世、妖(あやかし)おらず ー雛トリ籠ー
銀満ノ錦平
雛トリ籠
今、私は母に連れられて自宅から少し離れた場所にある田んぼや畑が多く広がっている田舎町に来ている。
その田畑の多い敷地にぽつんとある一軒家…そこが到着地の母の祖母の家である。
毎年一回うちの母親の家系は、3月の始めに母方のお婆ちゃんの家で雛人形を飾りに行く決まりになっている…らしい。
そんなもの昔なら兎も角、現代人の私達にしてみれば、ただお洒落に日本人形を並べてる様をただ見に行くだけにしか思えない。
ただ…綺麗であることは確かである。
見栄えもとても良く写真で取ったときなどは凄く柄にもなり、見てるだけでも満足感が高い。
それでも…昔は本当に会いに行くのが怖かった。
あの…ひな壇に無機質に置かれているだけのはずなのに何か生気を感じてしまったり、たまに見られているかのような視線を受け止めてしまう事が多く、飾ってある部屋にはあまり足を運ばなかった。
いつも雛人形は、居間の隣にある一室に置かれていた。
四段あるひな壇に一番下には、籠や重箱、御所車を、後は…祖母が飾っているから把握はそこまでしていないが、上にお雛様とお内裏様を飾るという何処にでもある一般的なものである。
ただ…うちのは他と違うところがある。
親が言うにはうちの家系でしかそれはしないらしい…私もこの家でしかそんな風習は聞いたことない。
先ずは、四段目の籠に『鳥の雛』を入れてしまうことである。
もちろん生きてはいない人形を。
ひな壇を正面から見た時、左側に…置いてある籠に丁度入るような鳥のヒナ人形を中に入れる。
籠に鳥のヒナ人形を入れるというのは異質かもしれない。
次に…増える。
服装的に男…多分、お内裏様と同じ様な服を着ている男の人形が行く度に1〜2人増えている。
そこに女性の人形もあればただ増やしただけとなるが…お雛様とお内裏様の下の段の人形は全部男なのである。
あまり…というか全然その様な光景は見たこと無いからもし初めてこのひな壇をみたら異質に感じてるかもしれない…。
ただ…それでもやはりうちでは年に一度ずっと見続けてるからこの光景はもう慣れてしまっている。
家族からも周りに絶対に言うなと口止めされている。
何故入れるのかと問いかけたことがあるが親は、
「周りには絶対に言わないことよ。」…と。
私としてはただ、鳥のヒナ人形を籠に入れるという風習があるなんて態々知り合いに言う事でもないと思っていた。
そもそもひな祭りを話題にして話すことなんてない。
精々、家で飾ったよ位の話だけで深堀してまで飾り付けについて盛り上がる訳が無い。
デコレーションするわけでもないし今の若者が見たら地味に感じてしまうのは仕方ないと思う。
私は…今は嫌いではないが他の人にしてみれば、やはり不気味としか言いようがないらしい。
まぁ、私も前までは同じ気持ちだったし共感出来るところは出来る。
ただ、やはり私としてはもう慣れてしまったので話半分で聞いてしまっている。
しかし…確かにもし端から聞いたら駄洒落か?と思われても仕方ない。
雛人形の飾りに鳥のヒナ人形を籠に入れるなんて冗談でも聞かないシチュエーションだとは思うからだ。
それでもこの家ではしていることなのだから仕方ない。
しかし…現実だからこそ言いたくない。
更に言えばこの行事を行う度に、母が少しづつ若返ってる様な気もしてしまう。
母は昔から仕事を理由に帰りが遅いことが多かったがこの行事に関しては必ず出向いており、その手伝い…と言うなの見せびらかしに同行させられていた。
母は私によく
「長女の貴女がいつかこれを引き継がなければいけない。だから、それまでにはちゃんとひな壇に飾る物の配置は覚えておきなさい。」
と言われていた。
私は6人家族の長女で下に弟が2人、妹が1人いる。
弟2人が双子で先に生まれおりその後に妹が産まれた為、妹が一番下である。
弟達は私がいつも母方の祖母の家に行くのを羨ましそうに見ていた。
ひな壇を見に行くだけなのにお小遣いを貰いに行ってるんじゃないかと僻んでいた。
