0x0B:恋もゲームも進行不能!? NO! バグは完全に取り除きます!

 奥村君は何やら大きな荷物を持って会社に戻ってきた。


「すみません! 電話に気付くのが遅れました!」

「奥村君! 戻ってきてくれてありがとう!!」


 戻ってきてくれたことが嬉しくて、私は思わず奥村君の元に駆け寄ってしまう。

 でもすぐにハッと気づいて、足を止めてしまった。

 その瞬間に、奥村君も気まずそうな表情をしている。


「外川さん……」


 って、今はそんなことをしている場合じゃない!

 早くバグを見つけて修正しないと……!


「あたりを付けた場所はリストアップ済みだけど、まだ場所が特定出来てなくて……。探すの手伝ってくれる?」

「分かりました! 俺も調べます」


 奥村君が大きく頷くと、席についた。


 どうしてだろう。

 隣に奥村君がいると、すごく安心するし、捗る。

 頭がスッキリとして、狭くなっていた視野がひらけていく気がする。


 これまでは当たり前のことだったけど、こうして奥村君とギスギスした関係になったことで、一緒にいてくれることの心強さを一層実感する。


「外川さん、ここなんですけど……」

「そこはこの処理に入るから、この挙動にはならないはず」

「なるほど。別の場所も追いましょうか」


 何度か奥村君とああでもないこうでもないとやりとりをしているうちに……。


「やったー! 治ったーー!!」

「治りましたね!」


 無事にバグを取り除いてサービスを再開することが出来た!

 ぴょんぴょん飛び跳ねながら奥村君とハイタッチ!

 喜びを分かち合っていると……。


「やっぱり、ふたりは息があってるねえ」

「「んっ!?」」


 いつの間にか、入山さんと瑛斗君が戻ってきていた。


「二人とも……いつ戻ってきたんですか?」

「だいぶ前に戻ってきて、とがわんから動作確認頼まれたよ?」

「……たしかに、誰かにも頼んだ記憶はあったけど、あれって海原さんだと思った……!」

「私も動作確認しましたが、入山さんと瑛斗君も一緒に作業していますね」

「うっ……! びっくりするぐらいに記憶がない……」


 奥村君も不思議そうにしているので、全然気付かなかった様子。


「ですね。二人してめっちゃ集中してたっすよ」

「完全に二人だけの世界だったからねえ」

「二人だけの世界って……そう言うのじゃないですよ」


 奥村君のセリフに、ズキッと胸が痛む。

 バグを乗り越えてから、奥村君との距離感がちょっとだけ戻ったと思ったけど……そんなことはなかったんだ。


「……まあまあ。バグは治ったから、若い二人は休憩しなさい。電話には出られるようにしておいてね」

「俺は? 俺も若いっすよ?」

「出遅れ組の瑛斗っちと僕は、一緒に監視業務だね」

「あとは私達に任せて、休憩に行ってください」

「えっ。ちょっと待って……」

「一時間後に戻ってきてねー」


 オロオロしてるうちに、私達は業務フロアを追い出されてしまった。


「…………」

「…………」


 き、気まずい……!


 ふと隣を見ると、奥村君が大きな荷物を持っていた。

 大きさはだいたい、私のデスクのお供のレモンうさぎと同じくらい。

 そういえば、会社に戻ってきた時にも持っていた気がするけど……。


「荷物、席に置いてくる?」

「いいえ。一緒に持って行きます」

「そっか。ちょっと休憩がてら、散歩に行こうか」

「……! はい!」


 気付けば時間は午前四時半。

 会社に戻ってきたときは外が真っ暗だったけど、うっすらと明るくなり始めていた。


「奥村君が来てくれて、助かったよ。ありがとう」

「いえ。当然のことですから」

「それでもだよ。入山さんたちより先に来てくれたじゃない。あの時ね。すごく焦ってて煮詰まってたから、奥村君が来てくれて、すごく嬉しかったんだよ」

「……そう言ってもらえて、嬉しいです」


 特に意見を交わしたわけではないけれども、私達は自然と会社の近くの川に向かって歩いていた。

 川沿いに歩き始めてちょっとしてから、それまで奥村君と横並びに並んでいた私はふと足を止める。


「ねえ、奥村君。この前は……酷い言い方して、ごめんね」

「……いいえ。外川さんは、何も悪くないです。俺の伝え方やタイミングが……何もかもが悪かったんです」

「でも……」

「そのせいで、仕事中に上の空になってしまって……。実はメンテの前に入山さんから注意されました。仲が良いのは結構なことだけど、仲違いして仕事に支障が出るのは困る……って」


