第34話 セリーヌと父

 あくる日。

 森の浅瀬のさらに奥の様子を偵察しに行った俺は、帰り道で依頼を終えたセリーヌとばったり出会った。


「何だか姉妹――いえ、家族そろってレオさんにご迷惑をおかけしているみたいで……すみません」

「その様子だと、まだ喧嘩けんかしたままなのか?」


 こくり、と頷くセリーヌ。

 シャルリーヌと出かけてから、そろそろ一週間。あの日以来、やけにそっけなくなってしまったシャルリーヌに戸惑いつつ、次のDランク昇格試験を見据みすえて町のEランク冒険者を指導していた。


「顔を合わせると喧嘩した時のことを思い出してしまって……多分、父も同じなんだと思います」

「そうか……」

「そんな暗い顔をしないでください。私も仲直りしたいという気持ちはあります。ただ、まだお互いに気持ちの整理ができていないと思うんです。妹には申し訳ないんですけど……」


 だけど、お互いが歩み寄るには切っ掛けが必要か。

 そういうとセリーヌは話題を変えた。


「最近、町に新しい冒険者が増えましたよね」

「あ、ああ。彼女のおかげで森のパトロールに割く時間が減って助かっている」

「……お知り合いなんですか」

「一応、それっぽい関係ではある」


 おかしい。

 何故、俺が尋問されるような雰囲気になっているのか。


「そうですか……」

「そう、ですが……」


 奇妙な静寂せいじゃくが、俺たちの間に満ちる。

 チチチ……と小鳥の鳴き声が、耳に痛い。噂をすれば影が差す、ということだろうか、森の浅瀬から紫髪の少女――アデライトが姿を現した。


「レオ……にセリーヌ。どうしたのかしら、こんなところで。まさかとは思うけど、逢引き?」

「ち、違う」


 セリーヌがぷいっと顔を背けて短く返事をした。

 アデライトが町に来てくれたおかげで助かっているのは事実だが、ここ最近はどうも修羅場に巻き込まれることが増えているような気がする。


「ちょうど良い機会だから、ロンブリエールの高ランク冒険者三人で親睦しんぼくでも深めないかしら」


 アデライトは突然、そんな提案をしてきた。

 むむむ、と考え込むセリーヌ。今日は仕事がない俺としては、どちらでも構わない。現在は昼下がり。町へ帰っても、これと言った用事はない。


「まあ、いざという時に連携ができないのは問題。だから私は問題ない。レオさんは……?」

「俺も問題ない」

「じゃあ、いつまでもこんな薄暗いところで道草食ってないで、ロンブリエールに帰りましょう」


 ということで俺たち一行は、ロンブリエールの中心から少し外れたところにあるこじんまりとした屋台にやってきた。半年近くロンブリエールに住んでいるが、意外と知らない店が多いな。


「いらっしゃい。お嬢ちゃん、今日は友達連れかい」

「よ、余計なことは言わなくて良いの!」


 店主は腰の曲がったお婆ちゃん。

 古びた木製の椅子に座ると、スッと目の前に差し出されてきた乳白色の固形物。これは……?


「チーズよ。ちなみに、私が食べた中では一番美味しかったわ」

「へぇ……それじゃあいただきます」


 恐る恐る欠片を口に含むと、鼻にふわりとワインの香りが広がった。

 直後、チーズのまろやかな味が口の中を満たす。かなり癖が強そうだが、これは美味しい……というか、こんなに美味しいとワインが欲しくなってくる。


「むむむ……」

「レオ、ワインもあるわよ」

「くっ……昼間からワインだなんて……良いのか?」


 こんなんじゃ、『ブヴールズ』の連中を笑えないぞ。

 そんな思いをぶち壊すように、隣でセリーヌがワインを注文していた。負けじとアデライトもワインを注文してチーズをつまんでいる。ぐぬぬ……凄まじい誘惑だ。


「――えぇい! おばちゃん、俺にもワインを!」

「はいよぉ」


 両隣から香るワインの香りに我慢できなくなった俺は、たまらずお婆ちゃんにワインを注文してしまった。脳裏に、へべれけになった『ブヴールズ』のにやけ面が浮かんできたが、まあ何かの間違いであろう。


「~~~~~~! うまい!」

「この暑い季節には、冷たいワインとチーズが染みるわよね!?」


 ぷはぁ、とため息を吐いたアデライトが気色ばんで言った。すでに酔っているのか、頬は上気しており声も大きい……が言っていることは間違いない。

 くそ、無駄遣いはしないって決めてるが、これからは依頼終わりにここへ通ってしまいそうだ。


 そう、夏。

 今は夏の真っ盛りである。太陽はギラギラと照り付け、牛や羊は木陰で休むほどの猛暑。

 俺たち冒険者にはキツイ季節だ。この世界には熱中症という言葉すらないが、訓練中はかなりの注意を払うことになる。とはいえ、魔力という不思議な力を身に宿す俺たちは、前世に比べてもかなり頑丈だ。


「んんん~、美味しいぃ」

「ひょひょひょ、お前は父親と本当にソックリじゃなぁ」

「……父と?」


 ワインを飲み干したセリーヌが、最後に残ったチーズの欠片を口にぽいっと投げ入れると、お婆ちゃんが笑いながらそう言った。

 思わずセリーヌが聞き返すと、昔を懐かしむようにお婆ちゃんは口を開く。


「昔の話だけどねえ、お前の父親は帰りにこの店に寄っちゃあ、さっきみたいにチーズを口に放り込んでたのさ」

「…………」

「そうそう、まだ冒険者やってた頃の話さ」

「えっ――父は冒険者なんですか!?」

「元、ね。もう引退してるよ」


 何と、セリーヌたちの父親は冒険者だったらしい。

 だったら何故、セリーヌが冒険者の道に進もうとした時、異を唱えたのだろう。ふと気になっていると、お婆ちゃんが「もう何年も前の話さ……」と切り出した。

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