第9話 招かれざる生徒はやってくる
隣にいる兼国蒼馬が、昨日からどことなく落ち着きがない。授業中も指を絡ませ、何度も時計をチラチラと目で追う。その度に、はぁ〜とため息を漏らしていた。
失態の朝霧の三限が終わるなり、蒼馬は廊下を出た。
トイレに行ったのかと思えば、すぐに教室へ戻ってくる。そして、俺の後ろでぐるぐると考え事でもするように歩き出した。
すごく気が散る。俺は、椅子を少し引いた。
「おいっ、どうしたんだよ」椅子の背に右手を置き問いかけると、蒼馬は微笑んだ。まるでかまってちゃんの犬である。
「聞きたいか?」端正な顔を近づけてきた。
「……癪に障るが、まぁ」
蒼馬に落ち着きが無いと、どうもクラスメイトも心配気な雰囲気になるから仕方なく頷く。
「実はな__」蒼馬は横向きで自分の椅子へ座る。机の中を触るなり、取り出した。
円球のプラスチック。上側は透明で、下側が赤色のカプセルだ。
やや大きめで、中身は何も無い。
「中身がこれだ」ズボンの左のポケットに手を突っ込んでは、四つ折りの紙を見せてきた。ポストカードほどの大きさだった。裏面から透けて見える。黒の細い線で描かれた薔薇が角に印字され、そこから上品な蔦が直角に伸びている。色はついていない。
蒼馬は、ズボンの右ポケットを上からぎこちなく触っていた。
「俺の周りはラブレターを貰う呪いがかかってんのか」
「……はっ? これはラブレターじゃないぞ。てか、周り?」
平泉からの視線を感じる。絶対、そっちを向かないぞ、俺は。
どうやら、ラブワードを感知する平泉のラブセンサーに引っかかったようだ。
不覚。気をつけなければ。
「いや、なんでも」蒼馬に先を促す。
「まぁいいや。これは、今日の昼休みに行われる生徒会主催の『部活動優先告知』に使われた小道具なんだ」
「なにそれ」
「昨日の朝に部活の長が生徒会室に好きなタイミングでこのカプセルを引きにいった。で、中身が__」
先程のポケットから取り出した紙の中身を開くと、『五』と印字されており、その右下には『生徒会』と赤字で書かれている。赤字はボールペンなどでなく、スタンプだ。おそらく生徒会用の横判で押したのだろう。
「一〜五の番号が振られた紙が入っているらしい。今日の昼休みに放送で呼ばれた番号の人は優先的に部活告知ができるんだ」
「なんで、昨日引いて、今日の昼の発表なんだ? 昨日の昼でも……」
「最初はそうだったんだ。だけど、昨日の朝にあった『カナリアの告発予告』で生徒会長が明日にしようって意見が通った」
おそらく、カナリアの一件に優先告知の話題が掻き消されると思ってのことだろう。
「だから、昨日もソワソワしてたのか」
蒼馬がキャプテンを務める陸上部は色々と試行錯誤するも、新入部員が集まらない、と聞いている。目の前の男はここに賭けている眸を宿していた。大事な転換点のようだ。
「まだ正式入部できない今がチャンスなんだ」
「なるほどな」
ウチの生徒会は色々な企画を作る物好きが多い。
「で、優先告知って?」先ほどの紙を眺めていた蒼馬に問いかける。
「あぁ。なんでも」蒼馬は教室左上の角にある薄型テレビを指差す。「昼休みにあのテレビで、紹介映像を流しても良いっていう権利がもらえるんだ」
「へぇ〜、そりゃ、告知効果高そうだな」
「だろっ!」小学生のような声を上げる。「だから、なにがなんでも呼ばれなきゃいけないんだ」
休み時間が終わった後の四限目も隣の住人はポケットに何度も手を突っ込んでいた。
願いが通じたのか、生徒会長から昼休みの放送で『五番』と発表された。
蒼馬と同じく部長であった生徒もウチのクラスには一人居たが、外れたようだ。
当の蒼馬は『しゃあぁぁああああああ』と運動部っぽいガッツポーズをして、そのまま放送室へと向かって行った。放送室で、優先告知のミーティングがあるらしい。
蒼馬を見送りながら、良かったな、と頬を緩ませる。
普段より静かな教室で俺は焼きそばパンを食べ始めた。半分食べた後、目線の高さまで焼きそばパンを持ち上げる。なぜ、これほどまでに焼きそばパンという食べ物は美味しいのか。食べかけの焼きそばパンを傾けながら、その難問に挑んでいた頃、小さな声が右耳から聞こえた。
「明智くん、たいへんです」
両肩が跳ねる。焼きそばパンを落とすも、机に落ちる前に掴んだ。あぶね。
「また……事件です」
