女神の剣 星の導き

枝間 響

一章 試練の始まり

第1話 太陽の導き

光と闇を拒み、己の道を行く者に、世界は運命しれんを課す。

その者に課せられた運命うんめいはその血に伝わり、遥か未来へと繋いでゆく。

たとえ世界が変わろうと、運命しれんは再びやって来る。


ある男は見た。

宇宙を疾走はしる星を。

大いなる者に立ち向かわんとする星を。


「なんだこれは、夢か…?」


“いいえ違いますよ。

これは過去の物語。

貴方が繋いでいく、勇気の物語。

さぁ起きなさい、勇者となるものよ。

旅立ちの時です。”


「お前は誰だ?」


“知る必要はありません。

ですが、どうしても助けが欲しいときは、私のことを思い出してください。

必ず貴方の力になります。

気をつけていくのですよ、アクス。”


「待ってくれ!」


何かに引っ張られるように、身体の自由が利かない。

しかしアクスは見た、光の中に自分に良く似た黒髪の男を。


「お前は……」


「精々頑張るんだな、----------」


その言葉を最後に、アクスの意識は途絶えた。


静かな夜の中、男はゆっくりと目を開けた。


「あの声は誰なんだ、なぜ俺の名前を。それにあの男は……」


この男こそがアクス。謎の声が呼んだ若き青年。

アクスはベッドから立ち上がり、顔を洗う。

気持ちが落ち着いたアクスは、ベッドに腰掛け、夢の出来事を振り返る。

見えたのは宇宙。それと血まみれの男の姿。

それと光に包まれた謎の場所。

そして自分の身体には、妙な感覚が残っていた。

あの声と話していた際に感じた温もり。

それが現実でも感じ取れていた。


「あの声が言う通り、夢じゃないのか?」


夢だとは思いつつ、自分の頭にはあの言葉がはっきりと頭の中に残っていた。


「あれが夢じゃないとしても、俺は何をすればいいんだ?」


“旅立ちの時”


