ド緊張の握手会、初参戦!

加藤 佑一

握手会は神イベント

 その日、僕の離婚は成立した。

 甘い結婚生活は長続きすることはなかった、、。

 もうリアルの女性は懲り懲りだと思っていた、、。


 これからはアイドルヲタクとして生きて行こう。そう思っていた。


 しばらく休みを取って気分転換をする。その気分転換になるかもしれないと思ったのが女性アイドルのイベントへの参加だった。


 なぜかというと、僕がよく買い物に出掛けているショッピングモールの近くにはイベントホールが隣接されていた。

 そこでイベントがある日は人が増え、食材を買い出しに来ているだけの僕に取っては邪魔な存在でしかなかったのだが、離婚協議中のある日、気分転換も兼ねてイベントホールまで足を伸ばしてみることにしたのだ。


 その日、イベントホールでは女性アイドルの握手会なるものが催されていた。


 今はセキュリティーチェックが厳しくなっているが、僕が初めて寄ってみた時は部外者でもかなり近くにまで近寄ることができた。

 イベントホールへの出入りは自由だし、手荷物検査や金属探知機での検査などもなかった。ホール内に握手会会場と掲示されている柵の前にまで、フラッと入っていくことが全然できた。


 女性アイドルが握手会を行なっている場所には目隠しのパーテーションは並べられているが、パーテーションの隙間から女性アイドルが対応している姿が全然見ることができた。


 会場を訪れている人達は緊張した面持ちでアイドルの前へと進んで行き、その後笑顔になって戻って来ていた。


「なんか、楽しそうだな〜」


 それが僕の第一印象だった。


 結婚に失敗しているだけに、女性との距離感なんて深くなれば深くなるほど面倒くさくなると思っていた僕は、これくらいの距離感がいいのではないかと感じていた。


 アイドルと近い距離感になれるなんてことは、一般人には無理だしね。


 会場内にいる人達は一様に足取りが軽い。そして何より目に止まったのが、一人で来場されている方が多いように見受けられたのだ。


 これといった趣味はなく、友達も多くなく、独り身になってしまった僕にとっては参加しやすいイベントなのではないかと感じた。


 独身の頃は友人とサッカー観戦や野球観戦にもよく訪れていたが、それをまた趣味にするには、一人での参戦はなかなか厳しいのではないかと思っていた。


 一人で来場されている方が多いというのは、僕にとって参加しやすそうなイベントだなと感じさせてくれた。


 調べてみると僕が応援していこうと思っているグループには、握手会といっても2種類のシステムがあるということが分かった。


 全国握手会なるものと、個別握手会というものがあるとのことだった。両方ともCDが発売されるたびに行われているようなのだが、個別握手会に参加するにはCDが発売される前に参加する権利を抽選で獲得しないといけないシステムのようだった。


 それに対し全国握手会の方はCDを買った時に封入されている、イベント参加券を持っていくと予約なしで参加できるとのことだった。


 そこで僕はまず全国握手会というものに参加してみることにした。


 そして、遂にこの日が来てしまった。初の握手会参戦。今まで遠目に見ていたアイドルとの初の接触イベントである。ド緊張のためか足取りが重い。


 僕はCDを複数枚購入し、その全国握手会というものに参戦する予定だ。

 会場に到着すると入り口で参加券をスタッフの方に見せ柵内へと入場する。


 しかしここで大きな問題が起こった。

 握手会開始時間すぐに入場したのだが希望のレーンに行く勇気が湧かない。

 ただ握手して一言だけ言葉を交わすだけなのだが、それができない。


「ここは待機場所ではありませーん。止まらずにレーンにお進みくださーい」


 柵内に入場したものの握手会を行なっているレーンに進むことができずに立ち止まっていると、スタッフさんのそんな声が聞こえてくる。


 いや、いや、いや、ゴメン進めません。ド緊張なんですけど。


 何で皆んなそんなサクサク進めるんだよ。このレーンの先にはテレビで見たことがある女性アイドルが待っているんだろ?ムリ、ムリ、ムリ。


 僕は怖じ気づいてしまい一旦仕切られている柵の外で様子を伺うことにした。


 様子を伺っていると以前見ていて、楽しそうだなと思った光景と同じ光景が広がっていた。緊張した面持ちで進んで行った人達が一様に笑顔になって戻って来ている。


 自分も早くその気持ちを味わってみたいとは思うものの、緊張の方が勝ってしまいどうしても二の足を踏んでしまう。


 どれだけの時間を柵の外で過ごしていただろうか、


「◯◯時から1〜10レーンまで一旦休憩に入らせてもらいまーす。レーンに並ばれる方はお急ぎくださーい」とのアナウンスが。


 そのアナウンスを聞いた僕は流石に覚悟を決め、目的の娘のいるレーンに進むことにした。ガチガチのド緊張。同じ側の手と足が同時に出ているんじゃないかと思われるほどのド緊張状態である。


 何も考えることができない状態のまま、頭が真っ白の状態のまま、レーンの先にあるパーテーションの中に入ると僕は完全に終了してしまった。


 何これ?同じ人なの?ほっそっ!?肌しろっ!?目でかっ!?