顔をゆっくり動かす。幸のない顔があった。平泉氏だ。
俺は壊れたロボットのように顔を元へ戻し、焼きそばパンに齧り付く。
ウマイ。売店で買えなくなれば、発狂する自信がある。ここの焼きそばパンは別格なのだ。
「聞いてます?」
「聞いてない」
「聞いてるじゃないですか」
意外に平泉氏は頭がいいのかもしれない。
周りの生徒達をさりげなく見てみたが、俺たちの方に視線は向けられていない。
「どうしたんだ?」やむなく聞いてみる。大袈裟なことだったら、無視しよう。
「わたし、放送室で疑われてまして」
焼きそばパンを口に突っ込んで、飲み込む。放送室へ向かうことにした。
「ありがとうございます」俺の後ろを追ってくる平泉が小さく礼を言う。
俺の行動原理は、平泉のためではなかった。蒼馬があれほどまでに楽しみにしていたイベントが台無しになる光景を見たくなかったからだ。
口の字型の新校舎三階、右手の中央に放送室はあった。左隣には生徒会室もある。その通路の中央には旧校舎へと繋がる渡り廊下が東側に伸びていた。三十メートルはあるだろうか。
腰ほどまである銀色のバリケードが渡り廊下の入り口を塞いでいた。手前には看板がある。ヘルメットを被ったデフォルメ男性が右手を突き出しているのだ。『ダメ』との吹き出しもある。危ないらしい。
渡り廊下の床以外は半分まで塗り終えている。床は最後なのだろう、ブルーシートで埋め尽くされていた。釘やハンマー、ペンキが上に散乱しているも、全然渡れそうだ。もっとも、所々ブルーシートが盛り上がっている。釘や機材がブルーシートに隠れているのだろう。塗料も至る所に付着しているし。ヘルメットさんの言うとおり渡らないでおこう。
放送室のドアをやや大きめにノックしてから、入り込んだ。
まず、俺が見たのは、椅子に座る四人の学生だった。その内の二人は知った顔である。
放送室は意外にも大きな作りで、小学校の教室ほどの四角い部屋。その中央にはよくある刑事ドラマの面会室のような仕切りガラスがあり、左手には扉があった。向こう側には放送機器が全て揃い、防音室になっている様子。手前側は、正方形のテーブルがあり、四人がいる。
「栄助っ、なんでここに?」
当然その中にいた蒼馬が、椅子の向きをこちらへずらした。
「ちょっとな。ほらっ、平泉も入れよ」
今更だが、なぜ、平泉がここに居んだ?
顔を平泉へと向けると、普段より緊張した面持ち。極度の人見知りなのかもしれない。
体育館で俺に会った時は、ズカズカ喋ってきたのだが。大人数だとダメなのだろうか。
「君は一体誰だい?」メガネをかけた優等生っぽい三年生が口を開いた。かなりの細身だ。
「別に。どうぞ、お構いなく」
「お構いなくって君ね」
「まぁまぁ、
「今の様子を見る感じ、平泉さんのところの部員ってところでしょ?」あの一件で俺に多少なりとも恩を感じたのか、そうフォローしてくる。
見当違いの推理をしてくれて、ありがとなってか? あぁ、ムカつく。
メガネのブリッジをクイっと上げた錦戸は鼻息を漏らす。
「いや、俺は__」
斜め後ろにいる平泉が俺の袖をちょいちょいと引っ張ってきた。
「あっ、そうだった……部員というか、ゼミ生? です」
昨日、入らされたのをすっかり忘れていた。
平泉からぷんぷんとした視線を感じる。
「栄助いつの間に?」
「まぁ、深くは聞かないでくれ」蒼馬の驚きをいなす。
「平泉さん、大勢の場で話すのが苦手みたいだから、同じ活動メンバーのスポークスマンを代理人として認めてあげた方が公平だよね」
俺たちふたりを庇う清水の投げかけに、錦戸は『まぁそうだな』と腕を組んだ。
もし、昨日、『ひらいゼミ』に俺が入らなかったら、退室させられていたかもしれないな。
「はじめましてだから、自己紹介を。三年の演劇部部長、清水直哉。よろしく」
白々しいはじめましてをしやがって、こんにゃろ。それもぎこちなさを感じさせないナチュラルな自己紹介だ。余程演劇で鍛えているのだろう。
「……三年四組、錦戸
あともう一人の知らない少女が一番奥の椅子に座っていたので、目を向けると、片手をぶらぶらと揺らし始めた。
「はいは〜い。放送部三年の、
ゆったりとした語り口のゆるふわな女子だ。平泉よりも格段に色味が暗いダークブラウンのショートカットは顎の下で外巻にくるんとなっている。この、くるんは、寝癖として取り扱われ、校則上はオッケーということなのだろうか。化粧もしている。
