潔白な愛のまま

一途彩士

潔白な愛のまま

 「美和子って変わってるよね」


 昼食を食べ、出かける用意をしていると、ついさっき起きたばかりの彼氏の透が声をかけてきた。朝方うちにやってきて寝こけていたから、いつもならきゅるんとうるんだ瞳はまだまだ眠そうに閉じかけている。


「まだ寝てたら? 朝来たからまだ三時間くらいしか寝てないでしょ」

「それだよ」

「何が?」


 透はどこか不機嫌そうな態度をして、私が用意していたカバンを取り上げた。取り返そうと腕を伸ばすと、さっとよけて、私の身長じゃ届かない高さに持ち上げてしまう。子どもみたいな振る舞いで、どうにかして私が出かけるのを阻止したいようだった。


「ちょっと、もうすぐ出ないといけないんだけど」

「美和子はさ、俺が朝帰りしても何も言ってこないよね」

「今更だから」

「俺が夜はどこにいたとか気にならないの?」

「ならない」

「……ふーん」


 私のあっさりとした言葉が気に入らなかったのか、透の顔がさらに不機嫌に歪む。

 透は生粋の遊び人だ。私と付き合ってようがなんだろうが、一夜の遊びを繰り返す。子犬みたいな甘い顔立ちをずいぶん活用しているようで、遊び相手が途切れる様子は今のところなさそうな、浮気性のどうしようもない男。

 私はそれを知っていて付き合っているのだから、毎晩透が誰といたのか問いただすのも馬鹿らしい。そうでしょう? だからそういう態度をとり続ける。

 

「俺ずっと思ってたんだけどさ、言ってもいい?」

「なに」

「俺の浮気を見逃してるのって、自分も浮気してるからじゃないの?」


 それを聞いて、私は思わず吹き出した。笑いが止まらない私を、透は居心地悪げに見ている。

 

「だってさー」

「ばっかじゃない? 自分がそうだからって私まで浮気人にしたてないでよ」 

「……ていうか今日は誰と会うの?」

「光さん」

「兄貴かよ……」


 透の少し年の離れた兄である光さんは透とは正反対の性格で、ザ・真面目。実家の稼業も継いでるし、恋人に一途だし、透とはいろんなところが違っている。

 二人は犬猿の仲とはいかないが、小言を言われるのを嫌がって透はあまり光さんと会いたがらない。

 

 透は光さんの名前を聞いてげんなりとした表情を隠さなかったが、何かに思い至ったようで険しい表情になった。


「まさか美和子、兄貴と浮気……」

「それこそばかじゃないの? 光さんは透と違ってそういう人じゃないの良く知ってるくせに」

「そーだけど、さ」

「あ、時間やばい。本当にもう行くから」

 

 ようやく外出の妨害をする気はなくなったらしい透からカバンを受け取って靴を履く。


「じゃ、二度寝しなよ。いってきます」

「いってら。……はやく帰ってきなよ」


 ちいさな透の声を背中に受けながら家を出た。




 電車に乗って二駅先の喫茶店に入る。光さんと会うときはいつもこの店だ。先に座って待っていた光さんが、入店した私を見つけて左手を上げる。


「美和子ちゃん」

「光さん、ちょっと遅れちゃってごめんなさい。出かける直前、透に絡まれて」

「そうなの? ごめんね、うちの弟が」

「いいえー。というか透、今日も朝帰りだったんですよー」


 透の性分を知っている光さんが眉尻を下げて申し訳なさそうな顔をする。透と似た顔立ちをしているのに光さんのほうが真面目そうな感じがするのはやはり性格の違いだろうか。

 

 私が透と付き合い始めたのは互いの実家同士につながりがあり、いつまでたってもふらついている透を心配し、私に面倒を見てくれないかと声がかかったからだ。

 光さんは経緯を知っているので、透の様子を私から聞くためにたびたびこの会合を用意してくれている。


 しかし話題は透のことに限らず、互いの実家のことや最近いった場所、光さんの彼女のことが話題に上がることもあるから、光さんとの喫茶店タイムは毎回長時間だ。ここのコーヒーがおいしいのも理由の一つ。

 

 今は光さんの彼女さんののろけ話を聞きながら、カップに口をつける。ふと、出かける前の透の言葉が思い出された。

 

 美和子も浮気してるんじゃないか、だっけ。しかもその相手が光さん?


 ふふ。思わず笑みがこぼれるが、光さんは話に夢中で気づかない。愛しい相手の話をこれだけ夢中でできるのはうらやましい。

 光さんはいい人だ。

 他人は浮気性な透と付き合っていることを知ると、すぐに別れろといってくるけれど、光さんはそれも言わないところが好感を持てる。

 

 いくら透が浮気をしようが、疑ってこようが、私は決して浮気なんてしない。

 

 透、私、本当にあなたが好きなの。あなたが毎日誰といようと、私と付き合っている理由を家のせいだといっても、朝になったら私のもとに帰ってくる素直なあなたが。どれだけ悔しくても、悲しくても、全部隠してしまえる。

 そのためならこうやって、透が知らない光さんと過ごす時間をつくってしまう。ただのお茶会だからうしろめたいことは一切ない。


 浮気なんて不埒なことをせずとも、まっしろい私のまま、透からの愛を感じられる。こんな素晴らしい日々は、一生手放せる気がしない。

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