ひなまつり【KAC2025】

来冬 邦子

おらが村のおひな様

 「誰だあ、おらが村のおひな様、持ってったやつは?」


 二月二十八日の昼下がりのこと。村の広場で村長さんが顔を真っ赤にして吠えた。


 わたしの村は千葉県中南部の原生林の奥にある言わずと知れた秘境の村である。テレビの取材はまだ来ない。みんな楽しみにしてるのに。


「村長さん、おひな様がどうしたんですか?」


 すぐに駆けつけた交番のお巡りさんが警察手帳を広げてペンを握った。お巡りさんもこの村の出身で背が高くてカッコいい。


「そろそろ飾るベと思って公民館の倉庫に入ったら、おめえ、おだいり様とおひな様だけ無くなってたんだ!」


「なるほど。最後にひな人形を見たのはいつですか」


「んだなあ。去年の秋の虫干しのときだったかな」


「ではそれから約半年近く、誰も触っていなかったということですね?」


「んだ。公民館に鍵は掛けねえし、まさか盗まれるとは思わねえベさ」


「おお! 聞き込みってやつだな。頑張れ、慎吾!」


「静かにしてくれよ、店長!」


 嬉しそうにお巡りさんの肩をパンパン叩いている大男は村で一軒のスーパー寿ことぶきの店長。お巡りさんとは同い年で仲良しだ。


 スーパーも交番も公民館も郵便局も病院も小中学校(の分校)も広場に面している。寺だけは歩いて一時間ほどの山の中にある。


 「何があったって?」


 ほら、院長先生も白衣にスリッパをつっかけて出てきちゃった。その頃にはもう村の大部分の人間が広場に集まっていた。わたしは父ちゃんを見つけて大きな手を握ったら、父ちゃんは歯を見せて笑ってくれた。


 広場は、夏は盆踊りに、秋は秋祭りに、冬は餅つき大会に、そして春は豪華二大イベント、ひな祭りと花見で盛り上がる。皆が集まると村長がもう一度大声で叫んだ。


「おらが村のおひな様が盗まれたあ!」


 村民は顔を見合わせた。「え、なんで?」 「あんなもん、どうするんだ?」  「そこら辺に捨ててねえか?」みんな動揺はしているが困ったという顔ではない。この村のおひな様は、昭和の初期に当時の村長が東京まで行って買って来た豪華七段飾りだ。村のみんながお金を出し合って買った友情のあかしだという。しかし近頃は経年劣化でだいぶ傷んできていたので、新しくあつらえようかという声も聞く。


 院長先生が言った。「この村に入る道路は一本道だ。よそ者が出入りすればすぐ分かるだろう」


「では、村の中に犯人が?」


「誰だあ? いったい?」

 

「はい!」 わたしは目をつぶって手を上げた。


「ええっ!」 お巡りさんが目を丸くして、わたしに向き直った。


 心臓がドコドコ鳴っている。父ちゃんの顔が見られない。

 わたしは息が苦しくなった。

 そこにお寺の和尚さんがバイクでやってきた。


「どうした? 皆して何があった?」


 皆が口々に状況を説明しようとした。


「御住職、おひな様が盗まれたって」


「おひな様が? 誰に?」


「村長が犯人、誰だあ、言うたら、森山んとこの小鳥ことりちゃんが手え上げたんだ」


「なに、小鳥はまだ三年生だろう」


「これから話を訊くところなんです!」


 お巡りさんがわたしを守るように背に庇った。





 わたしと父ちゃんは交番に入った。大きい机とキャビネットと体育館にあるのと同じパイプ椅子が立てかけてあった。お巡りさんはパイプ椅子を二つ広げて、わたしと父ちゃんを座らせると、わざとらしく広場をぶらぶらしている人達を無視してドアを閉めた。


「それでは、お話を聞かせてください。森山小鳥ちゃん、いいかな?」


「はい」


 お巡りさんは自分の椅子に坐って、ノートをひろげた。


「村のお雛さまのことで、知っていることを話してください」


「はい」わたしは声がかすれて「はひ」って言っちゃった。そしたらお巡りさんが小さい冷蔵庫からお茶のペットボトルを出してきて、わたしと父ちゃんにくれた。


「ありがとう」


「すみません」とうちゃんがお辞儀したので、わたしも頭を下げた。


「では、いいかな?」


「はい。村のおひな様を取ったのはわたしです。おだいり様とおひな様」


「どうしてだろう?」


「それは、日向子ひなこちゃんが……」


 わたしはつま先を見た。


「日向子ちゃんって、寿ことぶき日向子ひなこちゃんかい?」


「スーパー寿の?」


 お巡りさんととうちゃんが同時に訊いた。


 日向子ちゃんはスーパー寿の店長さんの子どもで、わたしと同い年で親友だ。去年の秋に良くない病気が見つかって町の病院に入院している。わたしは毎週日曜日に父ちゃんの車でお見舞いに行っていたが、日向子ちゃんの病気はなかなか治らなかった。


「日向子ちゃんがおひな様を見たいなあって言ったんです。でもまだ出歩けないから村に帰れなくて……。それで、わたし、公民館の倉庫でおひな様を捜しました」


「一人で入ったの? 恐くなかった?」


「すごく恐かったけど、我慢しました。昼間だったし」


「そうか。頑張ったんだね」


 お巡りさんが優しく笑ったから、わたしはすこし気持ちが楽になった。


「去年片付けを手伝ったので、しまってある木箱はすぐにわかりました。誰かが蓋に〔トリの降臨〕のシールを貼ってあったから。開けると、一番上におひな様とおだいり様だけが入った紙の箱がありました。全部は無理だと思って、それだけ取りだして、大きい木箱の蓋を閉めました」





 ノートに書き込んでいたお巡りさんは顔を上げて「そうか」と笑った。


「いま、おひなさまはどこにあるの?」


「日向子ちゃんのお部屋に飾ってあります」


「病院の?」


「そうです。今度行ったときに返して貰うことになってました」


「なるほど。はい、よくわかりました」


 おとうちゃんがお巡りさんにいきなりお辞儀をした。


「申し訳ありません。わたしが付いていながら気がつかなくて」


「お父ちゃんは悪くないです。わたしが一人でやりました!」


 お巡りさんは困ったように笑った。


「これは事件じゃないですから、謝られても困ります」


「しかし、うちの娘が村の大事なおひな様を……」


「貸し出しくらい、いくらでもしますよ。小鳥ちゃん、誰か大人に相談してくれたら良かったね」


「はい、ごめんなさい」


「では、これで解決しました。お疲れ様でした。」


 お巡りさんが交番のドアを開けると、みんなが走って集まって来た。


「わたしからみなさんに説明しますから、お二人は何も言わないでくださいね」


 お巡りさんは手をメガホンの換わりにして叫んだ。


「はい、では、説明しまーす。集まってくださーい。」


その声に応えるように「ホーホケキョ」とウグイスが鳴いた。


                   了

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