第10話 メガネんは推理する。
生徒会長である
瀬戸は壁に付いたデジタル時計から全員へと視線を戻した。
「もう十二時二十五分、ね。みんなご飯は大丈夫? わたしは簡単に食べてきたのだけど」
その場にいた全員は頷く。蒼馬に関しては、ご飯を食べていない。おそらく自分が居ない間に、放送告知の特権が無くなる方向へ話が進まれたくないからだろう。
平泉は俺の左隣で肩を不安そうに内側へ寄せていた。
「じゃあ、話を進めるわね。最初に言っておくけれど、この紙は偽装ができないよう私が特注した紙を使ってるわ。みんな右隣の人に自分の紙を回してみて」
平泉は蒼馬へ『五』と書かれた紙を渡し、清水から紙を受け取る。
「その紙を持って、みんな一度、放送室から出て頂戴」
疑問符を全員が浮かべるも、瀬戸が重い扉を開くので、続く。廊下は別館が渡れないこともあってだろう誰も居なかった。
まだなんのことだか、サッパリだが、瀬戸は蒼馬へ手を伸ばす。白く透き通った手だ。蒼馬は察してか、紙を渡した。
その紙を受け取った瀬戸は近くの窓まで近づくなり、鍵を開け、開く。紙を掴んだ手を外へと出した。突飛すぎる行動に思わず、蒼馬が顔を突き出すように近づくも、彼女は『待って』と呟く。
暫くそんな彼女を黙って見ていると、『よし』と頷き、俺たちへ紙を見せる。
「えっ?」
その変わりように、各々は手元の紙と生徒会長の紙とを見比べる。
あの四隅にあった薔薇がまるで塗り絵でもしたかのように桃色になっているのだ。蔦も緑色になっており、まるで芸術作品かのようだ。
「フォトクロミック」
全員の視線を一言で集めた生徒会長は、特に何も言わず、左手を窓へ優雅に添えた。
その動作を皮切りに、やってもらった蒼馬以外が窓から手を伸ばす。
「このフォトクロミック加工された紙は特注でね。あまり市場には出回ってないわ。だからこそ、自分で複製することは不可能。ましてや、印刷でのコピーもできない。偽造したのであれば、色が出てこないはず。その人が招かれざる生徒よ」
全員がその話を聞いている間に、できたのか、全員が円を描くように見せ合う。色の鮮やかさに違いはあれど、ピンク色の薔薇と蔦にも色が付いている。太陽の照らし具合によるのだろう。身長が低く、腕が短い平泉の色は薄かった。
「じゃあ、どういうことだよ」これで誰が偽物か分かると期待していた蒼馬は悔しそうに頭をぽりぽりと掻き始めた。その様子が俺の胸に微かな騒めきを齎す。
「生徒会長、間違いなく四人なんですよね?」
「えぇ。生徒会のみんなの前で二十枚に横判を押したから、間違いないわ。疑うようだったら、誰でもいいから聞いてみて。そう証言してくれる筈よ」
その言葉を聞き、メガネのツルを右の人差し指で上げた錦戸が声を張る。
「僕は怪しんでますよ。そこの『ひらいゼミ』と名乗る怪しい団体をね」
「確かに怪しいですね。俺も一昨日急に勧誘されたし、うん、全くだ」
俺は錦戸の隣へ移動し、うんうんと首を振る。
「……君もだよ」錦戸は俺から距離をとった。「後から来るなんて怪しいじゃないか。番号を聞いて色々と工作していたから時間が掛かったんじゃないか? それを受け取るために平泉氏がこの放送室から飛び出し、工作した紙を受け取る」
なんと、冗談ではなく本気で疑っているようだ。
「だとしても〜番号が『五』だと放送で聞いて数分で工作する、なんて出来ないんじゃないっ? メガネん」顎のラインを沿うように人差し指を当て、顔を傾けた高島。
平泉はその反論を聞き、張り詰めていた肩を落とす。嬉しそうに高島を眺めている。
「メガネん……?」
どこかで似たようなリアクションを最近見た気もするが、メガネんはそれに反論はできないようだ。瀬戸千代もその意見については、『そうね』と同意する。
「数字が書かれていないフリー用紙は無いから、五番を印字する工作も不可能」
錦戸はすかさず、『裏を返せば』と割り込む。
「数字の書かれた用紙はあるってことだろ? 瀬戸」
「えぇ。生徒会のゴム印が奇麗に押せれなかった時用に持ってきてて、実際、文字が掠れたから何枚かは使ったわ。ただ、昨日全て持って帰ったから、今生徒会室に行っても無いわよ」
番号を聞いてから、何か工作することはできないと考えた方がいいだろう。
「あの〜、一ついいです生徒会長?」
メガネんが平泉と俺から距離を取るのを眺めながら挙手する。
「なに?」
「昨日の朝について教えて欲しいんです。蒼馬の話によると、始業のチャイムが鳴る五分前の八時三十五分までに、各々の部長らはカプセルを引きに来たんですよね?」