妹は私が向かう理由をちゃんと把握してくれていたので僻む弟2人を馬鹿にしていた。
弟2人はもう小学生を卒業しようという歳で今更そんな事言われても呆れていた。
一番下の妹は弟2人より1歳しか違わないのにここまで性格が違うのかと感心していた。
妹の方が状況を分かっている。
顔付きも私と弟2人に比べると目が二重で美人顔なので妹には弱いらしく、妹の前で文句は言わないようにしてるらしい。
しかし私は父親と顔付きが違うように見えてしまう時がある。
人間なんて様々な顔をしているから、似てる似てないなんて誤差の範囲とは思うが…それでも何か似て無いような気がしてならない。
ふと思うだけなのでそんな頭を抱えるほどの悩みではないので周りにも言ったこともない。
弟2人は、双子なので似ているのは当然ではあるが…やはり父と顔付きが違う。男の方は父に似る傾向にある筈なのだが…何か違う。
父は別にその辺りに関して気にしてない様に振る舞っている。
偶に私達を見て思い悩むような顔をしている時もあるが…父も仕事に疲れているのだろうと気にしてなかった。
母は…まぁ私達に最低限の生活を保証はしてくれてはいる。
ただ…ほぼ関わることがない。
家を出るのも早いし、帰りも遅いので前までは不安が強くて親を引き止めていた時もあった。
しかし母は心で思ってるのか分からない慰めをして出かける…表情は無表情であったような気がする。
父は比較的感情を乗せながら私達に申し訳なさそうにしながら仕事に行く。
どちらも収入は良かったので寂しくはあったが飢えたりなどもしなかったし、欲しい物は買ってくれたのでいつの間にか不満も不安も払拭されていった。
その籠を知り合いなどに言うと
「なんかその家庭、寂しいね…。」
と言われることは多かった。
実際、家庭としては寂しかったのかもしれないがそれでもこうして暮らしているんだからあの時期が寂しかろうが過去の話として今は消化できる。
それに…年に一度、祖母の家に行くときは正直ワクワクしていたのもあった。
怖くはあったが人形が徐々に増えていってるのを期待しながら見ていた。
母は…それを見て偶にニヤついたような気がした。
そして、私も高校卒業を目の前にしていたある日の朝、珍しく母が話しかけてきた。
「今日の昼に私のお母さんの家に行くから付いてきてほしい。」
というものであった。
私は、今日またあのひな壇を見に行くんだろうなと思い支度をした。
弟は相変わらずお金貰いに行くんだと愚痴を言い、妹に窘められてしょぼくれるのを嘲笑った後に母といつもの様に祖母宅に向かった。
相変わらず田舎で見ててつまらない。
けどこの雰囲気は嫌いではない。
春が近付いてるのが分かるように菜の花の匂いが風と共に私の嗅覚に辿り着いて私は頭がしっかり春に更新していくのが分かる。
母親は運転をしているからか顔は無表情であった。
畑もまだ土に肥料を撒いたばかりだからか少し牛の糞の香りもした。
田んぼもまだ水も張ってない状態で少し名残惜しさを感じる。
ここからはまだ、カエルの声も聴こえないトンボも飛び回っていない…。
ジャンボタニシもここからどうやって湧いてくるのか本当に分からない。
そんな田舎の風景をいつもの様に眺めていたら目的地に着いた。
祖母の家である。
いつもの様に祖母に挨拶をして、そそくさと家の中に入った。
もう祖母は90を越えているのにまだまだ元気そうに歩いているので実は逆サバ読んでいるんじゃと疑うときもある。
この祖母、実は結構の大家族だったみたいで、なんと10人の子を産んだと母から聞いたことがある。
そんな大家族なのにも関わらず、父親の話は何故か聞いたことがない。
産まれた子供達も、母以外の情報は何も伝えられなかった。
私も別に家族以外の人間はどうでもいいと思ってたから自分から母の家系の話をする事はしなかった。
祖母の母以外の子供達が、何処にいったかなども別に聞くこともない。
しかし…それでも正月にも出向いたことを聞いたこともないしお盆等も帰郷したなんて話もまったくない。
祖母は私を見る度にいつも歓迎してくれる。
