不義理なサクラ

おもいこみひと @毎日投稿

不義理なサクラ

「みんな、今日も花見に来てくれてありがと――」


 暗く湿気ったハコの中、合い言葉を唱える夜野サクラは一際輝いていた。いや、彼女は輝きそのもの。ミステリアスで純情可憐な十七歳は、地鳴りのような歓声を一身に浴びていた。


 そう、彼女はアイドル。飛び跳ねる華奢な体躯、宇宙の根源たる漆黒の長い御髪、神から与えられし甘美な歌声、そして太陽と見紛う笑顔。


いや、日の当たらないこの場所では、ステージの中央で舞い踊る彼女こそが太陽そのものであった。


 初めは、俺みたいなサクラが盛り上げないと盛り上がらないような、鳴かず飛ばずの地下アイドルだった。それが今や多くの信者から歓声を浴びている。


 かくいう俺も、その一人である。


「みんな、愛してるよ―」


 信者達は疑いやしなかった。いや、疑うことはタブーとされていた。彼女こそ唯一神であり、我々こそ女神からの寵愛を一身に受けることの出来る唯一の存在であると、狂信していた。


 その神話は、永遠のものかと思われていた。


『グループ解散危機!? 夜野サクラ 所属芸能事務所社長××とお泊まりデートか』


 しかし、所詮は神話。ある暴露系インフルエンサーによる爆弾投下によって、いとも簡単に崩壊したのである。


—―なんてことをしてくれたんだ。


 当然、信者達は怒り狂い暴徒と化した。


「僕、信じてたのに……」


 例えば、目の前で女々しく鼻をすする小太りの中年男性。彼はSNSに殺害予告を書き込み、挙げ句の果てにはサクラの自宅を特定するまでに至った狂人である。


 いや、花見客としてはむしろノーマルな方だろうか。知らんけど。


「なあ、君もそう思うだろ?」


 うわ、テーブル席の向こうから乗り上げてきた。これまで同じサクラ推しとして仲良くさせてもらったが、正直もううんざりである。


「離れて下さい。人の目があるんですから、少しは自重したらどうですか? あと汗臭いです」


 ここはファミレスで、客の殆どは学生か家族連れ。頼むから早く帰らせて欲しい。まあ、俺も学生ではあるけど。


「これが落ち着いていられるか! だって、信じていたんだよ僕は。なのに、どうして……」


 うわ、大の大人がめそめそと泣き始めたよ。


***


『ふざけるな。○ね』

『そんなことだろうと思っていたよ』

『フェイクに決まっている。サクラたんがそんなことするはずない』

『信じてたのに……』


 この度のスキャンダルに関する投稿を要約すると、ざっとこんな感じである。まったく、何だこの反応は。判を押したようで、凡庸で、実につまらない。


 というか、暴露そのものだってセンスがない。つまらん。


 どのくらいつまらないこというと、興味のない必修科目くらいつまらない。


 教授の駄弁から逃れるように、俺は大講義室を出た。


「あれ、京介じゃん。サボり?」

 パサついた茶髪のブス。誰だっけこいつ。


「うん。授業つまらなくてさ。そっちは?」

「私もサボり。不意に京介に会いたくなってさ」


 ああ、思い出した。一応、彼女ということになっている子か。世間一般にはマドンナだと言われているから、一応OKした子か。


「実は、俺も」

 そう答えると「嬉しい!」と女が腕にしがみついてきた。実に気持ち悪い。


「ねえ、これからどこか行かない。例えば、その……」

「ごめんね。俺、これから用事あるんだ」


 俺は至って優しく制す。そして未練がましいブスをがらんとした廊下に置いて、その場を後にした。


***



「いらっしゃいませ。ご予約の××様ですね」


 衝撃的な暴露の約ひと月前だったか、俺は高級焼き肉店にいた。とある理由で始めたバイトである。ここは特に馬刺しが美味しいことで有名であり、多くの芸能人がお忍びでやって来るのだ。


 そして今回は、翌月話題になるお二人。何も知らない小太りの中年と華奢で可憐な少女である。


「田中くん。これ××さんの席に」


 指図された俺は、大輪の花びらのように並べられた馬肉を両手に運んでいく。彼女は先日の騒動などお構いなしに、××と乳繰り合っていた。


「お待たせしました。馬刺しの特盛で御座います」


 彼女が無邪気に「美味しそう!」と歓声を上げる。××はふんぞり返っていた。


「ごゆっくりどうぞ」


 俺は踵を返し、足早にその場を去って行く。しかし、それは決していたたまれなくなったからではない。むしろ、××には心底感謝しているのだ。


 我慢出来なくなった俺は、そのままトイレに駆け込む。彼に感謝する理由としては、働き口を融通してもらったというのもあるが、それだけではない。


 俺は、実に不義理な人間である。サクラであるにも関わらず、夜野サクラにすっかり魅せられてしまったのだから。


『他の男に媚びる夜野サクラ』の信者となってしまったのだから。




 しかし、神は某暴露系インフルエンサーによってお隠れになってしまった。


 だから僕はこう思った。


―なんてことをしてくれたんだ、と。

 

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