親友でアイドルの彼女がまぶしすぎるのだとしても

佐藤朝槻

親友でアイドルの彼女がまぶしすぎるのだとしても

 

 あたしは部屋でチキンを頬張りながら、ガールズグループのライブ配信をみていた。


 親友が出ているのだ。

 親友は昔からダンスが好きだった。授業中も小刻みに踊るから、何度も先生ににらまれていたのは覚えている。

 高校では三人組のダンスユニットを作り、動画投稿をはじめた。

 そして、高校卒業と同時にアイドルとしてメジャーデビュー。

 親友をみていると、愛される人はこういう人なのだろうと思い知らされる。

 それはときめきとか輝きと言えるだろうし、愛きょうとも呼べるだろうし、天真爛漫らんまん、スター性とも言い換えられる。とにかく、内からわき出る泉を持っている人だ。


 あたしが独身で退屈な日々を過ごしているのは、親友が持っているような泉が乾ききっているせいだと思う。

 ……ダメだ、もっと酒をあおらねば。

 一本目の缶ビールが空いた頃、映像の向こうでは赤いドレスに身を包んだ親友が現れ、スタンドマイク前に立った。


「私、ユカは本日をもちましてKEYを卒業します」


 ついに来た。

 あたしはユカと最後に会った三年前を思い出していた。



   〇



 大学三年生の夏休みのこと。

 ユカは帰省して早々、あたしの家にやってきて、KEYをやめようか悩んでいると打ち明けた。KEYとはユカが所属するガールズグループの名前だ。


 きっかけは、事務所との協議だった。

 事務所は新しいメンバーを迎え、さらなる高みを目指したいとユカたちに話した。それは暗に、人気が低迷しているから新メンバーをいれて新陳代謝したいという意味なのだそう。

 あたしは、最初は事務所の意見に違和感がなかった。若さとは、それだけで武器になるし言いたいことも理解できる。


 しかし、ユカは反対した。

 KEYというグループ名はキキ、エリ、そしてあたしの親友であるユカの三人の名前からとった名前。新メンバーを入れるのはありえない、と抗議。


 それを聞いた事務所は、ユカに新メンバーを受け入れるか卒業するかの二択を迫ったらしい。

 深刻な問題だ。

 だが、相談に乗るのが下手なあたしは、ここまで「そっか」「そうなんだね」「なるほど」の三つしか返せていない。せめて何か違うことが言いたい。


「ユカ以外のメンバーは、なんて言ってるの?」

「リーダーのエリは賛成してる。キキは概ね賛成だけど、私がやめるならわかんないって」

「そう、なんだ」

「三人で頑張ってきたのに、どうして……」


 普通なら、の話だ。

 自分のものは自分のもの。自分のものであるということは、捨てるのもまた自分の意思でできる。着なくなった服を捨てるとか、描いたイラストを捨てるとか。

 だが、ことにこの話はシンプルじゃない。

 ユカは「例えばの話だけど」と前置きした。


「私がやめたとしても、キキとエリを見守りたいと思ってる。私たちの曲を新メンバーが歌って踊るのも嫌じゃない。私がやめて嫌なのは、『KEYのユカです』って二度と言えなくなることなんだよね」

「うん」

「エリ、キキ、私の三人で乗り越えていくためにKEYって名づけた。つらいときは三人で励ましあってきたし、メジャーデビューの喜びも三人で分かちあった。新メンバーを迎えたら、それはKEYなのかな。今までみたいに分かちあえるのかなって不安になる」

