第3話 糸の魔剣

 風呂から上がり、着替えた僕は屋敷の書斎に入った。


「糸、糸、糸……と、あった」

 

 "魔法大全"と題された本の頁をめくっていくと、"糸魔法"の項目を見つける。


「“アサ・シルクウール”……服屋として大成した……か」

 

 著名な糸魔法の使い手の項目だ。

 なるほど、使い途として納得できる。どうやら糸魔法は魔力の限り無尽蔵に操れる糸を出力でき、そのうえ魔力消費も少ないらしい。そりゃあ服屋なら重宝するだろう。

 

「やっぱり他には居ないなー……」

 

 ページをめくっても、それ以上の名前は出てこない。

 今更だが何故こんな事をしているのかと云えば、やはり剣の道を諦めきれないからだ。

 今まで必死に打ち込んできたものを、費やした時間をそう簡単に捨てられる程、僕は諦めが良くない。

 どうにかしてこの魔力特性いとを剣に使えないか、片っ端から本を読み漁り手掛かりを探す。

 歴史書、物語、図鑑、学術書、エトセトラ……


 そうして1冊の本、そのとある1ページに目を留めた。

 

「これは……」


 その本は子供向けの玩具図鑑で、に載っていたのは"蛇行する蛇を模したおもちゃ"だ。

 いくつものふしに分かれた本体の軸に紐が通してあり、それが可動する事で蛇行を再現した……とある。

 村の雑貨屋でも見かけるような、なんてことはない普通の玩具だ。

 それでもこの時、僕はまるで宝物でも見つけたような高揚感を感じ、そして閃いた。

 と。

 そこからの行動は早かった。まずは件のおもちゃを買いこみ構造の分析、軸糸を僕の魔力糸に置換しての作動点検。問題ナシ。

 次は木剣をベースに試作品を作った。幸い、僕は手先が器用だったので特に難なく出来た。

 これも早速振ってみるが、中々難しい。とにかく刃が真っ直ぐに振れない。

 紐1本を軸にしているものだから、分割された刃は剣を振るたび回転してしまい、まともに斬りつけられない。

 あれやこれや試行錯誤の末、軸糸を2本にして刃の向きを固定する事で問題は解決した。可動の自由度は多少失われたが、コレが試作品4号。

 いよいよ今度は村の鍛冶屋に頼み込んで、真剣に加工を施してもらう。かな~り嫌な顔をされたが、大した問題じゃない。

 刃を均等に輪切り、もとい分割され、更に糸穴を開けられた剣とも言えない試作品5号なにか

 

 それは糸を通され、分かたれていた刀身が連なる事で剣の形を取り戻す。

 かつてこんな歪な剣があっただろうか。魔力を通す前提の構造といい、その扱いにくさ、改造の手間、メンテナンス性。欠陥品も良いところだ。

 それでもこれが僕の、糸魔法との向き合い方。

 絶望と諦めから、閃きと開き直りを経て結実した僕だけの魔剣。

 

 きっかけとなった玩具にあやかり、〈蛇剣スネイク・ソード〉と名付けよう。


「ハッピーバースデー。忌まわしき、僕の魔剣」

 

 夕陽が照らす屋敷の裏庭、歪な剣を手に口角を吊り上げながら僕はひとり呟いた。

 魔力鑑定の日から、じつに2年が経過した。11歳、夏の蒸し暑い日の事だ。

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