君の帰る場所
這う這うの体で蒐集部屋へ辿り着き、私は蹴破る勢いで扉の中へ飛び込んだ。
「ミッドブォード
「おかえり、
安楽椅子に揺られた上司は、いつもと変わらない涼しい笑みを湛えて私を迎えた。
「早く……早く何とかしてください! もう来ます!」
「まあ落ち着きなさい」
安穏と返事をするミットフォード卿は、外から聞こえてくる騒々しい足音にゆらりと立ち上がった。
先ほどまで私を追い回していたお雛様は、とうとう割れんばかりの勢いで扉を開き、見上げるような巨躯で私たちの前に立ちはだかった。
「ミイツケタ……私ノ可愛イお嬢サン……」
「ひっ」
人の顔より大きな手のひらが私の顔に迫ったその時。
すう、と一息吸う音がして――ミットフォード卿は歌い始めた。
「きものをきかえて、おびしめて」
伸ばした手が、私の目の前でぴたりと止まる。
「きょうはわたしも、はれすがた」
その懐かしい旋律には聞き覚えがあった。
「はるのやよいの、このよきひ」
三月三日に、女児の幸せを願って歌う歌だ。
「なによりうれしい、ひなまつり」
テノールボイスで歌い終えた頃には、お雛様の身体はしゅるしゅると縮んでいた。
「ここは私の蒐集部屋だ。身寄りなく彷徨う人形よ――さあ、おやすみ」
ミットフォード卿がそう笑み掛けると、破壊の限りを尽くしていた女雛はぽん、と軽い音を立てて、ただの雛飾りに戻った。
完全に沈黙したお雛様を拾い上げ、ミットフォード卿は指を鳴らす。と、私の目の前にミニテーブルとティーセットが現れた。ウェッジウッドの金縁のカップからは、カモミールティーの上品な香りが立ち上っている。
「お疲れ様。さあさ、冷める前に召し上がれ」
「どうしてこんなに急に、大人しく……」
「出番を終えた雛人形の行き場は、押し入れか納屋だろう?」
「
出された黄金色のお茶を啜ると、不思議と気持ちが落ち着いた。鎮静の魔法でも掛けられているのかもしれない。
再び指を鳴らして自分のカップを召喚しながら、彼は語り出す。
「この人形はね、長らくとある公家のお屋敷で大切にされていたそうなんだ。代々その家の娘たちの幸せを願い、見守ってきたのだという」
元いた安楽椅子に掛け直し、金縁のカップを傾けるその所作は絵になる美しさだ。悔しいが見惚れてしまう。
「しかしどういうわけか、その家系に娘が生まれなくなってしまい、雛飾りは手放され――人々の手を渡り、流れ着いたのは現代で婚活会場となった料亭だったそうだ。そこで数多の女性の恋模様を見守ってきたんだろう。もちろん純粋な恋心も……そして呪詛とも呼べるほどの愛憎も」
「結ばれないのなら力づくで結んでやろう、となったわけですね……」
「いかにも。効果は
話の途中で珍しく気の抜けた声を上げたので、私はきょとんとして椅子に揺られる彼を見遣る。
「今日は……そうか。私としたことがうっかりしていたな」
「どうされましたか」
三度、指を鳴らすと何も無い宙にいくつもの万年カレンダーが現れた。金色の数字は今日の日付と、知らない日付がいくつか並んでいる。
「今日は西暦では三月三日だがね。旧暦だと二月四日なんだ」
「えっと……つまり仕舞うのが早すぎた、と」
「そうだ。仕方がないな、旧暦三月三日までは飾っておいてやろう。汐入くん、そこの棚を使いなさい」
「え、私が飾るんですか」
素っ頓狂な声を出して、私は慄いた。
当たり前だろう、とミットフォード卿は私に雛飾りを手渡す。
「箱を開けたのは君だろう。一旦出したのなら、きちんと三月三日まで祀らねば。逆に呪われて一生結婚できないかもしれない。特にこんな力の強い人形ならば、尚更ね」
「ええ……そんな」
私の嘆きをよそに、彼はそばの棚に視線を投げた。するとひしめき合っていた蒐集物たちが、慌てふためいたようにことことと音を立てて場所を空ける。これからは
飾っている最中に動き出したりしないだろうな、と私は密かに怯えながら、渡されたお雛様を睨む。
呪う役目を終えた人形は、すまし顔で新たな居場所に鎮座した。
絶対婚姻雛飾りの呪い ―蒐集鬼ミットフォード卿シリーズ #01― 月見 夕 @tsukimi0518
★で称える
この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。
カクヨムを、もっと楽しもう
カクヨムにユーザー登録すると、この小説を他の読者へ★やレビューでおすすめできます。気になる小説や作者の更新チェックに便利なフォロー機能もお試しください。
新規ユーザー登録(無料)簡単に登録できます
この小説のタグ
関連小説
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます