第2話 旅の始まり

“女神に会ったようですね。”


眠っていたはずのアクスは、再びあの声を聞いた。

目を開けると、そこは夢で見たあの場所だった。

温かな光を感じる不思議な場所。


アクスは周りに目を配り、声のぬしを探す。


「あんたはあの時の…!教えてくれ、あんたは誰なんだ」


“言ったはずですよ知る必要は無いと。”

“いや……知らない方がいいのです、私のことなど。”


「訳がわからない。あんたの目的はなんだ?」


“私の目的は貴方を助けること。”

“ですが、それは最後の手段。”

“貴方は自分の道を進めるように努力しなさい。”

“それで済めば、何も問題は無いのですから。”


その声は次第に薄れていき、アクスの身体は何かに引っ張られるように浮き始めた。


「くそ、またか!」


そしてアクスは、現実世界で目を覚ました。


目を覚ましたアクスは、窓から外を見た。

雲一つ無い空から、太陽が大地を照らしている。


「朝か……あいつ、もう来てるのかな」


昨晩出会った、宇宙からやって来た女神、名はサリアという。

彼女との約束で、次の日の朝。つまり、今日の朝に迎えにやって来ると約束をしていた。

その事を頭に浮かべた時、丁度良く玄関の扉が開かれた。


「やっと起きた?もう、遅いわよ」


そのまま中に入ってきたサリアは、大きな紙の包みをアクスに渡した。


「私が作った服と防具が入ってるから、よかったら使って。それから……」


サリアは絶えず話し続けるが、当のアクスは夢のことで頭が一杯で上の空であった。


「ちょっと聞いてる?」


「ん?ああ。その、あれだ、勝手に家入るなよ」


「ちょっと大丈夫?ボケてるんじゃないの?」


アクスは顔を洗い、顔を何度か軽く叩いた。

サリアに後ろを向いてもらい、受け取った服と防具を身に着け始めた。

白い肌着に青い上着。

それから胸当てなどの簡素な防具。

そして最後に、青いマント。

少々派手に感じるも、その着心地の良さに満足そうに口角が上がった。


「いいなこの服、ひんやりしてて」


「似合うじゃない。じゃあ私、先に外出てるね」


サリアは待ち切れないのか、駆け足で外へと出ていった。

片やアクスはゆっくりと、残った荷物と剣を取る。

剣を腰に掛け玄関の扉に手をかける。

扉を開ける前に、アクスは振り返った。


「行ってくるよ、じいちゃん」


世話になった育ての父。

そして、長年住んでいた家に別れを告げ、アクスは旅に出る。


二人は家を出て、山を下り始めた。

しばらく歩き続けると、道中で綺麗な池を見つけ、早めの昼食を取り始めた。

朝食を食えなかったアクスが、腹の音をぐぅぐぅ鳴らし始めたからだ。


「それで、まずはどこに行くんだ?」


「山を降りて南の街道を進んでいくと、ミルフィっていう町があるの。まずはそこでギルドに登録するわ」


「また知らない言葉が出てきたな……ま、めんどくさいからお前に任せる」


話を素早く終えると、両手にサンドイッチを持ち、次々と口に運んでいった。


「町に着く前に言っておくけど、他の人間に私の正体をばらしたら駄目だからね」


その言葉にアクスは食事の手を止め、サリアに視線を向ける。

何かを言いたいのか、必死に身体で表現しようと、腕を大きく動かす。


「食べてからにしなさい」


口の中の物を水で流し込み、大きく息を吐いてから言葉を発した。


「何でばらしたらダメなんだよ」


「神様が居るなんて言ったら、面倒くさい人間がわんさか湧いてくるのよ。神の信徒とか悪い人間とかね」


「俺には言っていいのにか?」


「あなたは特別だし、悪い人間じゃないしね。お行儀は悪いけど」


納得のいってない様子で、顔にしわを寄せるが、サンドイッチの方が気になっていた。

すぐに興味を失くして、再びサンドイッチを食べ始めた。


昼食を終え、二人はさらに山を下り、半日ほどかけてふもとまで到着した。


「うーん……疲れた!人間って不便よね、わざわざ歩かなきゃいけないんだもの」