相当寂しいんだろうなあと祖母の表情や仕草を見て勘付いてしまう。
私としては、あの奇妙なひな壇を見るだけに来てるようなものなので少し困惑するが悪い気はしない。
そして今日も…私はあのひな壇を見に行く。
ギシギシ…ときしむ床に古めかしさを感じながら…徐々にその一室に向かう。
今日もひな壇に人が増えているのか…また鳥のヒナ人形を籠に入れるのか…そんな何時も通りの気持ちで部屋の前に着いた。
これも何時も通りなのだが先に母が部屋に入り、少し経った後に母の一声で中に入るようにしている。
何をしているのかは知らないが少し物音が奥から聞こえてくることがあった。
物を動かしているというか…偶に影が蠢いてる様な動きをしていたり…。
ひな壇を見るだけでそんな動くことをしているのかと疑問はあったが私には関係無いと気にも止めなかった。
ただ待つのは少しだるかったくらいで…。
しかし…今日は、私が先に入るように言われた。
隣にいる母は…無表情である。
私を見もしない。
祖母が私に入るように部屋の向こうから声を掛けてきた。
母を見てもただ無表情で部屋のドアを眺めているだけだったので結局入ることにした。
私は何時も通り、あのお内裏様が沢山置かれているひな壇を見るはずだった。
そこには…1段目にお雛様が…一番下に籠だけが飾られてあるひな壇があった。
祖母は、私に顔を見せた。
張り付いたような笑顔を向けていた。
私は…背筋に寒気を覚えて、身体が固まってしまった。
祖母は、私にその貼り付けた笑顔を向けながら歳に合わない程に話し始めた。
「わしはな?お前さんがこの歳になるまで待っとったんよ。良い体付きになっとるけん、もうええ時期かと思っての。このひな壇はな?お前さんを表しておる。このお雛様がお前じゃ…。そしてこの籠に今からこの鳥のヒナを模った人形を入れる儀式を行う。」
私は、何か嫌な予感がして部屋から出ようとしたが何故か身体が固まって動けない。
恐怖で動かない…祖母は話し続ける。
「儂らの家系はな?この地域で慰めをしなきゃならんかったんよ。それが続くいていつの間にか子を授かる役目を与えられてしもうての。代々産んだ子におなごがおったらその役目を引き継ぐ風習なんじゃよ。」
知らなかった…じゃあ…母さんも…!?
私は吐き気を催した。
祖母は無視して話す。
「それでな?あのひな壇、上は戸籍上の夫婦人形でその下の男は…。分かるじゃろ?お前さんの歳になれば…。」
私はその重い空気に飲み込まれ動かない…。
「そう、その後は授かる度にこの籠に鳥のヒナ人形を入れ、男人形を足していく。それは引き継ぐ相手ができるまで続くんじゃ。そしてこのひな壇は…お前さんの今後の人生なんじゃよ。」
私はそこで戦慄した。
逃げなきゃ…。
逃げないとやばい…。
私は漸く動かせた身体を思いっきり部屋のドアに向けてタックルをした。
何故かタックルじゃないと出られないような気がしたからだ。
案の定、部屋のドアが閉ざされていた。
私は思いっきりドアに身体をぶつける。
祖母は90の筈なのにそれを物ともしないような雰囲気を纏っていた。
もしこの人に掴まれればきっと私は恐ろしいことに巻き込まれてしまう…。
私は外にいるはずの母に大声で叫んだ。
「助けてー!!出して!母さん!!」
私は叫び続けた。
少し広いだけの部屋の筈なのに何故か大きく感じてしまった。
そして祖母は…笑っていた。
張り付いた笑顔のまま笑っていた。
笑いながら私に向かって歩いている。
歳の差があるんだから張り倒しても良いはずなのに…。
異形の雰囲気を放つものに力でどうにかすることは出来ないんだとこの時実感した。
私はドアを力一杯叩いたし大声で喉が焼けるほど叫んだ。
母は一向に反応をしない…。
私はもう諦めていた。
よく考えればあの時ずっと見させられていたひな壇は…母だったのだ。
母の人生…ずっと…ずっと…ずっと…あのひな壇の通りだったんだ…。
じゃあ帰りが遅かったのも…父がいつも暗い顔しながらから元気に過ごしていたのも…知っていたんだ。
じゃあ…じゃあ私の次は妹!?