 そう言えば私も、入山さんに注意されていた。

 思い返してみれば、あの時の入山さんは「二人とも上の空じゃあ、困るからね」と言っていた気がする。


「私も、入山さんから注意されたよ」

「じゃあ俺達、お互いさまですね」

「うん、そうだね」


 告白の日から、私は奥村君に幻滅されてしまったかと思っていた。


「外川さんからの着信履歴を見たとき、嬉しかったんです。それが例え、仕事の電話だったとしても……。告白したことで……嫌われたんじゃなかった、って思えて……。嬉しかったんです……」


 奥村君も、私と同じようにずっとあの時のことを後悔してたんだ……。


「私も、どうやったら奥村君と仲直りできるのかって、悩んでたんだ……。ごめんね、悩ませちゃって……」

「でも俺、やっぱり仲直りだけじゃ……嫌なんです」

「え……?」

「外川さん。もう一度、言わせてください」


 謎の物体をギュッと抱きしめながら、奥村君が言った。


「俺と、付き合ってくれませんか?」

「……」


 どうしよう……。

 前に告白されたときは複雑な気持ちだったけれども……。

 今は素直に嬉しいって思える。

 でも、奥村君を一度でも傷付けてしまった私に、告白を受ける資格なんてあるのかな?


「ダメ、でしたか?」

「……ううん。でも私奥村君より年上だよ?」

「三歳しか違わないじゃないですか。四捨五入すれば誤差の範囲ですよ」

「いや流石に四捨五入すると誤差の範囲広すぎ……って、そうじゃなくて。私なんかで良いの? 奥村君を傷付けたのに?」

「外川さんじゃないと、嫌です。散々アピールしてたんですよ?」

「それは……」


 それは気づいてたけど……。


「気付いてたんですか?」

「……うっ。気づいてたけど勘違いかも、って思ってた……」


 勘違いって言った途端に、目のすわった奥村君がぐぐいっと近寄ってきた。


「勘違いじゃないです」

「う、うん」

「好きです」

「さ、さっきも聞いたよ」


 ぐいぐい迫ってくるね?

 なんだかこれぞ奥村君って感じがする。


「ふふっ」

「外川さん? なんで笑ってるんですか?」

「ううん。その距離の近さが、奥村君だなあって思って」

「俺の距離が近いのは、外川さんだけです。わかりましたか?」

「わ、わかりました!!」


 なんだかこの距離感、久しぶりだなあって思ってしまって、それがくすぐったくて嬉しく思える。


「それで……俺と付き合ってくれますか?」


 真剣に私を見つめてくれる奥村君に強く惹かれて……私は頷いた。


「……うん。よろしくお願いします!」

「有難うございます……!」


 とは言っても、別段仲が進展するわけでもなく……。

 そろそろ休憩時間が終わる頃になったので、会社に戻ろうとした。

 そのタイミングで、私は奥村君が持っていた物体を思い出した。


「ところでその荷物って何?」

「これは……ぬいぐるみです」

「前に外川さんが、辛いときはぬいぐるみをギュッとすると落ち着く、って言ったことを思い出して……。帰りに買って来たんです」


 奥村君は手に持っていた袋から犬のぬいぐるみを取り出した。

 それをギュッと抱きしめる。私が前にレモンうさぎを貸したときみたいに……。


「外川さんに嫌われたと思うことが、辛かったんです……。嫌われたかもしれないと思っても、考えることは外川さんのことで……。ははっ、馬鹿みたいですよね?」

「ううん。そんなことないよ。私が言ったこと、憶えていてくれて嬉しいな」


 私はそっと右手を奥村君に差し出した。


「手、繋ぐ?」

「えっ?」

「ギュッとすると、ちょっと落ち着くかもしれないよ?」

「……! はい!」


 昇り始めた太陽に照らされた奥村君の表情は、今まで見た中でとびっきりの笑顔だった。

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