0x0A:本番でしか出てこないお化け
帰宅中、電車の中で「ダイラビ」をぽちぽちプレイする。
ダイラビは戦闘要素があって、戦闘中の指示によって仲間の光・闇属性が変動する。
闇に傾くと闇堕ちして敵になるので注意が必要!
なんだけど……。
「えっ、ちょ、ちょっと待っ……待って……!」
仲間にしていたキャラが、闇堕ちしそうになっている……!
取り戻せはするけど、結構育成してしまったので今離脱されると困る……!
しかも、よりによって後輩系キャラなんですけどー!?
『先輩にとって、僕は便利な兵器なんですか? 僕は先輩の指示にだけ従っていれば……良いんですね……』
後輩系キャラの曇っていく笑顔が、奥村君に被ってしまって……。
『すみません……。いま言ったこと……なかったことにしてください……』
あの時言われた台詞と悲し気な表情が、フラッシュバックする。
「っ……」
ここにレモンうさぎのぬいぐるみがあったら、絶対にぎゅーっとしていたと思う。
それくらいに、思い出すだけでぎゅっと胸が締め付けられた。
「奥村君と一緒にお話しするの、楽しかったんだけどな……」
でも壊してしまったのは、私だから……。
「仲直りしたいな……」
元の関係に戻りたい。
楽しく賑やかに話しながら仕事ができる関係に……。
そう思った瞬間、奥村君のとある台詞が脳裏をよぎった。
『このプロジェクトがリリースしたら、俺と付き合ってくれませんか?』
「……っ!」
なんでこのタイミングで告白されたことを思い出したんだろう!?
あれはなかったこと!
なかったことになった……んだけど……。
でも、私は奥村君の気持ちに、何となく気付いていて……。
奥村君の思いが、接し方が、とてもくすぐったくて、優しくて……嬉しくて。
それなのに、あそこで突き放してしまって……。
「……私の取った態度、最悪じゃないの」
私はずっと、奥村君の気持ちに甘えていたのかもしれない……。
不意に、見ていたゲームの画面がぼやけた。
涙で目が潤んだことに気付いたのは、ちょっとしてから。
誤魔化すように瞬きして、ゲームを進めようとしたのだけれども……。
「あ……れ?」
さっき読んだばっかりのストーリーが再生された。
「このストーリー、ついさっき読んだよね? デバッグ中に何度も読みまくったから訳わからなくなってるんじゃなくて……本当に読んだよね……?」
ストーリーモードは一話ずつ読んでいく形式で、読み終わると次の話が読めるようになる……はずなんだけど……。
「えっ、なんで……?」
ものすごく嫌な予感を覚えつつも、自分の記憶に自信がなくなってしまったので、今読んでいるストーリーを終わらせてから、次のストーリーを進めようとする。
……でも。
「やっぱり! 同じストーリーがまた再生された……!?」
気のせいなんかじゃなかった!
「ま、まさか……!」
私は慌ててSNSで「ダイラビ」で検索した。
途中までは高印象な発言が多かったのだけど、つい数分くらい前から逆転し始めている。
『ストーリー進まなくね? #ダイラビ』
『盛り上がってるところでストーリーモードぶった切られた~! ひどい! #ダイラビ』
『せっかく石使ってまでストーリー進めたのに… #ダイラビ』
『ダイラビ先生の次回作にご期待ください! もうやめるわ』
「ウワアーッ!! ま、まってまってまってまって!??!?!」
気のせいでもなければ、このバグに遭遇しているのは私だけじゃなかった……!
どうして、なんで!?
事前チェックの時には何も問題起きなかったのに、どうして本番でしか出てこないお化けが出ちゃったの!?
リリース直後の肝心なタイミングで進行不能バグが出るとか、冗談じゃない……!
私は慌てて電車を降りて、会社に戻ろうとした。
その間に他のメンバーに連絡を取らないと……。
誰か気付いてる人いるかな!?
『@みんな 進行不能バグ発生した! 誰か会社の近くにいない!?』
私はチャットに緊急事態が発生したことを書き込んでから、電話帳を開いた。
いま真っ先に連絡を取るべきなのは、プログラマリーダーの奥村君と、プロジェクトリーダーの海原さん。
「…………」
……どうしよう。
奥村君に電話をかけるべきだけど、このタイミングで連絡をしないといけないなんて気まずすぎる……。
そう思いかけたとき、私は自分の発言を思い出した。
『プロジェクトの成功を願掛けにして、告白しようなんて……。このプロジェクトに関わった皆に失礼だよ』
『外川さんが言うことはもっともです。仕事とプライベートは切り離さないといけないのに……』
「っ!」
気まずいから連絡出来ない?
何馬鹿なことを考えてるの?
それこそ、私自身が言ったように、みんなに失礼じゃないの!
私は覚悟を決めて奥村君に電話した。
「…………」
呼び出し音が続いて、出る気配がない。
あんなことがあったし、まさか避けられてる……なんてことはないと思いたいけど……。
『ただいま電話に出られません』
結局奥村君は電話に出ずに、留守番電話に切り替わった。
「外川です。奥村君、進行不能バグが発生しました。至急折り返し電話をお願いします。私は会社に戻ります」
ひとまず言いたい事を言い残して、会社に戻る電車へと飛び乗った。
会社に戻ると、すでに海原さんが待機していた。
「海原さん、バグ出てる!」
「外川さん、戻ってきてくれてありがとうございます! すでにメンテにしました!」
「さすが、判断早いね! ありがとう! 私はバグの原因を追うから。他の誰かと連絡取れた?」
「入山さんには連絡付きました。瑛斗君と一緒に戻ってきてくれるそうです。他の駅で飲んでたらしいので、時間はかかるそうですが……」
「戻ってきてくれるなら助かるよ」
でも、海原さんも奥村君に連絡取れないのか……。
私だけが避けられているわけじゃないと思ってしまって、ふと安心してしまった。
って、ダメダメ! 仕事に集中しないと!
待ってくれてるプレイヤーさんのために、一刻も早くサービスを再開しないといけないんだから!
「ダメだ……。ある程度は原因が絞り込めたけど、まだ特定出来ない……」
でも現場に調査できる人員が私しかいないこともあって、時間が経てば経つほど焦りが募ってくる。
そのせいか、バグを見つけるべき視野も狭くなっていた。
ここも原因になりそう、いやこっちかもしれない。
そんな風に、おろおろし始めてしまった。
こんなとき……一緒にコードを追ってくれる誰かがいてくれたら……。
隣で励ましてくれて、落ち着いて見ようと冷静に声をかけてくれる奥村君がいてくれたら、どんなに良かったんだろう……。
やっぱりこんなときでも、私は奥村君に頼ってばっかりだ。
あまりの自分の情けなさに、泣きそうになる瞳にぐっと力を入れて、レモンうさぎを抱きしめる。
「みんなが来るまで、私が頑張らなくちゃ……!」
何度目だろうか、自分を叱咤したそのとき……。
「すみません! 気付くの遅れました!!」
入口の方から、奥村君の声が聞こえてきて……。
「奥村君!!」
私は思わず、席を立ちあがった。
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