「そうだね」

「でもね、そう思うことがわがままだというのも理解してる。KEYが私たちだけのものじゃない。わかってるから寂しいんだ」


 KEYは、ユカたちのものでは? どういうことなんだろう。

 あたしが理解できず考え込んでいると、ユカは苦しそうに微笑んだ。


「KEYは、もう私たちのためだけの名前じゃない。ファンのための名前でもある」

「ファンのものでもあるなら、事務所を出てやり直すのもありなんじゃない? ファンはついてきてくれると思うけど」


 本当のファンならどんなことがあってもついてきてくれるものだと思うのだ。実際、メジャーデビューを二回しているバンドをあたしは知っている。

 でもユカは首を横に振り、あたしの提案を拒んだ。


「できない」

「……できない、か」


 適当な言葉が見当たらなくて、オウムのようにただ繰り返した。これが効いたのか、ユカの表情が少し柔らかくなる。


「もっと推しておけばこんなことにならなかったのに、ってファンを悲しませるかもしれないからね。新メンバー加入は、事務所退所より前向きに捉えてくれる」


 なるほど、その考えはなかった。推し活とは難しい。

 エンターテインメントの世界においてファンの存在は大事だ。が、そのファンのことを思いすぎるとやり直しができない。


 ひたすら前を向くことは、明るくみえて残酷だ。

 特にユカみたいにグループを、メンバーを、ファンを、すべてを愛そうとする人にはかなりの苦痛が伴う様子である。


「大丈夫?」


 思わずそんな言葉が出てしまう。ユカの苦笑ははかなささえある。


「今はまだ……。でも決めなきゃね」

「つらいんじゃないの?」

「つらいよ。三人の実力を否定されたわけだし。でも、……ファンを悲しませるほうがつらい気がしてきた」

「そっか」

「うん。だから新メンバー加入は受け入れようと思う」


 唐突にユカは答えを出した。


「も、もう少し悩んでもいいんだよ?」

「ううん、佳奈美かなみに話したら覚悟できた」

「それならいいけど……。どんな形であれ、あたしは応援するよ」

「ありがとう。……だけど」


 あたしをまっすぐみつめるユカの目は涙をためていた。


「今だけ泣いていいかな」



   ○



「新メンバーを迎えたときは不安や心配がたくさんありました。ファンの皆さんもそうだったと思います。でもアヤ、カコ、マリ、ワコの皆、本当に頑張ってくれました。ファンの皆さんも変わらず応援してくださって、昨年は初めて日本武道館に立つことができました。あの景色は本当にきれいで、一生忘れられない宝物です」


 すでにライブは終盤に差し掛かっていた。

 ユカは事前にしたためていた手紙を、ファンに向かって読みあげている。


 会場内に広がる拍手は大きく、あたしも画面の前で小さく拍手した。


「あの頃から私たちは、どこまでも高みを目指せると本気で思っていました。そのような大事なときに怪我をして、ライブをお休みせざるを得なくなり、メンバーやファンの皆さんに迷惑をかけてしまいました。私が落ち込んでいたとき、メンバーが、特に後輩の皆が積極的に助けてくれました。こんなメンバーと一緒に活動してると思ったら、とても誇らしかったです」


 三年前、ユカは卒業せず新メンバーの加入を受け入れた。大きな変化があったことだろう。

 あたしは夏休みが終わったあと、KEYのライブに行っていない。就職活動をしないといけなかったし、就職後は多忙な生活に追われ、連絡すらまともに取ることができなかった。


 あの日から今日までの三年間の思いを、今はじめて知る。


 一応、ユカの卒業発表後のネットニュースは読んだ。

 新メンバーを迎えてからの三年間は、新メンバーの子とダブルセンターとして、日本武道館まで導くエースとなったこと。

 二度の怪我を乗り越えたこと。

 卒業を惜しむ声が多いこと。

 ネガティブな記事もあったが、圧倒的に占めていたのは、ユカがプロフェッショナルな人物だと称賛する記事ばかりだった。


 だからだろうか。ユカの表情にはかっこよさとたくましさが増していた。堂々と話す姿と照明が相まって、後光が差しているみたいだ。


「怪我が治ったあとのライブで、これまで一緒に頑張ってきたエリ、キキはもちろん、後輩四人も頼もしくて……。KEYは大丈夫だと感じるようになりました。また、自分自身の将来のことも考えるようになって、メンバーともっといたいけど、新しいことにもチャレンジしたい。そんな気持ちになりました。ダンスだけじゃなく、歌だけじゃなく、ひとりの人として立派になって、ファンの皆様にパフォーマンスをお届けする人になりたいと考えるようになりました。メンバー、特にリーダーのエリにはたくさん話して、たくさん考えました。そして、卒業後はソロ活動をはじめることに決めました」


