失恋部は百合まみれ!?〜陰キャメガネ女子のあたし、実は幼馴染の女の子に溺愛されてます〜

川上 とむ

1.失恋部へようこそ!


 あたし――姫宮 葵ひめみや あおいには好きな人がいた。


 幼馴染の男子で、小さな頃からずっと一緒だった。


「ごめん。俺、他に好きなやつがいてさ。陰キャメガネ女子とは付き合えないわ」


 女子校に進学が決まったその日、あたしは勇気を出して告白してみたものの……見事に撃沈。


 いわゆる負けヒロインになったあたしは、完全に男嫌いとなり、今に至る――。


「葵ちゃん、おはよぉ~。今日も元気ないねぇ~」


 高校の制服にもようやく慣れてきた、4月の中旬。


 いつものように学校へ向かっていると、一人の少女が駆け寄ってきた。


 彼女は伊吹 美咲いぶき みさき。あたしのクラスメイトで、幼馴染その2だ。


「おはよ。美咲が元気ありすぎなのよ」


「わたしは普通だと思うけど。やっぱり、例の爆死事件を引きずってる?」


「蒸し返すなっ」


「あんっ」


 思わず、その柔らかそうな頭に手刀を叩き込む。べち、といい音がした。


「大丈夫だよ。葵ちゃんかわいいし、すぐにいい出会いがあるってー」


 あたしの攻撃などものともせずに、美咲ちゃんが笑う。それと同時に、肩ほどまでのショートボブを春風が揺らす。


「あたしにその気はないから。それに、女子校でどうやって新しい出会いを見つけるの」


「ふっふっふ。なんなら、わたしに恋していいぜっ」


「……」


「あうあうあう」


 きらーん、とウィンクを決めてくる美咲ちゃんの頭を、あたしは無言でわしゃわしゃとかき乱す。


 彼女はあたしより少し背が低いから、やりやすい。


「うぅ、葵ちゃんヒドい。二時間かけてセットしたのに」


「あんた、朝はいつもギリギリに起きてるって言ってなかった?」


「ちっ、バレたか」


「そろそろ急がないと、遅刻するわよー」


 いたずらっぽく笑う美咲ちゃんを追い越すように、あたしは足を早めた。


 ……今日も代わり映えのない一日が始まる。


 ◇


 その日の放課後、帰りのHRが終わると同時に、美咲ちゃんが声をかけてきた。


「葵ちゃんを案内したいところがあるんだけど」


「案内したいところ?」


「そうそう。今日友達から、面白そうな場所の話を聞いてね」


 美咲ちゃんは笑顔を絶やさずに続ける。


 彼女はあたしと違って交友関係が広く、色々なネタを仕入れてくる。


「この前はコウモリカフェだったわよね。その前はだるまカフェ」


「今回はそんなのじゃないよ。しかも学校の中だし。ついてきて!」


 言うが早いか、美咲ちゃんはあたしのカバンを手に走り出す。


「ちょっと! 人のカバンを人質に取るのはやめなさいよ!」


 あたしは思わず叫んで、美咲ちゃんのあとを追いかけた。


 ……やがてたどり着いたのは、部活棟の一角だった。


「……はぁ、はぁ、美咲ちゃん、足速いってば」


「ごめんごめん。もう着いたから。ここだよ」


 美咲ちゃんは笑顔のまま、何の変哲もない教室を指し示す。


「プレートとかかかってないけど、ここ、どこかの部室?」


「お疲れ様で~す!」


「質問に答えろぉっ!」


 あたしの言葉を無視して、美咲ちゃんは教室へ入っていく。


 相変わらずカバンは人質に取られたままなので、あたしも急いでその後に続いた。


「……あれ?」


 足を踏み入れた教室は縦長で、予想以上に狭かった。


 中央に四角いテーブルが置かれ、その最奥で一人の女生徒が優雅に紅茶をたしなんでいる。


 窓から降り注ぐ陽光を黒髪に受けるその姿は、まさに深淵の令嬢といった感じだった。


「おお、来たか。待っていたぞ」


 音を立てることなくティーカップを置いて、女生徒がこちらに向き直る。


 彼女はスタイルが良く、背が高かった。艶やかな黒髪が印象的で、まさに大和撫子という感じの美人だった。女のあたしが見ても、思わず見惚れてしまう。


天野あまの部長、新入部員を連れてきました!」


「ご苦労だった。なでなでしてやろう」


 言いながら、天野と呼ばれた女生徒は美咲ちゃんの頭を撫で回す。


 元々、美咲ちゃんは頭を撫でられるのが好きだし、とろけるような表情をしていた。


 その様子を眺めていると、天野部長の視線があたしを捉える。


「君が姫宮 葵ひめみや あおい君か。話は聞いているよ。伊吹いぶき君の恋人なのだろう」


「違います。ただの友人です」


 きっぱりと否定しておく。


 向こうで美咲ちゃんが涙目になっていた気がするけど、あたしは気にしない。


「ていうか、ここって何の部活なんです?」


「……なんだ。何も知らずに入部したのか」


「だからまだ入部してないってば」


 思わずタメ口で返してしまう。


 ……なんだろう。この部長さん、見た目の割に話しやすい。


「聞いて驚け。ここは失恋部だ」


「は?」


 確かに驚いたけど、意味がわからなかった。


「恋敗れた者だけが入部できる、癒やしの空間だよ」


「……お邪魔しました。帰ります」


 あたしは深々と一礼すると、テーブルに置かれていた自分のカバンを引っ掴む。


 それから出口へ向かって一目散に――。


「逃がすかーっ!」


 ……寸でのところで、美咲ちゃんに扉を閉められる。唯一の脱出口を塞がれてしまった。


「まあ落ち着け。失恋部という名を冠してはいるが、その実態は紅茶研究会だ」


「あー、だから部長、紅茶飲んでたんですね」


 美咲ちゃんが感心顔でなんか言っていた。あんたも知らなかったんかい。


「つまるところ、可愛い少女たちが集まって紅茶を嗜む部活だよ」


 うわー、なんか余計に怪しさが増した気がする。


「ねー、葵ちゃんも失恋部入って! 一生のお願い!」


 あたしの微妙な反応に気づいたのか、美咲ちゃんが泣きついてきた。


「それ、一昨日も聞いたわよ。あんたの一生、何回あんのよ」


「葵ちゃんの好きなラノベみたいに、実は十回くらい転生してるの!」


「あーそー、すごいわねー」


 さらっと流したものの、あたしも引っ込み思案な性格が災いして、教室に居場所がない。


 正直、学校に第二の居場所が欲しかった。


 それこそ誰にも邪魔されず、ゆっくり本を読める場所が。


「……わかったわよー。ほかでもない美咲ちゃんの頼みだし、入部してあげる」


「やったぁ! ありがとう!」


 あたしがそう伝えると、美咲ちゃんは笑顔の花を咲かせた。


 もー、何がそんなに嬉しいのよ。


「どうやら決まったようだな。改めて自己紹介させてくれ。私は天野 凛あまの りん。三年生だ。姫宮君、失恋部へようこそ」


 差し出された部長の手を、あたしは握り返す。


 ここからあたしの新しい学園生活が……ちゃんと始まるのかしら?

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