第2話 家族

その日一日、学校では何もかもが夢のように感じて、あまり集中できなかった。

授業中、友達が話しかけてくるけれど、どうしても頭の中は篠原夏樹のことでいっぱいだった。

彼女と話したこと、その笑顔、そしてあの優しさ…。

まさか、あんな偶然で出会えるなんて夢みたいだ。でも、どこか心の中に小さな後悔もあった。


放課後、帰り道を歩きながら、そのことを繰り返し考えていた。

あの時、どうしてサインをお願いしなかったんだろう?

どうして、もっと大胆に話しかけなかったんだろう?

篠原彩花に直接会えるなんて、二度とないチャンスかもしれないのに、あの瞬間にどうしてもっと積極的になれなかったのか。

「サイン貰っとけば良かったーー」

僕は思わず声に出してつぶやいてしまった。


頭の中で後悔がぐるぐると回る。

あんなに偶然のチャンスが訪れたのに、何か他のことを気にして、ためらってしまった自分が情けなくて仕方がない。

もしあの時、「篠原さん、サインください!」って頼んでいたら、どんな反応をしてくれたんだろう?

きっと、優しく微笑んでくれて、サインをもらえて、それを大事に一生持っていられたのに…。


でも、考えても後悔しても、もうその時は戻ってこない。

あの瞬間を大切にしつつ、次にもし彼女に会えたときは、絶対にサインをお願いしよう!

その時はもう、躊躇しないように。

「ああ、次こそは…次こそは絶対に…」

僕は心の中で決意を新たにしながら、家に向かって歩き出した。


家に帰ると、玄関のドアを開けた瞬間、父親の声が聞こえてきた。

「あ、おかえり。」

いつもならあまり大きな声で話すことのない父親が、今日は妙に興奮しているようだった。

「お、おう、ただいま。」

僕が靴を脱いでリビングに入ると、父親がソファに座っていた。目を輝かせて、何か言いたそうな表情をしている。

「お前に伝えたいことがあるんだ!」

「え、なに?」

「実はな…この女性と再婚することになったんだ。」

そう言って、父親が指差した先には、見知らぬ女性が立っていた。


その女性は、なかなか美人だった。

髪は長く、顔立ちは整っていて、目元が少し柔らかくて優しそうだった。

その女性は、少し恥ずかしそうに微笑んでいた。

「こんにちは、初めまして。」

僕は一瞬言葉が出なかった。

「まさか…再婚?お父さん、よくこんな美人と再婚できたな!」

内心では、少し驚きと興味を感じつつ、思わず心の中で呟いてしまった。


すると、その女性が少し照れくさそうに話し始めた。

「実は、私には一人娘がいるの。」

「へえ、娘さんが?」

僕が少し興味深く尋ねると、女性は笑顔で続けた。

「その娘、今日は家に来ていないけど…彼女も、あなたと同じくらい驚くことがあるかもしれないわよ。」


その時、リビングのドアが開き、そこに現れたのは…

「お母さん、ただいまー!」

と元気に入ってきた同い年ぐらいの少女。

その少女の姿に、僕の視線が釘付けになった。

彼女の髪型、笑顔、そして…目元がまるであの「篠原彩花」そのものだった!


「えっ、まさか…」

僕は驚きのあまり言葉を失った。

その少女が、驚くべきことに、間違いなく「セブンスター」の篠原彩花だった!

僕の心臓は一瞬で跳ね上がり、耳の奥で音が鳴り響くような感覚に襲われた。

「ど、どうして…?!」

まさか、父親が再婚相手の娘として、僕の憧れのアイドルが家に現れるなんて、あり得るわけがない。

「えっ、えっ、えー!? も、もしかして…篠原彩花…?」


その時、篠原彩花は僕の目を見て、にっこりと笑った。

「お久しぶり!さっき道で会ったよね。」

「ええぇぇっ!?本当に篠原彩花さんなの?」

その瞬間、僕は混乱しすぎて、自分がどこにいるのか、時間が止まったかのように感じた。

「お前、なんで芸名知ってるの?ああ、お前ファンだったな。」

父親が呆れたように言った。

「そうだよ、篠原夏樹、俺の娘だ。」


僕の頭は完全に真っ白になり、ただただその信じられない事実を呆然と受け入れるしかなかった。

「えっ、えっ、えっ…!」

まだ信じられない気持ちでいっぱいな僕に、夏樹は再び微笑みながら言った。

「本名は篠原夏樹っていうんだ!」

その言葉が僕の心にずっしりと響いた。

「本名、だと…?!」


その瞬間、僕は完全に動揺し、目の前の現実を飲み込むことができなかった。

「お前、さっき道で助けてくれてありがとうね。助かったよ。」

夏樹は再び、優しく笑顔を見せてくれた。

その瞬間、胸の中で何かが爆発した。

「恥ずかしい。ああ、もう、俺、幸せすぎてもう死ねる」

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