0x08:このプロジェクトがリリースしたら、俺と…

 ついについに!

「ダークライト・ラビリンス」こと「ダイラビ」のリリース日が近づいてきたぞ!


 頑張ってきた成果がついに達成されるので、みんなの浮足立つのはしょうがない。


 だがしかし……!


「俺、この仕事終わったら有給取るっす!」

「僕も僕もー」

「みんなしてフラグを立てるでなーい!!」

「でも真面目な話、休み取るなら今のうちですよ」


 プログラマがソワソワしながら次々と不穏なフラグを立てていく中で、海原さんが真顔で死刑宣告をした。


「リリースしたらイベント、新機能、新キャラやシナリオ追加などなど、やること盛りだくさんです。休みを入れる余裕はありません」


 それはたしかに……。


 そんな風にみんなふわふわしてる状況で、奥村君からご飯に誘われた。


「外川さん。……その……」

「うん?」


 なんか言い出しにくい案件なのかな?


「このプロジェクトがリリースしたら、俺と付き合ってくれませんか?」

「え……」


 タイミングさえ違えば、この告白にきゅんとしたのかな。

 でも人生初の告白は、狙って言ったとしか思えない最悪なタイミング。

 だからやめてよ!

 フラグっぽいじゃん!

 とツッコミたい気持ちと同時に、ちょっともやっとした気持ちが湧き上がってきてしまった。


「……奥村君、それ願掛けで言ってないよね?」

「え?」

「プロジェクトの成功を願掛けにして、告白しようなんて……。このプロジェクトに関わった皆に失礼だよ」


 それに、奥村君自身の頑張りに対しても。

 悩んでいたのを乗り越えられたのは良いことだけど、その悩みを相談し合った時間もなかったことになったみたいで……ちょっと悲しかった。


 その時私はどんな表情をしていたんだろう。

 奥村君は傷付いたような顔をしたあとに、俯いた。


「っ……そういうつもりじゃ……。いえ、ごめんなさい……。軽率なことを言いました……」

「あっ……」


 ズキッと私の心も痛んだ。


 本当に伝えたかったことは違うのに……。

 こんな風に悲しい顔をさせてしまうつもりはなかったのに……。

 無事にリリースしたら、頑張った奥村君に「頑張ったね!」って言うつもりだったのに……。


「初めてリーダーを任されたプロジェクトがもうすぐリリースするんだって思うと……浮かれてました」

「ご、ごめん、私も言い過ぎた……」

「いえ、外川さんが言うことはもっともです。仕事とプライベートは切り離さないといけないのに……」


 それでも、もっと別の言い方をすれば良かった……。


「……」

「……」


 頭の中は後悔でいっぱいで、でも何て言えば良いか分からなくなってしまって……。


「すみません……。いま言ったこと……なかったことにしてください……」

「……うん」

「……外川さん。これに懲りずにまた今度……一緒にご飯食べに行きませんか?」


 辛そうに微笑む奥村君を見ていると、ますます胸がズキズキと痛んでいく。

 無理に気を遣わせてしまっているような気がして、余計にどうしようどうしようと頭の中が混乱していく。


「……もちろんだよ」


 これからも仲良くしてね。そう付け加えて答えても良いのかな?

 ううん。いまそんなことを言ってしまったら、奥村君を余計に振り回して傷付けてしまう気がする。


 私はこれからも奥村君と仲良くしたかったのに……。

 あんなことを言うつもりは、なかったのに……。


 奥村君がしょんぼりしながら帰っていく姿を、何も言う資格がないと思ってしまった私は後ろから見送った。


 たった一言で、奥村君との距離が離れてしまった気がした。

 まるで、スマホゲームでリセマラをしたみたいに……きれいさっぱりと……。

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