第3話 龍の試練

戦いの火蓋を切ったのは、龍が吐き出した炎。

放たれた炎は龍の口よりも大きく増大し、地面をも溶かす。


「炎はまずい!サリア、頼む」


「わかってる!『ジャグルーバ』」


迫る炎を見てから、わずかな時間で水の上位魔法を発動させた。

自分の前に巨大な水の塊を生み出し、迫る炎にぶつける。

高温の炎によって水はすぐさま水蒸気となって、互いの視界が阻まれた。

龍が大きく翼を広げ、翼の羽ばたきで水蒸気を吹き飛ばすと同時に、アクスが一人で飛び出した。

足元に迫るアクスを目で捉え、龍が大きな腕を振り下ろす。

鈍重な動きだが破壊力は凄まじく、大地が激しく揺れ動く。

しかし龍の攻撃はアクスは捕らえることは出来ず、既に龍の頭上にまで跳んでいた。

アクスが狙うのは龍の目。

鱗の無い数少ない部分。そこを確実に狙って、剣を振り下ろした。

素早く、的確な動きだった。

しかし龍はそれを上回る。

先ほどの動きとはまるで違う速さで、アクスを叩き落とした。

地面にめり込んだアクスは、激しく血を吐く。

ダメージは大きく、身体中が悲鳴を上げて立ち上がる事を許さない。

龍は動けないアクスを見下ろし、再び口に炎を蓄える。


「させないわ。『パラージュ』!」


地面に手を置き、唱えたのは回復魔法。

魔法は植物に掛けられ、草花が巨大な植物へと成長した。

サリアの意思で植物は動き、龍の首を掴んで動きを阻害した。

その隙にアクスを回収し、回復魔法を掛けた。


「『パラージュ』。治ったわよ、アクス」


「っ…!悪い、助かった」


身体の傷は一切残らず、わずかな時間で治された。

始めて回復魔法を受けたアクスは、自分の身体に痛みが無いことに驚きを受け、身体の隅々を何度も触れていた。


「驚いている暇は無いわよ。龍が来るわ!」


龍は植物の拘束を振りほどき、二人に向かって走り出していた。

巨大な肉体を持ちながら、その速度はそこらの獅子よりも速い。

アクスは地面に手を置き、龍よりも大きい氷の壁を作り出した。


「この程度の壁では、我を止める事など出来ぬ」


龍の突進で壁はいとも容易く砕かれた。

しかしそこに二人の姿は無く、龍の頭上から光が照らされた。

光の中にはアクスとサリアをが居た。

大きな氷の壁は龍の視界から逃れる為の囮だった。壁が破壊された瞬間、アクスがサリアを抱えて龍の頭上に跳んでいたのだ。


「食らいなさい!『ミイラーゼ』」


溜め込んだ魔力は巨大な光の槍となり、龍の胴体に突き刺さる。

だが刺さったのはほんの少しだけ。

鱗にヒビを入れる程度でしかなかった。


「サリア、俺の力も使え」


「ええ、借りさせてもらうわ」


サリアはアクスの手を取り、魔力を吸収する。

アクスが溜めていた魔力で再び魔法を発動させる。

雷と風。二つの魔法が合わさり、嵐となる。


「合成魔法、『リーバトルネード』!」


狙いはヒビの入った鱗。

荒れ狂う嵐は、まさしく回転する刃。

狙った場所をえぐり、鱗の亀裂が広がった。

嵐はやがて止み、視界が晴れる。


「ダメか……ヒビが入るだけだ」


龍の鱗は硬く、鱗を砕く事も出来ない。

当然龍にはダメージにもならず、未だ健在であった。


「ヒビが入ってるなら壊せるわ。もう一度、同じ場所にもっと強力な魔法を使えばきっと……」


「まだ強い魔法があるのか?」


「耳貸して」


サリアはアクスの耳元に近づき、作戦を話す。


「策があるなら使ってくるがいい。万策尽きた時は、貴様らの最期だがな」


話し終えた二人は、龍からの圧力などに臆さず、次の手段に打って出る。

アクスは両手を合わせて魔力を練り始める。

両手に収められた魔力は強大で、今にも飛び出さんとしていた。


「これほどの魔力を持ってるとはな。だが、敵を前にしてゆっくりしすぎではないか?」


龍は大きく口を開け、口から青い光を放つ。

高まった熱の炎が、龍の口から発せられた。


「まずい…!水の魔法を…」

「サリア、お前は自分の仕事に集中しろ!」


アクスは両手を広げ、大量の氷を放出した。

しかし炎はそんな雪など容易く溶かし、二人の目前にまで迫る。


「……やらせるかよ!」


