二人で
ふたたび、焦燥が噴き出した。ヒメナは突き動かされ、手足に力を込める。
すると──動いた。さきほどまでは言うことを聞かなかった身体が言うことを聞いたのだ。立ち上がれる。剣が握れる。
ヒメナは駆け出した。そして、イメルダとレティシアの横で止まる。
肘を曲げ、肩を後ろに引きながら、ヒメナは剣を振り上げた。その剣は、イメルダの剣を弾く。
「……っ⁉」
レティシアとイメルダが、同時に目を剥いた。
ヒメナは止まらない。今度はイメルダの剣ではなく、イメルダ自身を狙い、斬りかかっていった。回避は間に合わないと見たのか、イメルダはレティシアの身動きを封じている蛇を呼び戻す。その蛇に、ヒメナの身体を縛らせようとしてきた。
蛇の動きに気付いたヒメナは、軽い跳躍でやり過ごす。しかし、その動作を挟んだせいで剣筋が鈍ってしまった。剣は当たらず、空振る。
イメルダは、この隙に距離を取った。蛇もイメルダの元へ戻っていく。
「……読み違えていたな」
イメルダは低い声で言い、見つめてきた。
「お前はとっくに戦意喪失したものだと思い、眼中から消していたが」
「……確かに、さきほどまではそうでした」
ヒメナは揺れる視線を固定して、イメルダを見返す。
「わたしにとって、母様はすべてでした。母様に逆らうことなどできなかった。しかし、思い出したんです」
握った拳を、ヒメナは胸に当てた。イメルダは細めた瞳で、その動きを追う。
「私には、みなを幸せにするため、騎士になりたいという思いがあったんです。その思いは、まだ残っていた。わたしの中に、わたしはあったんです。この思いがあるのなら、生きていける。戦うことだってできる。わたしは、母様に立ち向かえるっ……!」
ヒメナは剣を一度だけ薙いでから、その切っ先をイメルダに向けた。
イメルダは間を置いて、煩わしげに舌打ちする。
「なんにせよ、不愉快だ。アンヘルを殺してから、と思っていたが……いいだろう。二人まとめて息の根を止めてやる!」
叫んでから、イメルダは睨んできた。
ヒメナは萎縮してしまう。やはり、イメルダへの恐怖心を拭いきれたわけではなさそうだ。
肩がわずかに震え出す。その肩に、手が置かれた。レティシアだ。
「考え方一つで怖いもの克服できたら苦労しないっしょ。やっぱ、まだ怖いよね。それでも、立ち向かおうとするヒメナちゃんはすごいよ。そのヒメナちゃんは、あたしが支える。だからさ、あたしはヒメナちゃんが支えて。二人で一緒に、シブチョーに勝と」
見つめてくるレティシアを、ヒメナは丸くした瞳で見返した。すこしして、その瞳に力強い光を灯す。
「あぁ……」
ヒメナは頷く。
「二人で勝とう。二人で生きて帰るんだ」
レティシアと横並びで立ち、ヒメナは身構えた。
水路のチョロチョロという音をしばし聞いてから、二人は地面を蹴る。そののち、イメルダへ猛然と迫っていった。
ヒメナとレティシアを目で捉えながら、イメルダは剣を宙に放る。その剣はイメルダの魔術で四振りに分身し、飛んできた。二振りはヒメナへ、もう二振りはレティシアへ向かう。ヒメナは二振りを弾いてから、併走するレティシアを一瞥した。
「アンヘル、すべて頼めるか⁉」
「しんどいけど、できなくはない……よっ!」
レティシアは跳躍し、ヒメナの傍らに寄る。それから、ヒメナが相手していた剣二振りもまとめて捌いていった。
「任せた!」
ヒメナは間隙を縫うようにして、突貫。イメルダの眼前で踏み込み、剣を水平に振るおうとする。
イメルダは平静を保っていた。レティシアにやったときと同じだ。蛇を巻き付かせた腕を掲げ、身を守ろうとする。
しかし、それは読んでいた。斬りかかろうとしたのはフェイク。ヒメナは踊るように身を翻し、イメルダの背後に回り込んだ。
イメルダは目を開き、ヒメナは口角を上げる。これで挟撃する形が作れた。
「行きます!」
ここからは刺突の構えに切り替え、イメルダの脚を狙うように攻める。
あの蛇が発揮する硬さは尋常ではない。ほとんどの武器は弾かれてしまうだろう。しかし、蛇はお世辞にも盾として扱いやすい形状をしているとは言えない。だからこそ、腕に巻き付けているのだ。その形が崩せないとしたら、腕が届ききらない脚を狙うのが有効なはず。
その読みは、どうやら正しかったらしい。イメルダは、ヒメナの刺突を苦しげに躱していった。レティシアを襲う四振りの剣の操作は疎かになっていく。
レティシアは四振りの剣を打ち払い、駆け出した。イメルダに肉薄し、剣を振り上げる。
「図に乗るなっ!」
イメルダは目を吊り上げながら、左腕を掲げた。その袖からはもう一匹、赤い縞模様を持つ蛇が出てくる。
その蛇はイメルダの左腕に巻きつき、レティシアに向かって口を開けた。焦げるような臭いがふいに鼻を突いたことから、ヒメナは次に何が起こるかを察知する。
「伏せろ、水に潜れ!」
その指示に、レティシアはすぐ従う。飛び込むようにして、足元を流れる水に潜った。
次の瞬間、蛇は灼熱の炎を吐く。炎は、レティシアがさきほどまで立っていた空間を焼き尽くした。離れたヒメナも焦がされるような熱さを味わう。ゴオォという音が鳴り止んだのち、レティシアは水から顔を出した。
「ヤバヤバ! いまの何⁉」
呆気に取られていたレティシアに、ヒメナは注意を促す。
「後ろだ!」
四振りの剣が、レティシアの背中に迫っていた。
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