恋し心を色香にもたせ 散らし紅葉も誰故に

 渉と神社で話してからは、少しは息が合い出して、これならいけると千華の中では手ごたえを、ようやく感じるようになり、充足感も湧いていた。

 昨日、一昨日おとついと観客の前で踊った時も、振りつけのずれが生じたことは一度もない。


 そして最終日の三日目を迎え、今まさに締めのおわらを披露する時が来た。


 千華は帯に右手を当てたまま、大きく肩で息を吸い、細く長く吐き出した。


 泣いても笑ってもこれが最後だ。

 だとしたら、最後の踊りの相方が渉で良かった。

 何年経っても心から思える踊りを踊って終わらせたい。渉が八尾やつおにいる限り、渉の姿を見るたびに、懐かしく愛おしく思えるような十分間にしたかった。


 

 程なくして、今年最後の混合踊りの舞台だというアナウンスがあり、続いて三味線と胡弓と小唄の伴奏が始まった。

 先に広場に出るのは、男衆おとこし五人の列だった。

 千華は隣の渉を一瞥した。渉はまっすぐ前を向いている。何かの決意を秘めたような、凛とした横顔だ。

 前奏が済んだ後、すっと渉は進み出る。


 八尾地区でも、花街だった名残を残す鏡町かがみまち特有混合踊りは、珍しがられて観客も多い。

 それでも渉が、出番でひるんだことはない。千華は頼もしい相方の背中を見送った。


 広場では前列二人、後列三人に分かれた男衆の男踊りが始まった。

 

 男踊りは、五穀豊穣ごこくほうじょうの感謝の念を神に捧げる『豊年踊り』を伝承し、力強さと素朴さを合わせ持つ。主に、田植え作業や案山子かかしであったり、稲刈りを連想させる振りつけだ。


 続いて千華を先頭に、女衆の五人が一列になって広場に出る。 

 女衆おんなしは、三味線や胡弓など、囃子方はやしかた等の伴奏や、小唄に合わせて半身をしならせ、手首を返し、手を打ちながら草履ぞうりの先でをつつく。


 ゆっくり、ゆったり、それぞれ自分の相方の、背後に分かれて女衆おんなしが立つ。

 女衆は、唇に紅さすしぐさや、浴衣のたもとをそっと噛むなど、男衆の気を引くのだが、野良仕事に精出す男は照れているのか、その気がないのか、素っ気ない。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る