 ユカは丁寧に、ゆっくり手紙を読み上げていく。

 スタンドマイク前に立つユカの背後で、メンバーが一列に並んでいる。ユカの言葉をみしめるように、寂しそうに前を向いていた。照明が当たらない薄暗い中、涙を流すメンバーもいる。


「明日からKEYを名乗れなくなることが寂しいです。でも、私は前を向いて進んでいきます。パフォーマンスも、人としても、もっと磨きます。ファンの皆さん、これからもついてきてください! KEYのこともたくさん応援してください! 私もこれからはファンとして、KEYを見守りたいと思います」


 三年前にも聞いた言葉が、今は明るく前向きに聞こえた。

 ビールを飲むのもチキンを食べるのもためらわれ、静かに彼女の言葉を聞いている。


「改めて約六年間、応援してくださり、本当にありがとうございました! 毎日が幸せでした。そしてこれからもついてきてくださいねー! 十二月十日、ユカ」


 会場では拍手が沸き起こっていたが、私は拍手も呼吸も忘れて眺めていた。


「では、最後にこちらの曲をお届けします!」


 と照明が暗転した。再びライトのもとにさらされたユカの瞳は潤んでいた。


 あたしは息苦しくなる。


 ユカの、デビューが決まったときのうれしそうな顔。

 よかったらライブ観に来てよと弾んだ声。

 ライブを観に行くといつでも見せてくれた笑顔。

 三年前の夏、あたしにみせた涙。


 ユカは、どんなときも美しかった。

 どうして? 弱音を吐いていいんだよ?

 センターという重圧を背負わなければ、もっと長く活動できたって怒っていい。

 二度も怪我をするくらい辛かったと言えばいい。

 事務所のせいって言って楽になってもいい。

 ファンは味方してくれるって知っているはずだ。センターかつエースを失って気分のいいファンなんていないのだから。

 でもユカは誰かのせいにしたり、特定の人を否定したりしない。

 まっすぐに、真摯に受け止めて前に進む。涙は流しても泣きごとは言わない。


 三年間、一切連絡しなかったあたしに『久しぶり! 今回のライブどうしてもみてほしい。三年前の答え、みせるから』とユカは連絡してきた。

 今まさに、みせられている。

 あたしには受け止めきれない覚悟を。

 本当はね、ユカ。連絡を取らなかったのも、今日現場に行かないでライブ配信をみているのも、忙しかったからじゃない。

 今のあたしにユカを受け止めることができないのだ。まぶしすぎるのだ。

 変化を受け入れて前に進んでいくユカに、あたしは必要ない。


「ありがとうございました。KEYでした!」


 画面の向こうでは、ライブを駆け抜けたメンバー全員がお辞儀をし、会場は割れんばかりの拍手に包まれる。


 顔を上げた瞬間、ユカの涙ぐむ表情をみて、あたしはテレビを消した。

 ユカは、ひとりでやっていける。

 あたしのことは置いていって。

 放心状態に陥ったあたしは、ベッドに横たわって天井を眺める。

 携帯に新着メッセージが届いた。

 ユカからのボイスメッセージだ。


「みてくれた!? どうだったかな。うまくできてたかな」


 うん。できてたよ。最高に輝いてた。


「これ、ライブ前日に録ってるんだ。ライブ終わったあとだと恥ずかしくなりそうだから先に……。相変わらず緊張しいなんだ、私」


 気弱に笑う声はステージの上ではみせないユカだった。


「この三年間、佳奈美の『応援してる』にいつも励まされてた。佳奈美は私がKEYとして活動する前から私の歌と踊りをみてくれて、本当に支えになったんだ。覚えてる? 昔は結構、ダメだししてくれたよね。いつも参考にしてたし、そのおかげでここまで来られたよ」


