年総合一位の学力は伊達ではないと思い、自然な振る舞いの中に隠された計算高さに舌を巻く針山だったが、同時に思った。

喉元過ぎれば熱さを忘れるというように公太はきっとまた物忘れをするだろう。

そして滝川も今回のことをつい忘れてしまって助け船を出すに違いないだろうと。

完璧な騎士様は公太のことになるといつも肝心なところで甘くなってしまうからだ。

でも、そこが愛嬌があっていいのかもと針山は考え直すのだった。

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