あの声はそう言ったが、明確な目的も理由も、アクスには無かった。

どうするべきかと身体の至るところを捻らせたが、とうとう答えは出ず、二度寝しようとベッドに寝転がった。

目を閉じて、再び深い眠りに入る。

しかし、数秒もたたぬ内に目を覚ました。

目を見開き、側に置いていた剣を持ってベッドから飛び上がる。

次の瞬間、家の窓が割れると共に、黒い何かが入り込んできた。

それは暗闇に紛れ、アクスの喉元に食らいつこうと飛びかかった。

アクスは剣を抜き、的確にそれを切り捨てた。

暗闇であろうと、アクスの優れた五感が的確に感じとった。

しかし敵は次から次へと侵入してくる。


「中に三匹、外には三十匹……野犬にしては生きがいいな」


冷静に分析するも、その数は多い。

小さなため息を吐きながらも、家の中の敵をすべて切り捨てた。

次に玄関から外へ出ると、屋根に登って辺りを見回した。

闇の中に潜む赤い光。

月明かりによって、それが動物の目が光っていることがわかった。


「犬……じゃないな」


頭に角が生えていた。

山ぐらしのアクスでもこんな犬種はいないと、判断できる特徴だ。

だがアクスにとって、そんな事は些細な事だった。

戦う意思は変わらず、敵を見下ろし、剣を向けた。

距離を詰める敵に向かって、剣を振り上げる。

すると突然顔を上げ、空を見上げる。

夜空に見える星を凝視する。

立ったまま、ぴたりとも動かない。


「何か来る!」


見ていた星は大きくなり、光の柱となってアクスの前に降り立った。


「あら?どうして屋根なんかに居るの?」


光の中から女性が現れ、アクスに尋ねた。

光の柱が消え、その姿がはっきりと映る。

青い髪に純白のローブ。

派手な金色の鎧は、月明かりに負けないほど輝いていた。


「突然降ってきた奴にそんなこと言われる筋合いは無いね。誰だお前は!」


彼女の喉元に剣を向け、アクスが尋ね返す。

そんな状況に置いても、彼女は冷静だった。


「そんなことよりも、大変なことになってるみたいね」


振り返り、敵の群れに視線を送る。

辺りを見回しながら数を数え、数え終わると、杖を空に掲げた。

動きに呼応するように、空の星がきらりと光り、光の柱が降り注ぐ。

音も無く、すべての敵を消し去ったのだ。

光の柱が消え去った跡には、敵の痕跡は無い。

それどころか、攻撃があったということすらも無かったかのようであった。

彼女は振り返り、アクスの剣を下ろす。


「さっ、これでお話できるわね」


だがアクスはとても話が出来る状態では無かった。

妙な犬に、光から現れた女性。

理解が追いつかず、額から冷たい汗が流れる。

見かねた彼女がアクスの手を取り、優しく握った。


「大丈夫。私はあなたの敵じゃないわ」


その言葉と行動は、アクスにとって温かく感じた。


「………とりあえず、礼を言っておく。ありがとう」


敵ではないとみなし、礼儀正しい、深く頭を下げた礼をした。


「どういたしまして。それじゃあ、少し話してもいいかしら?」



二人は家の中に入り、ランタンに火を灯した。


「ったく……窓壊しやがってあの犬ども。………死体はどこに行った?」


死体を探すがどこにも無い。アクスは腰に手をかけて剣を抜く。


「魔物は死ぬと消えるのよ。ちりのようにね」


初めて聞いた言葉に、アクスは首をかしげ、彼女に目を向ける。


「魔物ってのはなんだ?さっきの犬のことか?」


「そのことも合わせて今から話すわ。でも先に家を直してからね」


彼女は壊れた窓枠に手を置き、手から光を発した。

すると壊れた窓の破片が元の位置に戻る様に、窓枠にはまっていき、元の形へと戻った。


「これが魔法って奴なのか?物まで直せるとはな」


「そんなことより、座りましょう。長い話になりそうだからお茶も入れましょう」


アクスはお茶を入れようと台所に向かったが、彼女は宙からティーポットを取り出し、二つのカップにお茶を注いだ。


「さぁどうぞ。茶菓子もあるわよ」


机に並べられたお茶と菓子に目を向け、アクスは首をかしげる。

そしてポットを取り出した所を入念に、触るように調べ始めた。

その動きにクスクスと笑いながらも、彼女は大きい咳払いの後に、話し始めた。


「私の名前はサリア。宇宙からやって来た神であり、この星では癒しの神として信仰されている女神よ」


「色々見せた後に自分は神様だってか?いくらなんでもそりゃ……」


自分の放った言葉で、夢のことを思い出した。

妙な光景と声。それに現実でも残っていたあの感覚。

とても人によるものではないと思っていた。


「一応聞いときたいが、俺が寝ている間に変なことしてないだろうな?」


「変なことって何よ?変な言いがかりつけないで」


その反応と、夢で聞いた声と違うことから、サリアは夢には関わってないと判断し、得心がいったように頷いた。


「ならいい……それに、あんたのあの力。とても人間とは思えない力だった。あんたが神様だって信じるよ」


「良かった、話を進めれるわ。じゃあ続けるけど、あなたにお願いがあって来たの」


「お願い?何かは知らないが、あんたがやればいいんじゃないのか?家を直したり、あれだけの敵を一瞬で殺せる魔法があれば何でも出来るだろ」


「理由は後で話すわ。お願いというのは、あなたに魔王の討伐を手伝ってもらいたいの」


アクスは当然魔王の存在なんて知らない。聞いたことすら無かった。

始めはきょとんとしていたが、先ほど聞いた言葉を繋ぎ合わせ、自分なりの答えを導き出した。


「魔王ってのは、さっきの魔物達の王様ってことでいいのか?」


サリアは頷き、お茶を少しだけ飲み、喉を潤した。


「あなたにお願いする理由は二つ。地上において宇宙から来た神は、その力で星の命運を変えてはならぬ。すべてはその星に生きる者の手によって変えられるべきである」


長くわかりづらい言葉に、アクスは耳を向け、もう一度聞こうとする。


「要するに、宇宙に住む神様は、他の星で力を使ったら駄目ってことよ」


「なんで?」


「さぁね。私が聞いた話だと、古い神様がこの星で人間を甘やかしたせいで、星が滅びかけたとか」


今の話はいわゆる神話の時代の話であり、嘘か真か怪しい話である。

だがこれは、サリアが伝え聞いてきた現実に起きた話である。

しかしアクスは興味が無いのか、それとも色々な出来事が重なって混乱しているのか、無気力な様子で茶菓子に手を伸ばしていた。


「そして理由二つ目、あなたが強い人間であるから」


「……強いと言われるのは嬉しいが、俺だけで魔王とやらに勝てるのか?」


「言ったでしょ、協力してって。当然私も戦うわ」


アクスは何かを言いたそうに口を開くが、言葉は出てこない。


「安心しなさい、多少なら力を使っても怒られないわ」


「なんだその適当なルールは……」


呆れ果て、窓から空を見上げるアクス。

少しして長いため息を吐くと、小さな笑みを見せ、サリアと目を合わせた。


「いいぜ、その話乗った。魔王討伐付き合ってやるよ」


返事を聞いたサリアは、嬉しさよりも先に不安そうな顔を見せた。


「いいの?正直断られるかと思ってたわ」


「あんたには借りがある。それを返さないわけにはいかないからな」


半信半疑であったであろうサリアも、その言葉を聞いてアクスのことを信じて、笑顔を見せた。


「それじゃあ、これからよろしくね!」


アクスの手を強く握る。

今ここに、新たなる契約が結ばれた。

古くから続く、運命うんめいとも言える、女神と人間の約束。

そしてこれは、新たなる運命しれんの幕開けでもある。

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