 何か話しかけてきてくれたようだが、頭が終わってしまっていた僕は何を言っているのか聞き取れず、「応援してます。頑張ってください」との言葉を絞り出し一人目の握手を終え次の娘の元へ。


 ちなみにレーンの奥には2人のアイドルが待っていて、参加券1枚で2人のアイドルと握手できるシステムになっている。


 次の娘の前に進むと、そこで僕は更に終了してしまうことになってしまった。


 ウッソ〜!マジ〜! 

 メチャクチャ可愛い!!


 その娘はテンション高めに何か言ってきたのだが、またしても反応することが出来ずに「頑張ってください」とだけ言って終了。


 終始キョドったままだったなと反省しながらも、幸福感が込み上げてきた。


 映像や画像を見てどのメンバーと握手をするか選別していたので、どのようなルックスをしているかは分かっていたはずなのに、実際対面してみると想像を遥かに超えるレベルだった。


 まさに超絶レベル!!


 肌はきめ細かく透き通るような白い肌で、真っ白なのに目鼻立ちがはっきりしていて整った綺麗な顔をしていた。


 顔も信じられないくらいに小さく、小枝のように細くしなやかな抜群のスタイルをしていた。


 あんな綺麗な女性、見たことないんですけど!!


 どうりで握手会を終えた人達は幸せそうな顔をして戻って来ていたわけだ。あれほどの綺麗な人と握手できたのかと思うと幸福感でいっぱいになってしまった。


 最初の握手を終え少し緊張感が抜けてきたので、そのまま次のレーンへと向かう。


 CDを買うとイベント参加券の他に生写真というものが入っている。次のレーンの先にいるアイドルの生写真が、今回買ったCDに入っていたのでそれを伝えようと思っていた。


 言ったら「当ててくれたの〜ありがとう」って言ってくれるかなーってくらいに思っていたのだが、その方の対応は想像を超えてきた。


「生写真当たったんですよーっ」と言ったら、言っている途中で握手している手を『ぎゅっ』と強く握ってきた。そのため『んですよーっ』の辺りは驚いて言葉になっていなかったと思う。そしてこんなことを言われてしまった、、。


「ホンマにぃ〜、大切にしてなぁ〜」


 大阪弁で、甘い表情を向け、上目使いでそんな言葉を言ってきたので、僕はまた完全に終了してしまった。


 その後の言葉を続けることができず、口をパクパクしながらキョドりながら剥がされてその娘との握手は終了した。剥がされている間もこちらに笑顔を向け手を振ってくれていた。


 これがキュン死ってヤツか!

 神対応を受け完全に死んでしまいました。


 その日僕は、知っている人に会ってしまったら気まずいなと思っていたので、帽子を深めに被っていた。

 そのせいなのか何なのか、次のアイドルの方の前へ行くといきなり「お久しぶりですーっ!」とテンション高めに言われた。


 いや、いや、いや、今日初握手会だし。テキトーな娘だなーと思い、思わず笑ってしまった。


 絶対どこかで見たことある帽子だと思ってそう言ってきただろ。と思ったがその適当さ加減が逆に好感を得た。

 緊張していて終始ふわふわしていたのだが、その的外れな言葉に緊張は吹き飛んでしまった。


 何よりこちらに向けてきている笑顔がメチャクチャ可愛い。

 向こうは完全にお久しぶりと思っているので、満面の笑みだ。


 こんな超絶レベルに可愛い娘と握手できて、言葉を交わせるなんて本当に何て幸せなひと時なのだろう。


 次はキャプテンを任されている方のレーンに向かって行き、「キャプテン頑張って下さい」と伝える。

 てっきり「はい、頑張ります」との返事が返ってくるかと想像していたのだが、違った。

 体をクネクネさせ苦笑いを浮かべながら「まあ、頑張ってみます」との返事が返ってきた。


 何その反応!?可愛いすぎるんですけど!?


 対応マニュアルでもあるのだろうか?これまで1人としてありきたりな反応を返してくる娘はいなかった。

 かなりの数の方が来場されているというのに、全員にこんな神対応をしているのだろうか?


 今日、何回キュン死していることやら。


 次は自分の前に並ばれていた方が、「必殺技お願いします」と言っていたので、自分も真似してお願いしてみた。

 すると結構強めのパンチをしてきたので、驚いた表情を向けると「うふふふふ♪」と満面の笑みを向け、両拳を顎に当て上目使いをしてきた。


 そんなアニメに出てくる萌えキャラのようなことを、実際にする女性がいるのかと思い、再びキュン死となってしまった。


 そんなこんなで初の握手会は終了となる。


 元妻には申し訳ないが、マジで人生で一番楽しいひと時だった。


 たった数秒間だったが、間違いなく人生でサイコーのひと時だった。


 こんな神イベント参加してこなかったなんて、絶対人生損してた!


 人とは思えないような、お人形さんのような、アニメの萌えキャラのような人間が実際に存在しているだけでもあり得ないのに。


 そのハイレベルのビジュアルをした女性が、自分の為だけに笑顔を向けてくれるなんて。


 もう完全に終了だった。


 今後もこんなイベント参加しない選択肢は無いと思った。


 この日から僕は、ドルオタへまっしぐらとなってしまうのだった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

ド緊張の握手会、初参戦! 加藤 佑一 @itf39rs71ktce

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