第12話 あなたを諦めたくない①

 ベッドの中で、羞恥と快楽の余韻で、耳と頬が紅潮したままの四条はすねていた。

 ひどい、意地悪と言われながら、鴻巣はにやつきそうな顔を引き締めるのに苦労する。


 同居して初めて、四条の誕生日を祝いたいと、鴻巣は提案し――誕生日の周辺で、ふたりで珍しく2日以上の休みを――クリスマス、年末にかかるので、比較的とりやすくはあったが、1週間をすごせることになった。

 サプライズでプレゼントは用意してあったが、四条に欲しいものを聞いてみると「ふたりだけですごしたい」、「久実に、私の体に好きなことをしてほしい」と――

 その言葉だけで、心臓が止まるかもしれない、と思ったほど、興奮した鴻巣は、その通りにしてみたところ、大いにすねたお姫様が――その後も引き続き、甘い行為を何度もされることになるが――自分の腕の中にいた。


「だって、好きなことをしていいって言ったのは、涼香なのに」


 声音はいつもの甘い低音で――こんな時にかぎって、恋愛ドラマの主人公みたいな、余裕がある恋人になるんだから――と、四条は、怒っているはずなのに同時に胸が高鳴ってしまう。


「でも、やめてほしいって言ったら、少しは気にしてくれても――」


 羞恥に涙目になって、訴える四条に、鴻巣は口づける。


「すみません、つい――止まらなくて――涼香に気持ちよくなってほしくて、今日はとことんできると思ったから」


 ここぞとばかりに、いつも以上に時間をかけた鴻巣は、大満足だったが――我に返った四条は、恥ずかしさのあまり、大いにすねて――それも鴻巣にとってはご褒美のようなものだから、今はとてつもなく甘い、恋人の時間だった。


「あんな――あんな風になるなんて――ひどい顔をしてたと思うし、もう――」

「とんでもないですよ、あんなにかわいくて、きれいな涼香――私しか知らない涼香を――」

「嘘、ばっかり」

「私は、涼香のかわいい顔しか見たことないです」


 さすがに、は?となって、右腕を腕枕にして、左腕で抱きしめられながら、鴻巣の胸に顔を埋めていた四条は、チラッと顔を上げて表情を確かめると、真顔で――


「それはないでしょう――一緒に住んでて、ひどい顔を見たことないなんて」

「一回もないです。逆に、私のひどい顔を見たことありますか?」

「ない――いつも久実は、かっこい――何を言わせるの!もう!」


 誘導尋問のように、謎のタイミングで惚気させられ、声を荒げて鴻巣の腕から逃れようとしたが、グッと力を入れてホールドされる。


「いや――いやだ、久実――離して――」

「だめですよ、ずっと耳までピンク色のままなんだから――いやじゃないって、わかっちゃうんですよ」


 そのまま耳を食むように口づけて――


「こんな風にずっと涼香の弱い所を攻めてたら、涼香の体がどうなるか、楽しみです――」

「もう――変な事、言わないで――」

「変って?」

「い、今、言ったような、こ、と」

「涼香がどんどん感じやすくて、エッチな体になって――私が涼香にますます溺れてるって、夢中になって、お互いに離れられなくなってるってことですか?」


 さっきより長いし、もっと変態くさくなってる――と、心の中で言い返しても、四条にはもうそんな余裕はない――

 思った以上に長く続いて――それでも最後には口へキスしてほしいと、四条は言って――鴻巣は、お姫様からねだられた口づけを――ギュッときつく抱きしめられて、キスをしたままでこうしているのが、四条は好きで――そういうところも鴻巣は本当にかわいいと、愛しく思っている。


 そのまま、激しく四条を抱いた後、さすがに鴻巣は彼女を解放し、四条のために滑らかな生地のタオルを温めて、腰が抜けたようになっている彼女の体をふいていく。

 お互いに、どちらかが余裕がある時は、そうする習慣になっている――白い、透きとおるような肌の足――鼠径部のあたりは、自分がつけた血痣や噛んだ痕が残り、摩擦と行為のために桃色になっている部分が艶めかしくて――拭きながらまたムラムラとしてしまうが、グッと抑える。


「ありがとう――久実――」


 荒い息の下で、四条が言う。今にも眠ってしまいそうな半眼で、物憂げな様子は色っぽくて――鴻巣は思わず横に寝そべり、甘く口づける。


「大丈夫です、眠ってください――」


 毛布をかけて、自分はタオルを置きに行こうとすると、華奢な細い指先で手を掴まれ――


「さっきの、本当――?」


 と、小さな声で言われ――元の体勢に戻ると、「え、何ですか?さっきのって?」と、きき返す。


「お互いに離れられなくなってるって――久実も、そう、思ってるの?」


 行為が本格的になる前に、確かに言ったけれど――鴻巣は思い返して「はい、思ってます。現に、そうなってますし」と、微笑む。


「私とするのが、気持ちいいから?」

「それもありますけど、大前提として涼香が、普段は仕事のできるクールビューティで、私にだけはかわいいお姫様な部分を見せてくれて――お互いに愛し合ってるから――だから、イチャイチャするときも、セックスするときも、涼香に気持ちよくなってほしいと思って――」

「じゃあ、本当にそう思って――」


 眠りそうなフワフワした声で――安堵したように言うと、スッと眠りに落ちた。


――どうしたんだろう、急に?

 と鴻巣は思い――数時間後に起きた時、聞いてみるときまり悪そうに四条は「恋愛ドラマとか映画で、聞いたことがあって――セックスの時って、その場を盛り上げるために――本心じゃないことも言ってしまうって――だから久実も、そうかもしれないって」と言った。


「私は、本当に思ったことしか言ってないですよ、今も、セックスの時も」

「そう――よかった――」

「離れられないって所が、気になったんですね?」

「もちろん、そう言ったからって、束縛されるわけじゃないってわかってる――久実に、他に好きな人ができたら、それを変えることなんてできないから――でも、今は、少なくとも今は――そう、思ってくれたってことが、私は――」


 言葉を切って、顔をそむけた四条を、鴻巣は抱きしめる。


「私は――涼香に他に好きな人ができても、あきらめませんよ、ちなみにですけど」


 耳元で囁くように言われ、四条は「え?」という感じで、鴻巣を見る。


「絶対に奪い返しますから――独占欲も嫉妬心も、涼香に関してだけは、すごいあるんですよ」

「冗談のつもりなのか、本心なのか、わからないんだけど――」

「だから、冗談で言ったことないですって、本当に思ったことしか言ってないです」


 四条は、鴻巣をまじまじと見つめる。疑っているわけではないが、あまりにも当然のように言う鴻巣が――


「でも――私はあなた以外に、誰かを好きになることはないし、まして誰かが私に――手を出すなんて――それよりも、久実は、顔も性格もいいし、何よりまだまだ若くて、出会いもあるだろうし――…」


――そして、そうなったら、自分には、久実のように奪い返すなんて自信は、毛頭ない――…


 だんだん声が小さく、震えて行く――鴻巣は、自分の言葉に四条がどう思うか、わかっていた。誕生日の1か月程前の出来事から、ずっと――四条が不安に思っていたのも……


――臆病すぎて、自分に自信がない、それは自分の問題で――そんなことよりも、久実に、負担をかけたくない。いつか、自分にうんざりして、もしくは誰か他に好きな人が――そうなったら瞬時に姿を消して――久実に幸せになってほしいから、1秒でも早く自分のことなど忘れて、幸せに――自分が側にいなくても、あなたが幸せなら――


 そんなことを考えて――鴻巣は、四条の示す愛を――壊れやすいけれど美しすぎる硝子細工のような愛を――そんな気持ちを否定したくなかった。

 けれど、一緒に住むことを許され、愛を交わすうちに自分にしか見せない言動が増え、甘えて、我儘を言ったり、すねたり――そんな無防備な姿を見せられるようになった四条に――言うべきときがきたと思った。


――私のためを思ってくれるのは、もちろんうれしい――けれど、涼香の悲しみで、涙で作られたものなら、私は、そんなものはいらない――涼香も幸せで、私の側にいてくれなくちゃ、意味がない――


「涼香、これ、あけてください」


 ふいに鴻巣が起き上がり、ベッドのサイドテーブルの引き出しに忍ばせていた箱を取り出した。


「誕生日プレゼント、サプライズで用意してたんです」


 微笑みながら言う鴻巣に、四条はつられて微笑んだが――急に話題を変えられたと思って、とまどいながら、箱を見る。


「ありがとう――」

「これを開けてもらってから、言いたいことがあるんです」


 説明され、四条は頷き、リボンを解いて――


「あ、これ――あなたにあげたのと同じ――」


 鴻巣へ贈った誕生日プレゼント、彼女が欲しがっていた腕時計と同じものだった。


「ペアになりますね」


 弾んだ声で言う鴻巣に、四条は苦笑する。けれど、素直に嬉しかった。


「誕生日のプレゼントって――初めてかもしれない。もらったことそういえば、なか――」


 自分の過去をめったに話さない四条は、口を閉ざした。別に、隠し事をしているわけではなかったが、生い立ちを話すと、同情されたり、辛気臭い、暗い、と言われたりするので、10代の頃から話さない習慣になって――


「え、私のプレゼントが初めてなんですか?」


 むしろ嬉しそうに言う鴻巣に、四条は眉根を寄せて――


「そう、かも。そうだったら――」

 あなたは、嫌な気持ちになるのかな、重すぎるって、身内からも愛されたことのない自分なんて――と、ためらう四条を、鴻巣は再び抱きしめる。


「嫌なわけない、嬉しいに決まってます――それに――腕時計のプレゼントって、相手が欲しがってたとかじゃなければ、どういう意味になるか知ってますか」

「意味?どういうこと――」

「相手への独占欲を示すらしいです、あなたと過ごす時間を共有したい、離れていても自分を思っていてほしいって――時計は時間、腕時計は身に着けるものだから、独占欲、束縛、という意味になるって――」

「そ、そうだったの――でも、私はそんなこと知らずに――」

「ああ、涼香は私が欲しがってたものをくれただけなので、違います。だけど、私は、涼香とペアになるっていう理由もありますが、完全にその意味で贈りました」


 四条は、人によっては引くかもしれない、鴻巣の言葉に――なぜか――


「涼香が、私のためを思って――何かと身を引こうとすることや、迷惑をかけたくないって距離を取ろうとするのはわかっています。でも、私は――絶対に逃がしませんし、ひとりになんてさせません。いつも側にいて、涼香を守りたい――涼香のすべてを私のものにしたい――だから、ひとりで不安にならないで、私にぶつけてください。そんなことで、涼香への気持ちを変えるような、チンケな奴じゃないって、もうわかっているでしょう?」


 そう言われて、そういえば、と四条は思う。

「ああ、そう、だった。あなたは最初からずっと――自分がこうしたいと思ったことは必ず、どんな手段でも――」

 四条を手に入れたいと思った時の実行力も、どんなことでも――


「私は、あなたを一生、離しません――」

「久実――私、私は――」


 涙を流している四条を、これ以上ないほど愛しさが募っている恋人の目で、鴻巣は見つめる。涙ごと口づけて――また優しく押し倒し、ゆっくりと指を入れて――数時間前まで入っていた中は、これ以上ないほど熱い内壁がうねり、緩やかに動かしながら――


「こんなに、愛し合って――私が涼香を――こうしたのに――他の人に渡すなんて、ありえないし、私が他の人に惹かれることもありえない――こんな関係は奇跡だって、言いましたよね――だから――」

「でも、どうしても、不安で――まだ――あなたにふさわしいのか――不安、で――」

「いいんです、不安になるのは。でも、そうなったら私にすぐ言ってください。私は――涼香のどんな瞬間でも側にいて――安心させてあげますから」


 ああ、久実、あなたは――どうして、いつも――


 これ以上ないくらい、四条は鴻巣を求め、しがみつき、もっと強くとねだり――最後までギュッとして、キスをして――鴻巣はすべてに答えて――


 その初日の夜から、1週間の休暇の最後まで、ふたりは主にベッドで――甘い時間を延々とすごし、四条は、ほぼ完全に鴻巣に甘え、我儘を言ったり、すねたり、そんな四条を内心はデレデレとしながら、王子のようになだめて――そのまま行為になると、鴻巣はさらに甘えてくる四条を思う存分堪能した。


 :::

 休暇があけて、すっかり恋にのぼせた上機嫌の鴻巣は、黒岩から散々からかわれていた。


 そもそも、四条の誕生日の1か月程前、鴻巣が大学時代の友人から、何かと飲み会に誘われては、四条を優先して断っていたのだが、いよいよ一回は顔を出さないとおさまらない感じになり、なるべく早く帰るので、と四条に言った。


 四条は、自分は親しい友人もいなく、飲み会が定期的に行われるという状況もなかったため、鴻巣の交友関係について考えたことがなく――鴻巣が飲み会に行くことよりも、考えもしなかった自分にまずショックを受け――

 それから、同世代の男女が集う場所に、鴻巣が行ったら――心変わりするかもしれないと――そのことにもショックを受け――


 鴻巣は、四条がそう思うことも予想していた。

 実際には、大学時代の友人たちが、鴻巣に何かを思うはずもなく、まったく大丈夫なのだが――

 1時間程で店を出て、四条に連絡すると、まだ大学にいて、残業していたと知り――鴻巣のいない家に帰りたくない気持ちだったと聞いて――タクシーで迎えに行き、自宅に帰って、かわいすぎる四条をなだめ、いつものように――


 その時から、年末の1週間の休暇で、たっぷりと四条との時間をすごし、半ばプロポーズのような愛の言葉を言うことも、決めていたのだった。


 概ねそんな惚気を、昼休みに喫茶店で黒岩に話したところ――


「おい、待て、鴻巣くん――大前提だが、君は別にモテるタイプじゃないだろう。四条先生は、君をそんな風に思ってるのか?」

「あ、そうなんですよ、私の見た目も中身も、めちゃくちゃかっこいいって言ってくれるんです」

「いや、間違ってるだろ。まあ、見た目は――スタイルもいいし、誤解されるかもしれんが、ちょっと話しただけで、君が気の利かない、いたずらっ子の小学生みたいな奴だって――モテるタイプじゃないって、すぐにわかると思うんだが――」

「私だって恋人の前ではかっこつけてますからね。四条さんがそう思うのも無理はない――」

「いやいやいや、気を使って言ってくれてるだけじゃないのか?さすがに――」

「違いますよ。だって一緒に住んでずいぶんたつのに、いまだにドキドキして目を合わせられなかったり、顔が赤くなったりするんですよ?」

「ええ――…」

「彼女にとって、私は王子様みたいな存在なんですよね~」

「マジか――…ちょっと四条先生に言っておいた方がいいか?そんな心配するほど、君はモテないって」

「やめてくださいよ、円満なんですから、ほっといてください!」

「円満なら、なおさら言っといた方がいいんじゃないか?安心するだろうし」

「はあ~わかってないですねぇ、好きな人の理想の王子様になろうと努力する、ずっと一緒にいて、愛し合うためなら、何でもするって――それができる人が、四条さんのような、希少な原石みたいな美しい人を恋人にできるんですから。私がモテるタイプかどうかなんて、関係ないんですよ!」


 と、説明する鴻巣の後ろに、四条が立っていた。


 四条も、休暇の余韻で、珍しく甘い気持ちのままだった。同じ時間に、昼休みに外へ出て――


 と言っても、食が細い四条は買ってきたパンやスムージーで済ますこともあるくらいで、今日もさっさとすませると、大学まで戻る途中、喫茶店の窓側に座っている鴻巣と黒岩が見えた。


 通常であれば、そのまま通り過ぎるが――余韻が残っていた四条は、もちろん家に帰ればまたふたりですごせるけれど、少しでも鴻巣と接したい気持ちが勝った。


 そっと店内へ入ると、ちょうど鴻巣の熱弁――好きな人の理想の王子様になろうと努力する、ずっと一緒にいて、愛し合うためなら何でもする、それができる人が、四条さんのような、希少な原石みたいな美しい人を恋人にできるんですから――という部分が耳に入り――


 一瞬、過去の失恋――片思いをしていた人と、待ち合わせた喫茶店で、携帯電話で彼女が四条のことを――同情して会っていただけ――と言っているのを耳にした時のことを思い出し、鴻巣の声に身構えたが、聞こえてきたのは真逆の――むしろとんでもない惚気で――


 違う意味ですぐに立ち去ろうかと思ったが、黒岩に気づかれ、振り向いた鴻巣が、破顔して


「あ、すず、四条さん――!どうしたんですか、こっち座りませんか」

 と、言いながらどんどん近づいてきて腕を取られ、逡巡する暇もなく鴻巣の隣に座らされた。


 メニューを広げられ――何か食べたんですか?いつも昼ご飯、少なすぎですからね、これ頼んだら――などと言う鴻巣を半ば無視して、店員に「コーヒーで」と頼む。


「申し訳ない、昼ご飯を食べにきたわけじゃなくて、ふたりを外から見かけて、つい――」

「そうしたら、鴻巣くんの熱弁が聞こえて、びっくりしたんじゃないですか」


 黒岩が心配そうに言う。何しろ、四条の頬と耳が紅潮して――


「もう、黒岩さんに何てことを言ってるの?びっくりどころじゃない――」

「すみません、休みボケがぬけなくて」


 こたえている様子もなく、笑っている鴻巣を睨む。

 そんなふたりの様子を見て、吹き出すように笑う黒岩と鴻巣の丁々発止のやり取りを聞いたり、雑談をしたり――四条にとっては、思いがけない時間になった。


「そういえば、ちょっと行く所があったんだ。先に行くが――サボリ厳禁だぞ」


 気をきかせて、黒岩は立ち上がり、通り過ぎざまに鴻巣の肩を軽くどつき、伝票を持って行った。


「ああ!ごちそうさまです」


 慌てて、立ち上がって礼をする鴻巣に、黒岩が手だけ振って立ち去るのを見届けてから、席に座りなおすと――四条が「久実、今日――何時くらいに帰る?」と聞いた。


 てっきり、四条から注意されるかと思っていた鴻巣は面食らう。


「え?今日は――何事もなければ18時か、19時くらいには――」

「なるべく早く帰ってきてほしい――」


 隣に座ったままの四条は、テーブルの下でそっと鴻巣の手を握った。

 目が潤んで――思わず家にいる気分でキスしそうになるくらい――恋人モードの四条に、鴻巣は隠しきれずにやけてしまう。


「どうしたんですか?甘えたくてしょうがない?」


 素直にコクンと頷く四条に――我慢しきれず、すばやく首筋に顔を埋め、軽くキス、というよりそっと噛みついてしまう。そのまま耳元で、四条の好きなあの甘い低い声で、囁く。


「超特急で帰りますから――私も早く――涼香とエッチなこといっぱいしたいです」

「私も、そう思ってる――」


 耳と首は、四条の弱点で――今の鴻巣の動作の間、鴻巣の手をギュッと握って、声を出さないように我慢していた四条に、鴻巣は高校生のように瞬時にその気になってしまう。


「私、もう、早退しようかな、このまま」


 思わず言うと、「サボリ厳禁って言われてたわね、黒岩さんに」と、四条は笑って言い、「涼香にも聞かれてたから、とぼけられないな~」と、心底残念そうに言って、鴻巣は重い腰をあげた。

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