第35話 知らなかった父の過去

 今から三◯年以上前の話だが、セリーヌの父親はロンブリエールで知らない者がいないくらい凄腕の冒険者だったらしい。


「当時のロンブリエールはねぇ、こんな立派な壁なんかなくて今よりも深い森から魔物がしょっちゅう出てきては、牛たちを襲っていたのさ」


 ロンブリエールが比較的小さな村だった頃の話か。

 冒険者になりたくてなった、というより止むに止まれず冒険者になったと言うべきか。


「そうさ、若い男はみーんな魔物を狩るために冒険者になったもんさ……んで、弱い奴は死ぬんだ」

「…………死ぬ」

「そうよぉ。毎日誰が死んだだの、腕がなくなっただの、そんな話ばかりしてたのよ」


 ボソリとセリーヌが呟いた。

 当時は怪我を治療できる教会なんてなくて、大きな怪我をしたらそのまま亡くなるのが普通だったらしい。


「お前さんの父親はねぇ、それはそれは強かった。当時、ロンブリエールで魔物の氾濫スタンピードが発生した時はあわや村が滅びるかってとこまで行ったんだけど、男女関わらず農具を手に取って魔物を倒したもんさ」


 ロンブリエールに押し寄せる魔物を倒し続け、今日まで続く町の命を繋いだのがセリーヌの父親だ。お婆ちゃんの話を聞いている限り最低Bランク、Aランク相当の実力があったのではないだろうか。

 優しそうな雰囲気を纏う父親からは想像もできない。


「元は虫を殺すことすら躊躇うような優しい性格だった。冒険者は性に合ってなかったんだろう」

「私、お父さんのことを何も知らなかった……」

「そりゃそうさ。当時のことを知る奴なんて、ほとんど残っちゃいないんだから。自分の娘に生臭い話を聞かせたい親がどこにいるかね」


 魔物の氾濫スタンピードをなんとか耐えたロンブリエールだったが、その

 被害は甚大だった。教会がなかったため、多数の負傷者の手当てができずセリーヌの父親は、多くの冒険者を看取ることになっただろうことは、想像に難くない。


「何を思ったのか知らないけどね、あの男はそこからスパッと冒険者をやめて町で薬屋を始めたんだ」

「父は……薬を作って一人でも死ぬ冒険者を減らしたかったんでしょうか」


 呆然とした様子でセリーヌが声を漏らした。

 当時の氾濫を経験した村人のほとんどが、安全なセリエール領都へ移り住んだかすでに天に召されているらしい。当時の冒険者事情を考えれば、納得できる話だ。


「そりゃ、本人しか知らないことさね。多分、誰にも明かしたことはないんじゃないかねぇ」

「そうでしたか」

「ま、可愛い可愛い娘がよりによって冒険者になるって言うんだ。アイツも思うところがあったんだろう」


 食器を水桶に浸して、じゃぶじゃぶと洗い物をする音が屋台に響く。

 しばらく、杯に残ったワインをチビチビ飲んでいたセリーヌは、急に椅子を蹴り倒して立ち上がると――立ちくらみを覚えたようにふらりと上体を揺らした。


「お――っと。酔ってるのに、急に動いたら危ないぞ」

「ご、ごめんなさい……の、飲みすぎたのでしょうか」

「え!? ちょっとしか飲んでないよな?」


 俺が見ていた限り、ワインは一杯しか飲んでいないはずだ。

 まさか……セリーヌは下戸なのだろうか。よくよくセリーヌの顔をのぞき込むと、トロンと眠そうな目をしている。


「このまま家まで送って行こうか?」

「ごめんなしゃぃぃ」

「おい、アデライト……」


 俺の記憶が正しければ、セリーヌに酒を飲ませたのはアデライトのはず。どうするんだ、という意味を込めて視線を向けると、しどろもどろと言った雰囲気でアデライトが言い訳を口にした。


「し、知らなかったのよ。まさか、セリーヌがこんなお酒に弱いだなんて」

「わらひ、よわくにゃいんだらりゃぁ〜」

「ヒッヒッヒ、親娘だね。あの父親も相当酒に弱かった。ワインを一口飲めば、あっという間に出来上がってたよ」


 知ってたのかよ。

 はぁ、とため息をついて天をあおげば空を流れる雲が、うっすら茜色に染まり始めている。

 気付けば屋台に入ってからかなりの時間が経っていたようだ。


「そろそろいい時間か」

「私はまだまだこれからよ。それじゃ、セリーヌのことはよろしく〜」

「――おい、ふざけるな!」


 お婆ちゃんに代金を支払い、まだまだ宴を終える様子のないアデライトに挨拶をしたら、机に突っ伏してすやすやと眠るセリーヌの介抱を頼まれてしまった。


 いくら夏とはいえ、屋台に放置していくわけにはいかない。

 ったく、人使いが荒いんだよ。ワイン一杯で酔い潰れてしまったセリーヌをなるべく揺らさないように背負った。


「すぅ……すぅ……」

「セリーヌ、おいセリーヌ。起きてくれ」

「んぅ…………すぅ」


 だめだこりゃ。

 完全に寝入ってしまっている。


「待ちな。お前さん、レオと言ったかい?」

「え、ええ」

「アンタ、人気ひとけのない連れ込み宿でも教えてやろうかい? もちろん、音漏れもないよ。ヒッヒッヒ……」

「えぇっ!? いきなりなんですか!」


 屋台を出ようとしたら、後ろからお婆ちゃんが声をかけてきた。

 いきなり何を言ってるんだ、この婆様は。俺がブンブンと首を振ると、つまらなさそうに俺を罵倒してきた。


「ったく意気地なしだねぇ。ぜんを食っちまわないのかって聞いてんだ」

「す――!? な、ないない、ないですよ!」


 なんと言うことだ、先ほどまでの貴重な話が台無しじゃないか。

 慌てて屋台を飛び出して、ロンブリエールの大通りに出たところで俺の足がはた、と止まった。


「待て、セリーヌの家ってどこだよ」


 そう何を隠そう俺はセリーヌの家を知らないのだ。

 大通りに出る前にそのことに気付いたが、かといって屋台に放置するわけにもいかない。


「う〜〜〜〜〜〜〜〜〜ん……せや!!」

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