「そういやお前、弱くなってるんだったな。今はどのくらい強いんだ?」


「あなたと同じくらいの強さよ。ほら、昨晩握手したじゃない。その時に私の力があなたと同じくらいになったのよ」


神は地上では力を充分に使えない。

その為、今のサリアの力はアクスと同程度の力しか無い。


「でも少し予想外、もっと弱体化すると思ってたのに。それだけあなたが強いってことね」


強いと言われるのがそれほど嬉しかったのか、アクスの頬が赤らんでいた。


「だけどいいのか?もし俺たちより強いのが来たら殺されるじゃないか?」


「場合によっては力を使っても大丈夫なのよ」


「相変わらず適当だな…」


「ちなみにアクスはどんなことが出来るの?」


「剣術と武術と氷やら冷気とかを出せる」


「氷の魔法が得意ってこと?」


「いや、魔法とは違うと思うぞ?魔法は口から氷とか出ないだろ?」


「えっ?口から出るの?」


思わぬ答えにサリアが一歩後ずさる。

その動きの意図を勘違いし、アクスは近くに敵が居ると思い、周囲に目を向ける。


「居た……あれも魔物か。さすが、気づくのが早いな」


「え?ん?ああ、そ…そうね。すごいでしょ!」


二人の目の前にはすでに街道が見えていたのだが、街道沿いに魔物達が鎮座していた。

二本足のトカゲ、リザードマン。

まだ二人には気づいていないようだが、開けた場所であるためすぐに気づかれるだろう。

アクスは剣を抜き、戦闘の準備をする。


「よし、やるか」


「えぇ、そうね……」


どこか落ち着かない様子のサリアは、アクスの口元に注意が向いていた。

視線に気づいたアクスが振り返ると、サリアの身体がビクリと跳ねる。


「どうした?なんか変だぞ」


「べ、別に口から氷が出る所を見たい訳じゃないわよ!?女神である私がそんな珍しくもないもの見たい訳ないじゃない!」


「こんな時になに言ってんだお前」


慌てふためき、大声を出した為か、魔物達が二人に気づいた。

一斉に武器を持ち、二人に向かって走り出す。

魔物の襲来に気づいた二人が、すぐに身構える。

いざ戦闘という時に、二人の身体が震えだす。


「何?この嫌な気配……」


「上だ!来るぞ!」


遥か雲の上に、それは居た。

雲を突っ切り、魔物達の上に大きな影を落とす。

影に気づいた魔物が上を向いた時、巨大な龍が落ちてきた。

群れを成していた魔物は踏み潰され、風圧で二人の身体が押しつぶされそうになる。

風が収まり、土埃が晴れると、黒い龍が姿を現す。

全身に黒い鱗を纏う、空飛ぶ龍。


「一応聞いておくが、今は力を使ってもいい場合なのか?」


「残念だけど……そうじゃないみたい」


冷たい汗が流れ、身体が震える。

二人にとって、格上の敵に相対するのは初めてのことであった。

サリアが一歩前に出て、アクスを守ろうとする。

それよりもさらに一歩前に、アクスが踏み出した。


「心配するなサリア。ただの武者震いだ」


「……それは良かった。言っておくけど、私のも武者震いよ」


二人は互いの顔を見て微笑んだ。

いつの間にか震えは消え、龍を前にしても落ち着いていた。


「我は火龍ワイトワラス。ある方のめいにより、おぬしたちの力を測らせてもらう」


二人の頭の中に、威厳ある声が響く。


「なんだ?今の声は」


「テレパシーよ。あの龍が直接頭に話しかけてきてるわ」


「汝らに問う。我と戦う意思があれば武器を持て。無ければ武器を捨てるがいい」


その言葉を受け、二人は持ってる武器を強く握り締めた。


「覚悟は出来てるわよね、アクス!」


「魔王を倒すってのに、トカゲ相手に逃げる訳ないだろ」


「その意気や良し。存分に抗ってみせよ!」


龍が吠え、空気が揺れるのを肌で感じる。

初めて感じる圧倒的な力に、アクスは笑っていた。

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