2.失恋部の日常


 失恋部は恋に敗れた少女たちが、傷を舐め合う場所……というのが、天野あまの部長の持論だ。


 その実態は、放課後に集まって駄弁るだけの部活だった。


 それこそ文化祭の時期でもなければ、表立った活動すらしないらしい。


 というわけで、あたしは今日も部室の隅で文庫本を開いていた。


「ねーねー、あおいちゃん、何の本読んでるの? またラノベ?」


「うっさいわねー。読書の邪魔よ」


「えー、そんな言い方しなくてもー。ほらほら、部長さんが紅茶入れてくれたよ? 一休みしよ?」


 あたしの周囲をちょこまかと動き回りながら、美咲みさきちゃんが言う。


「はぁぁ……わかったわよっ」


 あたしは盛大なため息とともに本を閉じ、そのまま美咲ちゃんの頭を撫で回す。


 よくよく考えれば、彼女がいる時点で静かに本など読めるはずがなかった。


伊吹いぶき君から、姫宮ひめみや君はおとなしい性格だと聞いていたが……なかなかに積極的じゃないか」


「まぁ、クラスでは陰キャメガネ女子で通ってるんで。美咲ちゃんは幼馴染なので、特別です」


「と、トクベツ……!」


 美咲ちゃんが頬を赤く染めていたけど、あたしはあえて無視する。


「はっはっは。今更陰キャとか言われても信じられんぞ」


「よくわかんないですけど、部長が話しやすいんですよ」


「そう言ってもらえると嬉しいな。クッキー食べるか」


「ありがとうございます!」


 あたしに向かって差し出されたそれを、美咲ちゃんがうやうやしく受け取っていた。


「なんで美咲ちゃんが食べてるのよっ!」


「いやー、結衣ゆい先輩のクッキー、めちゃくちゃおいしいから」


 天使のような笑みを浮かべながら、人から奪い取ったクッキーを口に運ぶ。


 ……ちなみにこのクッキー、副部長さんのお手製らしい。


 まだ会ったことないけど、名前からして可愛らしい人なのだろう。


「……おや、伊吹君、口元にクッキーがついているぞ」


「あわっ、部長さん、ありがとうございます」


 その時、天野部長は美咲ちゃんの口元についたクッキーの欠片を指ですくい取る。


 どうするのかと思って見ていると、そのまま自分の口に運んでいた。


 女性同士だから気にしないと言われればそれまでだけど、スキンシップにしては濃厚すぎるような気もする。


「あの、少し気になってたんですけど」


「なんだね」


 そんな二人の様子を見ていた時、あたしの中にある疑問が浮かんだ。


「ここ、『失恋部』って言うくらいですし、二人も失恋してるんですか?」


「……フッ」


 思わずそう尋ねるも、天野部長は遠い目をした。


 ……あ、これ聞いちゃいけないやつだ。


「葵ちゃんはアレだよね。幼馴染の……」


「あー、あー! 聞こえなーい!」


 その直後、美咲ちゃんが笑顔で反撃してくる。あたしは反射的に耳をふさいだ。


「ちょっと待って……そういう美咲ちゃんも失恋部に入ってるってことは、まさか」


「そう。わたしも恋に敗れたの。葵ちゃんとの恋に……もがっ!?」


 妙なことを口走ろうとした彼女の口へ、持っていたクッキーを押し込んでやった。これでしばらく静かになるだろう。


「やはり陰キャとは思えんな。ちなみに、ただ失恋しているというだけでは失恋部には入れん。入部できるのは、私が認めた可愛い女子だけだ」


 可愛い女の子、ねぇ……。


 あたしは心の中で呟いて、目の前の二人に視線を送る。


 まぁ、部長はわかる。圧倒的に美人だ。ちょっと性格に難があるかもしれないけど、とにかく美人だ。


 美咲ちゃんは美人というより、子犬やリスのような可愛さがある。


 ちょこちょこ動き回るし、お菓子を食べてるだけで絵になる。


「……その理論だと、あたし、かわいくないですけど。陰キャメガネ女子ですし」


「そうか? そんなことはないと思うが」


 言いながら、部長さんがじわじわと近づいてくる。


「……はえっ!?」


 そして次の瞬間、あたしのメガネを素早く外す。思わず変な声が出た。


「ちょ、ちょっと、メガネ返してくださいよ。何も見えないじゃないですか」


 慌てて手を動かすも、天野部長が動じる様子はない。


 気がつけば、目と鼻の先に彼女の顔があった。ち、近い。


「……ほら見ろ。合格だ」


 部長はあたしの素顔をじっくりと眺めたあと、満足げな顔でメガネを返してくれた。


「はぁぁ……」


 謎の緊張感から解き放たれ、あたしは思わず自分の体を抱く。


 というかあたし、なんでちょっとドキドキしてるのよ。


「葵ちゃん、コンタクトに変えたらいいのに。きっとクラスでモテモテになるよ」


 そんな中、からからと笑いながら美咲ちゃんが何か言っていた。


「だからここ、女子校だって言ってるでしょ。女の子にモテてどうすんのよ」


 ……二人とそんなやり取りをしていると、入口の扉が開いた。


「……や、おつかれ」


 部室に入ってきたのは、一見すると男子と間違えそうなほど、中性的な顔立ちをした女生徒だった。タイの色からして、三年生のよう。


 スラリと背が高く、そのベリーショートの銀髪がより一層、凛々しさを掻き立てていた。


「あ、結衣先輩、お疲れ様でーす」


「結衣、おつかれ」


 二人が挨拶を返す。あたしも立ち上がって、それに続いた。


 もしかして、この人が副部長さんなの? でもこの顔、どこかで見たことあるような。


りん、この子が新入部員?」


「あっ、はい。二年の姫宮 葵ひめみや あおいでしゅ!」


「……でしゅ」


 そのまま自己紹介をするも、緊張のあまり噛んでしまった。あたしの後ろで、美咲ちゃんが笑いを噛み殺しているのがわかった。


 うぅ、陰キャ属性がこのタイミングで出てしまうとは。


二階堂 結衣にかいどう ゆい。よろしく」


 一方の副部長さんは特に反応することなく、握手を求めてきた。あたしはそれに応じる。


「よ、よろしくお願いします……でも二階堂って……もしかして、三年D組の?」


「そう。知ってるんだ?」


 三年D組に、クール系で人気の先輩がいる……なんて噂を聞いたことがある。


 その人の名字が確か、二階堂だった気がする。


 そのミステリアスな雰囲気から、女子たちの間で絶大な人気を誇っているらしい。女子校ではよくあることだ。


「この失恋部は私と結衣で創部したんだ。私が紅茶担当。結衣が茶菓子の担当だな」


「そういうこと。私の作ったお菓子、食べてくれた?」


「はい! おいしかったです!」


「ご、ごちそうさまでしたっ!」


 あたしと美咲ちゃんは揃って頭を下げる。二階堂先輩は満足げな顔をした。


「それはよかった。そろそろ効いてくるはずだけど」


「効いてくる?」


 続いた言葉に、あたしと美咲ちゃんは声を揃える。


「あのクッキー、媚薬びやく入りなんだ」


「ぶうっ」


 まさかの発言に、あたしは思わず吹き出してしまう。


「お、女の子しかいない学校で、何をさせるつもりですかっ」


「まぁ、冗談だけどね」


 体に妙な変化がないか本気で心配しかけるも、二階堂先輩はわずかに微笑みながら言った。


 ……お菓子作りが趣味らしいし、この人、見た目の割におちゃめなのかもしれない。

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