0x09:そろそろメンテが終わる…
ついにやってきた「ダイラビ」のリリース当日。
仕事に置いて重要な局面にあるというのに、私と奥村君の関係はギスギスしてしまった。
たぶん傍から見ても分かるのか、入山さんと海原さんが心配そうにしている。
瑛斗君だけは気づいていない様子なのが、ちょっと救いかもしれない。
「作業開始時間が始まる前に聞きたいんだけど。とがわん、むらむらとナニかあったの?」
「……入山さんが勘繰るようなことは、何もないです」
本当に何も。
私の一言で何もなかったことに、しちゃったんだから。
「……本当に?」
「……はい」
普段、脳波猫耳カチューシャを付けてうぃんうぃん言っているおじさんと同一人物とは思えぬ真剣な眼差しに対して、私はレモンうさぎをギュッと抱きしめて答えた。
入山さんはすごい。
普段はのほのんとしているけど、こういうときはしっかりとしていて、メリハリをちゃんとつけている。
「それなら、作業に集中してね。二人とも上の空じゃあ、困るからね」
「……! そうですね!」
そうだ。今は仕事中。
私がこんなんじゃ、奥村君を叱るような資格なんて、ないじゃない。
しっかりしなさい! 外川!
今までみんなが頑張って作ったゲームを、奥村君が悩みを乗り越えてプログラマのみんなを引っ張ってきたゲームを……。
世界中の人々に届けるという仕事が、残っているんだから!
私はキーボードを叩いた。
『@みんな 時間になったので、配信準備開始します』
みんなから……奥村君から、頑張れ! のスタンプをもらって、私はパチンと両頬を叩く。
「作業、開始します!」
いつも通り、ディスプレイの片隅に手順書を表示しながら作業を進めていく。
おおむね順調に作業が進み、数時間経過。
『@みんな チェック班、最終チェック終わりました!』
『@みんな 有難うございます。予定の時間にメンテ開けて、サービスを開始してください』
『@みんな 予定通りで承知です』
無事に全部の作業が終わったので、あとは時間になったらメンテを開けるだけ。
疲れた腕をびよーんと伸ばしていると、みんながスマホを持ってソワソワし始めた。
「そろそろメンテが終わるわね……」
「メンテが終わるとどうなるんすか?」
「やめろっ! やめろっ! 縁起でもないから、メンテ中だけはそのフラグ本当にやめろっ!」
普段そのやりとりに入り込みたくなる私だけど、今回はそんな心の余裕がなくて、ひとりでふぅと息を吐いた。
『@みんな 「ダイラビ」のサービス、開始しました!』
「早速始めるわよー!」
「わあ! 動いてる! すげえっす! 俺が関わったゲームがついに……!」
「うん、今のところエラーも起きてないね。よかったよかった」
サービスが始まって、みんながわちゃわちゃと盛り上がり始めている。
私も自分のスマホにダウンロードして、遊んでみる。
みんなでいっぱい頑張ったなあ……。
まだまだ始まったばかりのゲームだけれども、感慨深く思えてくる。
ちらっと奥村君の方を見ると、奥村君と目があった。
「外川さん、作業お疲れ様です」
「ん。奥村君もお疲れ様」
彼が見せてくれた微笑みは、今までよりもどこか悲し気で、胸がズキッとしてくる。
この笑顔を曇らせてしまったのは、私なんだ……。
「……」
「……」
いつもだったら捗るはずの会話は、沈黙で満たされてしまった。
それを破ったのは、奥村君。
「今のところ順調みたいでよかったですね」
「うん」
やっぱり、気を遣わせてしまっているな……。
「数時間監視して、問題なかったら解散しましょうか」
「そうだね。このまま何も起きないと良いけど……」
数時間しても問題は起きなかったので、私達は解散した。
「じゃあ皆さん、今日はお疲れさまでした!」
「わー! 解散解散! 俺飲みにいくっす!」
「いいねえ。おじさんも付き合ってあげよう」
「やったー! じゃあ入山さんのおごりでおなしゃす!」
「むらむらととがわんも行く? お財布の寂しいおじさんと一緒に、割り勘にしようじゃないか」
「わ、私は帰ります」
「俺も今日は家に帰ってゆっくりします」
「あっ。二人に逃げられた……」
わいわいと賑やかに会社を後にした私達。
このときは……。
あんなことが起きるなんて、思いもしなかったんだ……。
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