第33話 顔合わせ

「私は師匠の弟子、クロエです!」

「弟子……ねぇ――フッ」


 アデライトはクロエの頭からつま先まで舐めるように見下ろした後、鼻で笑った。たまらないのはクロエだ。かぁっと頬を紅潮こうちょうさせると、アデライトに食ってかかる。


「なんですか、人を見て鼻で笑うなんて失礼な方ですね!?」

「ハッ、失礼なのはどっちよ。師匠の脇腹に突撃しておいて、礼を失しているのはどちらかしら」

「うぅ……そ、それは……」


 アデライトに指摘されて口ごもったクロエが、申し訳なさそうに俺を見上げてきた。まあ、鍛えた脚力を活かして頭突きしてくるのはやめて欲しいかな。もう少しクロエが大きくなったら、本格的に命の危険を感じるレベルだ。


「すみません……」

「次からは気を付けてくれよ」

「はぃ……」


 アデライトが勝ち誇っているのが悔しいのか、両手を握り締めながら肩を落とすクロエ。二人は初対面のはず……どうしていきなりこんな言い争いに発展してしまったのだろうか。


 一触即発、とはいかないまでも互いに目も合わせようとしない両者の様子に、俺は頭痛を感じざるを得ない。一体、何が二人を争わせるんだ。


「それで、さっきの話の続きなんだが」

「邪魔が入ってしまったし、また今度二人で話をしたいのだけれど」

「あ、あぁ。それは構わないが……」


 そう言うと、俺の胸を軽く叩いてアデライトは町の方へ消えて行った。

 話の続きが気にはなるが、ひとまずは目の前で不貞腐ふてくされた弟子をどうにかしなければ。


「どうしたんだ、クロエ? らしくないぞ」

「……あの女からは、よこしまな気配がしました。師匠、私は師匠の弟子、ですよね?」


 クロエの真っ赤な髪を撫でながら問いかけると、ぽつりと話だした。邪な気配って……。あんまりな言い様に頭を撫でる手が止まる。クロエは真っ赤な目で俺を見上げながら、確信めいた口調で言う。


「私のものになりなさい――なんて言う人は、よからぬ考えを抱いているに決まってます」

「聞いてたのか……」

「お姉ちゃんに頼まれてましたから!」


 えへん、と胸を張るクロエ。

 まさかシャルリーヌが手を回していたとは驚きだ。俺が教えて狩人としての実力がこんなところで発揮されるとは……。


 ・

 ・・

 ・・・


「――と言うことがあったんですよ」

「へぇ、へぇ〜?」


 その日の夜、指導が終わったその足でギルドへ向かった俺は、仕事終わりのシャルリーヌと共に『ブヴールズ』たちがよく利用している居酒屋へと向かった。


 ガヤガヤと賑やかな店で酒をチビチビと飲みつつ、シャルリーヌに今朝あったことを話したら、ニヤニヤとした含みのある笑みで二の腕をツンツンと突いてきた。

 意味が分からない。俺が首を傾げると、シャルリーヌはなおさら笑みを深めて変な笑い声をらし始めた。

 ひとしきり笑ったシャルリーヌは、目尻に浮かんだ涙をぬぐいながら「気にしないでください」と言う。


「いや、それは余計に気になるやつだって」

「いえいえ、レオさんはお気になさらず! 恐らく、時が解決してくれますから……それにしても、妹がご迷惑をおかけしたようで、申し訳ありません」

「まあ……気にするなって言うなら気にしないでおくけど。後、クロエのことなら気にしなくて良い。シャルリーヌも今は手一杯だろうから」


 俺がそういうと、ハッと目を見開いたシャルリーヌは途端に申し訳なさそうな表情を浮かべて謝ってきた。


「すみません……これじゃあ、レオさんに八つ当たりしてる最低な女ですね」

「言っただろう、気にするなって。こじれた家族仲を修復しようとするのは大変だ。だから、そんなに自分を責めなくて良い」


 ブラヴァンス村の一件が落ち着きを見せ始めた頃、シャルリーヌは父親とセリーヌの間を取り持って、数年前から続く両者のすれ違いを解消させようと動いていた。

 いくら愛想の良いシャルリーヌとはいえ、彼女はまだ十五歳の少女なのだ。きっと知らず知らずのうちにストレスが溜まってしまったのだろう。

 朝に引き続いて既視感きしかんを覚えながら、丸机に突っ伏したシャルリーヌの頭を撫でると、ぴくりと反応するもなされるがまま。


「い、いけません! クロエに続いて私までも…………危なかった。レオさん、それが貴方のやり方、ですか」

「えぇ!?」

「本当、油断なりませんね……」


 シャルリーヌは、心底恐ろしいものを見たと言わんばかりに俺の方を見て、自身の体を守るように掻き抱いているが、本当に何のことだ。脈絡がなさすぎて、身に覚えがない。

 シャルリーヌはじっとりとした目で、俺の方を見ながら言う。


「私、何となくですけど、アデライトさんとクロエが喧嘩した理由が分かったかもしれません」

「ど、どうして!?」

「…………レオさんには教えませんっ!」


 プイッとそっぽを向いたシャルリーヌ。

 こうなったらやけ酒だと言わんばかりに、机にあった酒をグイっとあおった。


「――それ、俺の酒なんだけど」

「ご、ごめんなさいぃぃ……」


 酔っているからか、顔を真っ赤にして恥ずかしそうに酒を飲み干した杯を、コトリと机に置くシャルリーヌ。

 そんなこんなで、夜は更けていった。

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