妹は…妹だけは…!
私は恐怖より若干だが怒りの方が勝ってしまった。
私は祖母の方を向いた。
もう目と鼻の先にいた。
ビビったがもう怒りの方が強くなり私祖母をすり抜けてひな壇に向けてタックルをした。
祖母は悲鳴を上げた。
「なんばしよっと!!それは…それはうちが代々守ってきたもんよ!そんな罰当たりなことをしちゃいかん!!」
私はもう怒りに任せそのひな壇を壊し始める。
「うるさい!!こんな!こんな唯のひな壇と人形に人生決められてたまるか!!親も…親もなんでこんなものに!!こんな唯の置物と風習で俗物にならなきゃないけないの!!」
「違う!これはお前のためでもあるんじゃ!お前さん達を育てる事ができたのも!このひな壇を飾り付けをしたからじゃ!!お前の幸せの為なんじゃ!!」
「嫌だ!私は、こんな訳解んないもので人生決められたくない!!こんなもの!こんなもの!!」
私はひな壇を叩き潰した。
ぐしゃり…と下の方から生々しい感触を感じた。
まるで肉の塊を踏んだような…気持ち悪い感覚だった。
そこから
「うおぉ…」
と不気味な声が聞こえ…私はもう限界だった。
私は、最後の力を振り絞ってもう一度部屋にタックルをした。
すると…ドアが開いた。
そこには…涙を流しながら
「ごめんなさい…ごめんなさい!!早く逃げて!」
私は母の言葉に従いすぐ外に出た。
母は…その部屋に入りにいった。
私は、母の名前を叫びながら再び現場に向かおうとした。
しかし…足が震えて動かない。
振り向くことも出来やしない。
目からも涙が止まらない。
何が起きてるのかすらわからない。
ただ…ただ母が戻るのを待つしかなかった。
待つ間…家から鳥の鳴き声がした。
まるで何かを与えてほしいかのように…恵んでほしいかのように鳴き叫んでいる。
私は声さえ出ないのに…頭の混乱すら遮るように鳥の…いや、ヒナだ…ヒナの鳴き声が鳴り響く…。
ぴぃーぴぃーぴぃーぴぃー…。
いるはずのない鳥の鳴き声…まさか…けど…あれは人形…唯の人形の筈…鳴くなんて…鳴くなんて…。
少し時間が経ち、漸く鳴き声が消えた。
そして…母が私の所に戻ってきた。
母は無表情だった。
あの時より更に…そして、服装が少しズレていた。
私は母に駆け寄ろうとしたが母はそのまま車に向かっていった。
私も必死に身体を動かしながら車に乗る。
そして有無を言わさずに車を動かした。
私はずっと後ろ側で横になっていた。
怖くて仕方なかった。
暫く無言だったが母が漸く重い空気の中、口を動かした。
「もうあそこに行かなくていいから、妹も行かなくていい。貴女達2人はえんがちょしてきたから…。」
訳が分からない。
えんがちょ?縁を切ったってこと?じゃあ母さんは?母さんもしてきたの?