アクスは絶え間なく氷を出し続け、迫る炎からサリアを守る。

大量の魔力を消費した事で、アクスの口から血が噴き出す。

それでもなお、アクスは氷を出し続け、炎をかき消した。


「アクス、ありがとう。おかげで準備出来たわ」


十分じゅうぶん以上に魔力を溜めたサリアは、空に光り輝く雷の槍を作り出した。


「名前を付けるとしたら『雷槍グングニル』。受けてみなさい!」


空に掲げた手を振り下ろし、雷の槍を龍の元に導く。

光が輝きを増し、轟音と共に龍の元へ落ちた。

ヒビが入った鱗を破り、龍の身体を貫いた。

龍を貫いた槍は地面をも砕き、龍の足元に大きな穴を開けた。

崩れ行く地面と共に、龍は大きな穴へと落ちていった。


「……死んだのか?」


アクスは地面に空いた穴を眺め、龍の様子を確認した。

龍の身体に大きな穴が空いていることを確認し、サリアの元へ戻った。


「大丈夫か?」


サリアもまた、アクスと同じ様に魔力の使い過ぎで激しく血を吐いていた。


「大丈夫よ、ありがとう」


今にも倒れそうなサリアを、アクスが肩を貸し、二人で改めて龍の様子を確認した。


「あの身体の穴の位置から見て、心臓を貫いたはず」


「それじゃあ、倒せたってことか?」


「ええ、私たちの勝ちよ」


勝った事に喜び、腕を大きく掲げる。

その途端にアクスはバランスを崩し、地面に倒れる。

起き上がるのも難しく、身体に限界が近づいていたことを知らせる。

二人は大人しく地面に身体を預け、身体を大きく伸ばす。

そして大きく息を吐き、気持ちを整えた。

そこである疑問が、アクスの頭によぎった。


「こいつちりにならないけど、復活してきたりしないよな?」


「龍は魔物とは違うのよ。だから消えないし、かと言って復活もしないわよ」


「それは違うな」


倒したはずの龍の声。

それが頭の中で聞こえてきた。

二人は穴をもう一度眺めると、龍の死骸が消えていた。


「下ではない、上だ」


声に従って顔を上に向けると、先ほど倒した龍が平然と空を飛んでいた。

それも、身体に空いていたはずの穴が綺麗に消えていたのだ。

二人は再び立つが、サリアは既に限界を迎えていた。

立ち上がる事も出来ない様子を見て、アクスが一人で前に立つ。

龍は二人を見て、密かに笑みを浮かべた。


「案ずるな、試練は合格だ。強さはもちろんのこと、その勇気もな」


呆気に取られる二人を背に、龍は西へ飛んで行った。


「我があるじは気まぐれでな。同じ様な試練が再びあるかもしれん。これからも、日々精進することだ」


その言葉を最後に、龍の姿は見えなくなった。

ようやく危機を退けた二人は、疲れと緊張で足が震え、倒れる様に地面に横になった。


「はぁ……びっくりした。まさか本当に復活するなんて」


「それよりも、あいつの言ってたあるじってのは誰なんだ?」


「考えてもわからないわ。それより急いで町へ行かないと、今襲われたら最悪よ」


そんな時に、再び何かが迫る。

いち早くアクスが気づき、サリアを後ろに庇い、剣を抜く。


「……ここで戦ってたのはあんた達?」


二人の前に現れたのは、黒いローブを羽織った白髪の女性。


「剣を下ろしなさい。私達は敵じゃないわ」


アクスの剣を下ろさせ、周囲に目を配る。

随分と小柄な女性ではあるが、声や話し方から大人の品位を感じさせる。


「よかった……味方か…」


アクスは気を失う様に倒れ、深い眠りへと落ちた。


「……魔力切れね。あなたもそうみたいだし、二人とも私達が連れて行くわ」


彼女はアクスとサリアを軽々と持ち上げ、後続からやって来た馬車に乗せた。

負傷した二人に彼女が付き添い、ミルフィの町へと馬車が走り出した。

馬車の中で眠るアクスに、サリアが残り少ない魔力を使って回復魔法を掛けた。

少しばかり楽になったのか、アクスの顔から汗が引き、安らかな寝息が口から漏れていた。


「助けてくれてありがとう。今はゆっくり休んでね」


太陽が沈み、アクスの旅の一日目が終わる。

運命しれんはまだ、序章に過ぎない。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る