「どうも、二年一組の明智栄助です」そう一応名乗り、平泉が座っていたであろう手前の席の、右隣の椅子へ座る。右側が蒼馬だ。平泉は俺の後ろで立ったままで、座ろうとしなかった。
「で、この平泉がなにか?」
「平泉ちゃんがここへ来るのは想定外だったんだよ」
「……?」要点が掴めなかったが、補足するように蒼馬は言葉を続けた。
「なにせ、ここへ呼ばれるのは、三、四人だって決まってたからな。京夏の部活動は全部で十九あるから、クジが一から五までの五で割ると、三、四人が集まるはずなんだ」
俺は座っている人たちを反時計回りで目視で数える。
くるん女子、高島。メガネ先輩、錦戸。天パの清水。右隣にいる蒼馬。四人だ。
そして俺は、後ろの正面のように背後にいた人物を指差す。
「五人…………平泉、悪いことは言わない、謝っとけ」
冗談でそう言ったのだが、平泉は取り乱す。
「ちっ、ちがいます。わたしはちゃんと__」
「大丈夫だよ、平泉さん」清水が平泉の慌てた様子に安心感のある声音で諭す。「平泉さんが最後に来たから、怪しく思ってしまっただけだから」
確かに、最初に来ていた四人にしてみれば、後からノコノコと顔を出した平泉をどうしても疑ってしまうのはやむを得ない、か。
「うんうん、みんな怪しい」くるん女子の高島が呑気にそう言った。
「ただ、平泉氏は、何をなされているのでしたっけ?」錦戸が問いかける。
他の四人のメンバーは、放送部、卓球部、演劇部、陸上部と、しっかりした部活動だ。
ひるがえって、平泉は__「ひらいゼミです」
俺がこの部屋へ入ってきた時のような凍りついた空気に戻ってしまう。笑顔を絶やさなかったくるん女子でさえも、『ははは』と頬を掻いていた。
「怪しいだろ、どう考えても。それより、ゼミってなんです。オカシイでしょ」
細身の体を捻るように足を組んだ錦戸がスポークスマンになった俺に向けて言い放つ。
俺は疑われてしまっているウチのゼミ長に近寄って、話しかけた。
「どういうことだ?」
「わたしは、普通に引いたんです。昨日の朝に生徒会室へ明智くんの入部……入ゼミ届を出した後に。三人以上居ないと正式に認められず、引けないみたいだったので」
「あぁ、だから昨日俺があれを書いた後、喜んでたのか……」
なるほど、よくわかったよ、という意味を込めて、頷く。
「だったら、五番が書かれた紙も引いてるんだろ? あと、カプセルも」
「はい。勿論です」
俺たちの声は流石にこの密室の部屋では聞こえているのか、後ろではザワザワとする声で溢れていた。平泉の話から、本来は十九人だった部活動がひらいゼミを入れて、二十組となった。彼らにとっては知らなかった出来事のため、騒ついたのだろう。
スカートのポケットから、蒼馬が持っていたのと同じく『五』と書かれた紙とピンクのカプセルが出てきた。俺はそれらを受け取り、全員へ見えるように掲げる。
「うそだろ」メガネより下を洗顔でもするように両手でゴシゴシしだした錦戸。
「あぁ〜、ガチっぽいね」
「みんなが持っている紙とカプセルを、机の上に__」
さっきまでは平泉が怪しかったが、今は五人全員が同じテーブルに揃っている。
ポケットから各々は取り出すと、彼らもまごうことなき生徒会の横判が押された紙に『五』と書かているのが出揃う。四隅に薔薇が黒い線で描かれ、その薔薇を繋ぐような蔦は全員同じだ。正真正銘、生徒会が許した紙を五人は出したのだ。
カプセルの色は、清水が青。高島がピンク。蒼馬が赤で、錦戸が黄色だった。
そこへ鈍い音が放送室にノイズのように響き、全員がビクッと肩を上げる。
開かれた扉の隙間から、昨日の朝に見た生徒会長が顔を出した。
「ごめんなさい、遅れたわ……」
だが、そこにいる人数の多さに気付いたのか、言葉が途切れる。
「会長。ここに呼ばれるのは、四人なんですよね?」
「えぇ。必ず、四人の筈よ__でもどうして、六人いるの?」
「俺は別として、五人いるんですよ」
その事実に、その場にいた七人が視線を彷徨わせた。この中に嘘つきがいることを示していたからだ。平然とこの場に居座っていることを暗示していたからだ。
平泉はその状況を案じてか、こう呟いた。
「招かれざる生徒が、いる……?」
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