私はその気持ちが口に出なかった…けど母は察したのか
「もう私で終わりにするから…気にしないで。」
その後は誰も言葉を発せずまま帰宅した。
相当疲弊した顔をしていたのか父や弟と妹に凄く心配されてしまった。
母も家に帰った後すぐに風呂に入り寝た。
朝になったが目覚めがとても悪い。
昨日の出来事が嘘のような気分だ。
夢なんじゃないかと…。
しかし…昨日、外に飛び出た時に軽く擦りむいた傷が腕に残っている。
事実…だったんだろう…。
母は…まだ寝室から起きてこない。
一緒に寝ていた父が言うには、
「気分が悪くて寝かせているから。」
それなら今日は寝かしておくしか無い。
昨日のことを聞けないまま1日を過ごすしかない。
食事もままならなかった。
弟と妹も雰囲気を察して、私を元気づけようとしてくれたのか必死に遊びに誘ってきた。
私は、仕方なくそれに乗ることにした。
しかし…今までの違和感がもし真実ならこの弟も…妹も…と思ってしまい集中できなかった。
結局疲れてを理由に途中で自分の部屋に戻り、布団に寝込んだ。
布団の中は温かい。
気持ちさえ落ち着く。
それなのに…様々な疑問、違和感が昨日の件で恐ろしいことに気付てしまったんじゃないかと寒気で震えてしまう。
すると部屋のドアを誰かがノックした。
「今、いい?」
母だった。
本当は顔も見ることすら気まずくて、返事もしたくなかったしこのまま布団にうずくまりたかった。
しかし…それでもやはり、いつかは聞かなきゃいけないと思ってしまい布団から出てドアを開けた。
いつも無表情で余り私達に無関心のように振る舞っていた母の目がとても赤かった。
泣いた後が凄いことを伺えた。
私は、その顔に驚いたが
「あ…母も人間なんだ…。」
と何故か納得したので部屋に入れた。
少し気まずい時間が流れたが母が先に口を開いた。
「あの時は…ごめんなさい。あの時は…いや、今まで本当に貴女達の事を差し出そうとしてた。」
「差し出す?それよりあれは何?婆ちゃんは何がしたかったの?あのひな壇は?あの風習とやらは何?訳が分からないよ!」
「私も…昔から言われていた事をただ実行してただけだった…。けど、それで私達の家族を支えていたんだからそれでいいって…自己満足に浸ってた。」
母の瞳からは涙を零した。
「私も…昨日の貴女と同じ様に母にあそこに呼び出されて…あのひな壇の下にいるナニモノカに…。そしてそれ以降は、年に一度呼び出される度にあの人形を増やされ続けた…。そして、その度にあの籠に入った鳥のヒナ人形が鳴くの。」
「あれは何なの?なんで唯の人形が鳴くの?」
「分からない…分からないけど母はそれがこの地域を裕福にしてくれる吉兆の人形だって…それしか聞かなかった。」
「…私をあの家にずっと向かわせた理由は?」
「あの場に慣れさせるため…と母が貴女を鑑定するために。」
「品定めってこと?私達を物扱いして…!」
「そう…言われればそうとしか言えない…。」
「生贄にしようとしてたんだ。私を!…いや、妹まで巻き込もうとして!」
「そうよ…そうとしか言えないのよ…。」
「今はどうなの?今でも私達を婆ちゃんの所に行かせたいの?」
「今はそうじゃない…本当はあそこに行かせたくなかった…けど…けど!私を…私達をちゃんと真心込めて育てた母に抵抗なんて出来なかった。あの家に近付くだけで…あのひな壇の前で行わされた事が有耶無耶になってしまう…母は絶対、母は私達の事を思ってくれてる…それに、他の兄弟姉妹はもう地元にはいないから…私だけに愛情をくれていた母が…好きだった。」
「じゃあ私達は何なの?その愛しい愛しい母親様に差し出す生贄だったってことでしょ?それに婆ちゃんが言ってたことがほんとなら父さんとの結婚も上辺だけの結婚で愛がなかったんでしょ?父さんも可哀想だよ!そんな…そんな母さんの家系の変な風習に巻き込まれてさ!」