 素人のあたしの言葉なんて気にしなくていいのに。


「ダンス動画をあげるきっかけくれたのも佳奈美。キキとエリに会うのためらった私の背中を押してくれたのも、佳奈美。三年前も『大丈夫?』って心配してくれる佳奈美をみて、前を向こうと思えた。私にとって最高の相棒なんだよ」


 ……知らなかった。


「でもデビューしてから佳奈美はよそよそしくなってる気がして……。忙しいからかな、最近は連絡もしなくなってたよね」


 あはは。全部見抜かれてたか。ごめんね。


「それでね、私、甘えてるなって気づいた。私が卒業するって決心するときまで連絡しないでおこうって決めたんだ」


 ユカはポジティブに受け止めてくれたんだな。


「卒業ライブ、どうだった? 私の気持ち、届いたかな。届いてるといいな。私はファン第一号の佳奈美がいてくれて幸せだよ。今日までありがとう。そしてこれからもよろしく、親友!」


 よろしくって言われても、あたしはもういらないと思う。でも、わざわざ用意してくれたなら、それ相応の誠意を返すべきだ。


『ユカ、ありがとう。ライブみたよ。お疲れ。すごかった。うまく言えないけど、よかった』


 ――ユカと親友でいるのは今日でおしまい。

 ボイスメッセージの録音途中、そんな言葉が頭によぎって喉が詰まり、目尻に涙がたまる。


 録音をやめて携帯を投げ捨てようとしたとき、電話がかかってきて心臓が跳ねた。ユカからだ。


『佳奈美、い、今いいかな?』

「どうしたの? まだライブ終わりで忙しいんじゃないの?」

『ん、本当はまだやることあってよくないんだけど、どうしても話したくて』

「そっか。ライブお疲れ。みたよ」

『ありがとう。その……』


 声が途切れた。


「ユカ?」

『……う、うう』

「どうした?」

『だっ、だってやっとライブ終わったし』


 すすり泣く声が耳に刺さる。

 ライブ中、ユカは一度も泣かずに歌い踊っていた。センターとしての責任が今やっと終わったのだろう。


『ずっと佳奈美の声も聞けてなかったし』

「帰ってきたらいいじゃんかー。まあ、片田舎のこっちは東京よりつまんないと思うけど」

『佳奈美がいない東京は嫌い』


 困惑するあたしをよそに、ユカは号泣している。メンバーやファンを思うKEYのユカではなく、体裁も建前も何もかも取っ払った、ユカというひとりの人間が泣いていた。


 電話越しに事務所のマネージャーらしき人の声がした。「どうしたぁ」とメンバーの声も聞こえてくる。


 頭の片隅から引きずり出されたのは、中学生の頃の記憶だった。オーディションに落ちて泣きながら踊るユカと、物陰に隠れて見守っていたあたしだ。


「大丈夫。ユカは、もうひとりじゃないよ」

『うう……。でも……』

「とりあえず切るね。またいつでも話せるよ」

『……わかった。またね、佳奈美』

「うん、また」


 通話を切ったあと、


「今度会いにいくから、おいしい店連れてって」


 と、あたしはボイスメッセージを送った。

 その後、涙がとめどなくあふれ、眠りにつくまで泣き続けた。

 ユカがあたしを親友とか相棒、支えだと言っくれたからではない。

 ユカなしでは生きていけないと思うくらい、大好きだと自覚したから。

 ずっと前からユカは、あたしの中で親友であり、アイドルであったのだと知ったから。

 だから、あたしもユカのまぶしさから逃げない。彼女の親友であり、ファン第一号であると胸を張って言えるように。

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