おわら踊りの笠着てござれ 忍ぶ夜道は月明かり

 富山県の八尾やつお地区は、富山平野と飛騨を結ぶ交易の要衝ようしょうでもある。

 石畳の街道に沿うようにして、格子戸の町屋や白壁の蔵が軒を連ね、江戸の風情を忍ばせる集落だ。


 そんな八尾のおわらの夜は、家灯りも雨戸で閉ざされ、濃い闇に覆われる。

 ゆるい登り坂の軒下に、橙色だいだいいろのぼんぼりが点々と灯される。

 坂の下から見上げれば、天まで続くいただきだ。妖しくもあり、民話のような情緒もある。


 この路地の左右に見物客の列が作られ、おわらを踊る男女の列が中央を流し去る。

 カメラのフラッシュも拍手も禁じられ、厳粛な闇の中に、哀愁漂う三味と胡弓が鳴り渡る。女衆の優美な所作と、男衆の勇壮な所作。

 地方じかたの三味や胡弓の演奏、囃子方はやしがたの小唄の高音のビブラート。

 それぞれ三位一体で、観客の胸を木枯らしのように吹き抜ける。


 一方、混合踊りは公民館前の大広場で披露され、町を流すことはない。

 五組の男女は、予め決められた時間になったら公民館の休憩室を出て、十分間弱の混合踊りを踊るのだ。


「それじゃあ、皆。そろそろ広場に出てくれや」


 年配の地方じかたを務める男性が、混合踊りの踊り手が待機していた休憩室に顔を出す。

 地方衆じかたしは、揃いの浴衣に角帯を締め、手拭いを粋に額に巻いている。

 ステンレスの折り畳み椅子に腰かけて、冷たい麦茶を飲んでいた千華達は、袖とすそに青紫の雲取り模様をあしらった白地の浴衣に、黒い帯。帯締めは目にも鮮やかな紅色だ。

 そして、顔をすっぽり覆い隠す三日月型の編み笠を被り、紅紐を顎の下できつく縛る。


 渉を含む男衆は、法被はっぴも帯も股引きも足袋も、草履の鼻緒も黒一色。女衆と同じように顔を隠した笠の紐が、唯一紅くて艶めかしい。


「じゃあ、皆。気合入れて頑張ろう。次が今年最後の混合踊りの舞台だから」


 千華は最年長者の踊り手として一番最初に席を立ち、後輩達を鼓舞して微笑む。

 千華に続いて立ち上がる渉の顔つきも勇ましく引き締まり、休憩時間の和んだ空気が一変した。

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