浮気夫にパンチ!(2)
(あのスーパー、私に任せてくれたら、絶対今より良くなると思うんだけどな)
私──
(担当させてもらえるように、上司に掛け合ってみようかな)
そんなことを考えながら、地下の駐車場からスロープを上がる。
ここは自宅マンションのエントランス。
だだっ広いスペースの床は大理石。あちこちには装飾が施された柱──
ここだけ切り取って見てみると、まるで高級ホテルのようだ。
招いた友人や会社の同僚たちは、口を揃えて言う。
「凄いですね!」
「こんなところに住めて羨ましい!」
だが、このエントランスに立つたびに、ため息をついてしまうのだった。
(夫に説得されてこのタワマンを買っちゃったけど……無駄に豪華な内装に、広すぎるスペース──やっぱり失敗だったかな)
「桜さ〜ん」
背後から鼻にかかった甘えたような声。
振り向かなかくても、声の主が誰であるのかすぐにわかる。
このタワマンの住人、
「ワタシのインスタ、フォローしてくれたんですね!」
「ええ」
「ユア、とってもうれしいです!」
そう言って夢愛は長くて栗色の髪の毛を、派手にデコった付け爪の指で弄ぶのだった。
私は心の中で、苦虫を噛み潰していた。
(そりゃあ、顔を合わせるたびに「フォローお願いしますねぇ」なんて言われたら、やらないわけにはいかないでしょ)
私は29歳の社会人としての嗜みである「愛想笑い」を作った。そして同じマンションの住人てしてマナーである「社交辞令」を口にする。
「ユアちゃんのインスタ、いつも楽しみに拝見してるのよ」
「ありがとうございます! これからも素敵な画像を投稿して、たくさん『グッド』をもらえるよう頑張りますね!」
「私も応援するわ」
と、言ってはみたものの、もちろん内心で「勘弁してよ」と、うんざりした気分だった。
夢愛のインスタは、ドコソコのお店に行った、やれ美容院で髪の毛をカットして来た、といった取るに足らないものばかりだ。
それだけなら20代前半の女の子らしくて、微笑ましく見ていられる。
ところが、だ。
夢愛のインスタには、いかにも「たまたま映り込んだ」といった感じを演出しているようで、その実、あちこちにブランド物の腕時計や洋服、とても夢愛の年齢では買えないであろうと思われる宝石があしらわれた、高価なイヤリングなどがそこかしこに映り込んでいるのだった。
スマートフォン越しからでも、
《ワタシを見て! すごいでしょ!》
と、いった声が聞こえて来そうだ。
「桜さーん。それにしてもですよねぇ」
夢愛は私の隣までやって来ると、エレベーターの階数表示を見上げた。
「ここのエレベーター、いっつも来るの遅いですよね」
すると夢愛は「いけない!」と、舌を出す。
「こっちのエレベーター。低層階用のでしたね! ユアは最上階だから、あっちのエレベーターに行かなきゃだ」
わざとらしい!
私がここを購入して、1番後悔しているのはコレだ。
いわゆる「タワマンマウント」。
上の階に住んでいる方が偉い、という暗黙のルールは一体なんなのだろう?
いまだに意味不明の文化だ。
「じゃ、ユアは行きますね」
「じゃあね」
さっさと行け! そして2度と声をかけてくるな!
「桜さん」
不意に声をかけられて、慌てて笑顔を作る。
「ん? どうしたの? 夢愛ちゃん」
「今度の日曜日、楽しみにしてますね」
「へ?」
どういう意味かを問いただす前に、夢愛はやって来た高層階用のエレベーターに乗り込んでしまう。
ゆっくりとドアは閉まり、夢愛は行ってしまうのだった。
残された私は、茫然と立ち尽くすしかなかった。
「日曜日、楽しみにしてるって……?」
ドアが閉まる直前、夢愛はこちらに向けて意味ありげに頬を持ち上げていた。
背筋に悪寒が走る。
嫌な予感しかしない。
そしてこの予感は、見事に的中するのだった……。
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