「違う!私達はちゃんと愛があったから結婚したのよ!あの人にも私は事情を告げたのよ!けどそれでも受け入れてくれた!だから…ちゃんと合意の上なの!」
「父さんも知ってたの…。」
私は…もうこの家族が分からなくなった。
母は私を婆ちゃんに差し出そうとし、父はそれを黙認していた…ということになってしまう。
最初から…ここは私達の住まう場所じゃ無かった。
餌をただ与えられ育つのを待ち…そして差し出す。
最悪だ…今生きている現代人のやることじゃない。
「…もう、この話を聴いてここに居たいとは思わなくなった。」
「分かってる…あの時、貴女が叫びながら必死にドアを壊そうとしてたのを見て初めて母に反抗したの…。けど、逆に言えばその位貴女が感情的にならなかったらきっと…。だからもう私は、貴女達と離れる。あの人には私から言うから…今後は自分のお父さんの言う事を聞いてね。」
私にそう話した後、顔も見ずに部屋を出ていった。
私は部屋にその後も籠もっていたが、外から父と会話をしているのが少し聞こえたかと思えば、少し経った後に、ドアの閉まる音が聞こえた。
それ以降…母親の姿を見ることはなかった。
ドアの音なんてどれも一緒かもしれないけど…その時だけは何処か物悲しい音を響かせていた。
後の話はよくわからないがいつの間にか離婚という話になっていた。
正直、父親とも一緒にはいたくなかったがそれを察したのか、あまり私がこの家を出るまで会話をすることはなかった。
親権は全部父親に移った。
弟2人と妹は特になんの感想もなかった。
本来年相応に母親を恋しがるはずなのに…そんな感情を一切見せなかった。
ただ、別に興味がないわけではなく心配はしている様な素振りはしていたので複雑としか言いようがない。
私は春先に大学の近くに引っ越した。
こんなことがなければ家から通う予定だったが…あそこには長くいられなかった。
弟も妹もまだこれから中学生になるのだからあの家にいなければならない。
正直、顔もあまり似てなかったり特徴が合わない所が多々ある。
母がしてきたことを考えると偶にもしかしたら…と不安になってしまう?
それでも…やはり兄弟姉妹なのだ。
ずっと寂しい時期を皆で乗り越えてきた言わば盟友なのである。
なら他人の血だろうが関係ない。
だから偶に顔を覗かせている。
家にはいたくないがやはり下3人の心配はしてしまうのだ。
仕送りも結構してくれるから生活に不備は起きなかった。
ただ、父だけでは絶対にない多額の振込がたまにあった。
きっと母なのだろう…ということは一応生きてはるのかと…安堵とも違う何かが吹っ切れない気持ちが金額を見る度に出てきた。
私は、大学のキャンパス前に咲いている桜を見ながらもしあのまま…あの婆ちゃんの毒牙にかかってしまっていたら…この桜吹雪を見られなかったかもしれない…。
それでも…きっとこの事は誰にも言えないし言っても信じられないだろう。
あの鳥のヒナを模った人形…人形なのに瞳に生気が出てたのはきっと気の所為だ。
怪異かも知れないし私が錯乱したことによる幻かもしれない。
それでも…最低でも、母はいないという事実に少しもの悲しくなりながらも私は一歩また親から離れることが出来た。
鳥が鳴いている。
様々な鳥が…大きく鳴いている。
私は偶々近くにあった鳥の巣を見つけた。
巣に対して身体がとても大きいヒナが親であろう小さい鳥に餌をもらっている。
どう見ても鳥の種類が違う…。
親と子が全く別に見えて仕方ない。
そう言えばこういう性質をもった鳥を聞いたことがあったような気がする…。
あの鳥は確か…。
世、妖(あやかし)おらず ー雛トリ籠ー 銀満ノ錦平 @ginnmani
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