「えぇ。私が七時半に来て二十人に生徒会室で引いてもらったの。あいにく副会長が風邪で休んでるから私一人で待ってたわ。誰が何時に来たかも一応記録として残してるわ」スマホを取り出しスクロールやタップを何度かし、画面を見せてきた。
どうやらこの一件で面倒ごとが起きないようにと、スマホでメモをしていたようだ。
この場にいる人の引いた時刻は以下のとおりだった。
七時三十分に兼国蒼馬。七時三十六分に清水直哉。七時五十二分に高島紗枝。八時十分に錦戸駿。八時二十三分に平泉理沙。
「蒼馬、早いな」
「まぁ、朝練があったからな。後に来て、引けなくなったらヤダし」
「僕も同じだよ。本番が近いから、朝練」と、清水。
「来週でしたよね?」
「うん、時間があったら来てよ」
清水と蒼馬が話している中、俺へ鋭い視線を錦戸が向けてきた。
「おい、言わないのかねスポークスマン。自分のところの引く時間が遅かった理由を」
妙にこの錦戸は突っかかってくるな。対抗するように俺は言葉をすぐさま返す。
「平泉がその時間なのは、来るのがいつもその時間帯だからです。な?」
隣にいた平泉へ顔を向けると、若干頬を赤らめている。モジモジしだした。なんだろう。
「へ〜〜、登校する時間を知ってるくらい仲良しさんなんだね〜理沙ちゃんと明智くんは」
目元を綻ばせた高島を見て、ハッとする。
「そうなのか、知らなかったぞ」蒼馬は意外そうに頷いている。
「いや、別に仲良くなんて__それよりも、生徒会長は俺の届け出をもって正式な組織と認め、引く資格があるとして平泉にも引いて貰ったんですよね?」
「えぇ。二日前の朝に飛び込みエントリーしてきた際に、後一人の部員が必要ってことを伝えたのよ。まさか、ギリギリに明智さんの届出を出してくるとは思わなかったけど」
平泉はペコペコと頭を下げる。「同じ日でいいのだと思ってました」
「立ったまま話すのもあれだし放送室で」との清水の提案に同意して、放送室に戻った。
時刻は、十二時三十五分。
「そもそも、どうやって、会長は五番を選んだの?」
素朴な疑問を清水が投げかける。俺も気になってたところだ。この男、案外気が利く。そんなところが彼女のいる理由なのかもしれない。
「それは、高島さんも知ってるけれど、ここで決めたのよ」
「ん? ここで?」
放送室で決めたのか。それも今の話から察するに高島も決めた瞬間には一緒にいた。
「貴方達と同じように一から五が入ったカプセルを引いてね」
「うん、間違い無いよ〜。放送室の入り口は誰でも入れるけど、あっちの実際に放送する場所は鍵があって放送部長と先生しか使えないから」昼休みに生徒会長が放送で『五番』と伝えていたっけ。「放送するついでにあたしが証明してくれ〜って、瀬戸ちゃんに頼まれてね」
ようやく輪郭がクッキリしてきた。
「その引いた箱はどこに?」
俺が問うと、放送現場の方から箱を持ってきては全部の中身を取り出す。当然、一から四がしっかり入っている。もっとも、五人が持っていた紙とは違い、生徒会の横判は押されていない。また、箱の中を覗けないように黒の生地が取り出し口から中間ほどまで伸びていた。
「これが私の引いた五番よ」ポケットから取り出したのは、同じく薔薇と蔦がデザインされた五番だ。こっそり太陽に照らしたようで色が浮き出ている。横判は押されていない。
「引く前に一から五番をすべて高島さんに確認してから入れた。誰かが工作する隙はなかったわ。だから、五番を引いたのは偶然よ」
「皆さんは、生徒会室でこれと同じ箱から引いたんですか?」
俺の問いに錦戸以外が頷くと、その場に再度沈黙が訪れた。
なぜ、五人になったのか、分からない様子__だった。
「いや、犯人は今ので分かったさ」
その発言に空気の膜が電気を帯びたような緊張が走る。
自信満々な笑みを浮かべた錦戸がメガネをクイっと上げた。キランと、照明でメガネが輝く。
視線が俺と平泉に向けられているので、また疑われるんだろうな、とため息をつこうとしたが、彼が指差したのはあろうことか、生徒会長の瀬戸千代だった。
「君が犯人だ、瀬戸」
結論だけを言う中、俺はなんとなくメガネんの推理がわかった。
「私? どういう意味?」
「はは、演技の稽古を清水に付けてもらうんだな」乾いた冗談で笑いつつ、続けた。「まず君は、自分が犯人だと自分で言ったんだよ。『この紙は偽装ができないように私が特注した紙を使ってる』ってさ。だとしたら、瀬戸以外にあり得ないんだよ」
