ひなとひな人形

たい焼き。

ひなとひな人形

「わぁ〜! これ可愛いねぇ!」

「これは3月3日までしか飾れない『おひなさま』っていうのよ。大事にしようね」

「うん!!」


 私はここの娘、日菜ひなが生まれた時からこの家に来た。

 日菜が生まれた時、母方の祖母が「日菜のために」と買った。それまで、私はデパートの催事場で展示されて買い手がつくのをじっと待っていた。


 最初はね、ビックリしたわよ?

 おばあちゃんとおじいちゃんが来て私たちを見て「これにしよう」って即決だったし、てっきりこのおばあちゃんのお家に行くのかと思ってたら、到着したお家にはおばあちゃん達はいないし、若い夫婦だけ。

 でもね、ママのおなかはだいぶ大きくなっていたから「きっとこのお腹の子の為に私がここに呼ばれたのね」ってピンときたわ。


 私がこの家に来てから間もなくして日菜は生まれた。


 生まれたばかりの日菜はふにゃふにゃだった。手がすごく小さくて、それで何かを一生懸命掴もうとしているのがすごく印象的だった。


 私は年に一回しか表に出て来ないから、久しぶりに見る日菜の成長ぶりには驚かされる。


 この前見た時は自分では何も出来なかったのに、自分で這いながら私のところへ来れるようになってたり、あーうー言葉がママやパパとそれなりに意思疎通できるようになってたり……。


 子どもの成長ってすっご……。



 私はガラスケースに入っていたので、日菜と直接触れ合う事はできない。

 時々お人形遊びしている他の人形が羨ましい。

 その代わり、私が飾られている間は日菜は私に釘付けとなる。あまりにもガラスケースにべったりだから、ママにも注意されたりする。

 ガラスケースに目いっぱい顔をつけるから、日菜の鼻と口がべったりついて思わず笑ってしまった。


「おひなしゃまがららった!」

「えぇ〜? うーん、そうね、優しく笑ってるね」

「ちあうの! 今、すごいららったの!」

「そっかそっか。もう少しで日菜の好きなちらし寿司ができるから、いい子で待っててね」


 ママはそう言ってキッチンへ消えていった。

 日菜は不服そうな目でママを見たあと、私の方を見ながら「ららったもん……」と小さくこぼした。


 あの顔には油断して笑ってしまった。

 しかし、こんな悲しい顔をさせたい訳じゃない。

 私はママがこちらを見ていないことを確認してから、日菜に向かって口元に人差し指をあて、「しぃ〜」のポーズを取りながら必死にウィンクした。

 流石にここまで体を動かすのは重労働だ。


 日菜は私を見て、目を見開いた。まん丸の目がこぼれ落ちるんじゃないかとヒヤヒヤしたわ。

 でも、私の言いたいことは伝わったみたい。


 同じように口元に指をあてながら「しぃ〜」とやって、お口チャックのジャスチャーもしていた。

 きっと、ママたちには黙っててくれるだろう。




 私はひな祭りの時期に毎年、当たり前のように飾られていたけど、日菜は大きくなるにつれ昔ほどの興味を持たなくなった。

 出したときは見てくれるけど、すぐ見飽きてしまってご飯やひなあられに意識を持っていかれてしまう。


 ま、毎年同じかっこうだし見飽きてもしょうがないよねー。

 こっちは毎年すくすくと大きくなる日菜を見られるだけで十分。


 このまま、日菜が結婚するまで見守っていられるかな。


 そう思っていた。





 いつもと何も変わらない2月末。

 中学生になった日菜が変質者に襲われた。

 学校からの帰り道、道を教えてほしいと言ってきたニンゲンに油断したところ、人目のない路地裏に連れ込まれた。


 私は日菜の雛人形。


 雛人形は女の子の健やかな成長と幸せ、良縁を願う。

 それともう一つ。


 厄災を払う。



 私はママが毎年大事に飾ってくれていたこと、日菜も興味は薄れつつもそれなりに大切にしてくれていたこと、そのおかげで多少の厄祓いなら出来る。……ハズ。



 日菜の危険を感じた私は、日菜の元へ向かった。



「やめっ……」

「うるさい、静かにしろ!」


 薄暗い路地に日菜とでっかい全身黒ずくめの男がいた。

 ソイツは、ガタガタと震えながらも抵抗する日菜の胸ぐらを掴んで平手打ちをした。


 バチンという音が男の手から鳴った。

 同時に私の中からも何か鳴った。怒りに飲まれた私は日菜に降りかかった厄災を取り除くべく持てる力をすべて使って厄を祓った。


 薄暗い路地に突然現れたひな人形、しかもそれが怒りに満ちていたのを見た男は小さく悲鳴をあげた。


 ――その女子おなごから離れよ――


「ひっ、バケモン……っ!!」


 男は日菜を放って慌てて逃げていった。通りに出る時に足がもつれて、そのまま車道まで出てしまっていた。

 車道でけたたましいクラクションと大きな音がして、人が集まりだした。


 厄は払えたようだ。


 日菜を見ると彼女は放心状態になっていた。


「た、助かった……?」


 そのうち、集まっていた人間の中から日菜に気がつく者が現れてくれたおかげで、日菜は警察へ保護された。

 ママに来てもらって、事情説明などがあり心のケアをしながら過ごす事となったみたい。


 本当はもっと日菜の成長を見守りたかったけど、無理かもしれない……。

 路地で怒りに飲まれた私は綺麗に結われた髪もぐしゃぐしゃになり、着物も乱れてしまっていた。

 何より、日菜やママたちのいる家に戻る力がない。


 これからのことはお内裏に頼むしかない。……大丈夫かなー、ちょっと頼りないのよねぇ~……。



 でもどうか、健やかで幸せに満ちた日々を送って欲しい。


 薄れていく意識の中、私は日菜の幸せだけを願っていた。

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ひなとひな人形 たい焼き。 @natsu8u

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