紙を複製できないのだとすれば、こんな事態が起こる筈がないという論理だろう。
「……仮に、私がこれをやったとして、私にどんなメリットがあるの?」
錦戸は待ってましたと言わんばかりに口角を上げた。顔を顰めた瀬戸に容赦なく答える。
「昨日昇降口で張り出された『カナリアが鳴き止んだ頃に』という下衆な告発予告に対抗するためだよ」
予想外の推理に俺と瀬戸以外が『えっ』と声を出した。高島に至っては、右手で口許を抑えていた。蒼馬と清水も口をぽっかりと開けている。平泉は『どういう意味でしょう』と口遊み、理由が気になっているようだ。
「要するに瀬戸は、この『部活動優先告知』の話題が掻き消されたので、その話題を再燃させるためにこのようなことをしたんだ」
黙っている瀬戸は、考え込むように鼻下へ人差し指の第二関節を当てていた。
「錦戸、動機の部分はまだ釈然としないけど、どうやって五番が五人になったんだい?」
「平泉氏が引く前に残っていた番号を見て、それ以外の別の数字をカプセルに入れ込めば、五人になる。平泉氏は最後だからその番号を引くしかなくなる。五番じゃなくてもなんでも良かったんだよ。たまたま、平泉氏の引く前に残っていた番号が五番以外だったってだけさ」
事前に生徒会長が、五、四、四、三の枚数でやる手もある。しかしそれでは『部活動優先告知』が例の告発予告によって話題が毀損される前だ。動機の点でその可能性は無いとして、説明を省いたのだろう。
俺は平泉へ顔を向ける。
「平泉、あの告発予告を見た後に、生徒会室に行ったのか?」
「はい。ト……お手洗いをしてから、生徒会室で入ゼミ届を出して、カプセルを引きました」
「おそらく、平泉氏が来る前から意思を固めていたのだろう。平泉氏が来る前に箱に入っている番号を確認し、五番が入ったカプセルと入れ替えた」
蒼馬はその推理を聞き、『なるほど』と唸っている。やや強引ではあるが、面白い見解だとは思う。そこで俺は主導権が自分になって満足そうな錦戸に質問する。
「その後どうやって、五番の入ったカプセルを生徒会長は選べたんですか?」
「あっ、そうだよ〜そうだよ〜。理沙ちゃんを含めた五人に五番を引かせたとしても〜、この放送室で五番を引く時はあたしも見てたから、ムリだよ〜〜」
おっとりした口調の高島が瀬戸の犯行を否定する。女の子を守る精神が強い子のようだ。
一から五までのランダムなカプセルをどうやって五だと、見分けれたか。
俺は錦戸の推理に興味津々だった。
「それなら簡単だよ」メガネのツルを持ってメガネを取るなり、黒のセリートでレンズを拭く。探偵役なのが余程楽しいのか、その余韻を噛み締めているように焦ったい。
メガネを掛け直した。
「カプセルを五番だけ、緩ませておくんですよ」
「……」一同がハッと、息を止めた。カプセルならではの、トリック。然も、案外気づきそうで、気づかない。番号のイカサマではなく、カプセルのイカサマだからだ。
「番号が一から五までを一つずつ高島と、確認したのかもしれないが、カプセルを閉めたのは誰です?」
視線を高島へと向けると、彼女はポツリと呟く。「……瀬戸ちゃん」と。
「ありがとう。カプセルを引く際に、緩いカプセルを手で確認したのだろう。もう、確定でしょうが、補足しておく。瀬戸が昨日の昼から今日の昼に時間を変えたのは、この策を実行するか迷ったからだ。数字の五以外を引けば、特に問題なくこのイベントを進めることができる。だが、一日悩んだ末に実行した。__QED」
錦戸が腕組みをすると共に沈黙が訪れる。
生徒会長はその論理を再考している様子だ。
「瀬戸会長、ホントなんです?」
蒼馬が痺れを切らして、問いかける。だが、彼女は何も答えない。
俺は、視線を時計に向けると、十二時四十五分。昼休み終了まであと、二十五分。
平泉の疑惑は失せ、生徒会長にその疑惑が向いたのでスポークスマンとしての役割は全うした。だが、このまま進めば、蒼馬の優先告知の権利が危ぶまれる。
俺は平泉へ再度目線を送ると、重なった。
目で語りかける。
『ひらいゼミに新メンバーなんていらないだろ。辞退しないか?』
『嫌です。友達いっぱい作りたいです』そう目で答えてきた。
まさかそんな理由で飛び入り参加したのか。
友達百人できるかな、を高校生でもやっているのかもしれない。
耳の上辺りをぽりぽりと掻きつつ、俺は錦戸の推理に反論を開始した。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます