決死の戦い
レティシアははっとして、振り返る。それから、飛来する剣すべてをいなしていった。そのさまを不安げに眺めるヒメナに、イメルダが左腕を向けてくる。
イメルダの左腕に巻き付く蛇は、口内で火花を散らせていた。炎が吐かれるか。
「くっ……」
ヒメナは、とっさにその軌道から外れようとした。
だが直後に、やり返されてしまったことに気付く。
蛇は、炎を吐いてこない。
ヒメナが困惑している隙に、イメルダは跳躍。ヒメナの背後へと着地した。
どうやら狙いは、ヒメナを炎で焼き殺すことではなかったらしい。ヒメナとレティシアに挟撃される形を解くことだったのだ。
「……行け」
イメルダは、二体の蛇を腕から解放した。蛇二匹は巨大化を遂げ、ヒメナとレティシアに襲いかかっていく。ヒメナが火炎を吐く大蛇と、レティシアが表皮を硬質化できる大蛇と相対する形となった。
火炎放射の軌道線上に入らないよう、ヒメナは注意を払いながら立ち回っていく。レティシアは、硬質化した大蛇による連続の頭突きを避けている。二人は守り通しとなり、どんどんと後方に追いやられていった。
そのなかで、レティシアがふいに叫ぶ。
「ヒメナちゃん!」
「アンヘル……?」
「あたしに、そっちやらせてくんないっ……⁉」
ヒメナは怪訝な表情をする。何か考えがあるのか。分からないが、ここは託してみよう。
「分かった、任せる!」
直後、ヒメナとレティシアはスイッチ。二人は交差するように横に跳び、もう一方の蛇と対峙した。
ヒメナは剣で大蛇の頭突きをいなしながら、横を一瞥する。レティシアが、どんな策を立てたのかを知ろうとしたのだ。
レティシアの姿をふたたび捉える。その瞬間、ヒメナは目を疑ってしまった。
「なっ……」
彼女は炎の軌道線上に立ったまま、動かずにいたのだ。これでは格好の的。炎に吞まれ、焼け死んでしまう。
ヒメナは焦りに駆られた。だが、注意を促すなどはしない。レティシアもきっと無策ではない。ここは信じることにしたのだ。
大蛇が、レティシアに向けた口をかぱっと開く。口内でぱちぱちと火花が散った、そのときだった。
「──いまっ!」
レティシアは身を低くし、大蛇の眼下に滑り込む。そして、大蛇の下顎に向かって短剣を投擲した。
短剣は命中。下顎だけでなく上顎も貫き、大蛇は口を串刺し状態で閉じられた。大蛇が放とうとした炎は口に留まり、そのまま喉の奥に戻って、体内を焼き尽くす。
大蛇は悲鳴を上げ、ぐりんと身体を捻りながら倒れた。
レティシアはすかさず顎から短剣を抜き、ヒメナが対峙する大蛇へ投擲。死角からの一撃だったか、表皮の硬質化はなされず、短剣は突き刺さる。こちらの蛇もうるさい悲鳴を響かせた。
瞬間、隙が生まれる。ヒメナは、その隙を見逃さなかった。下から払い上げるようにして、剣を振る。そして、表皮を硬質化できる蛇の首を斬り落とした。
一息はつかない。イメルダが立つ方向へすぐさま足を向け、ヒメナとレティシアは走った。
イメルダは、宙に浮いていた剣をふたたび二振りずつ飛ばしてきた。だが早くに蛇が二体とも倒された動揺があったのか、軌道がわずかに逸れている。
レティシアは、軽く身を捻っただけで回避。イメルダの眼前で大きく踏み込み、片手半剣を薙いだ。
イメルダはかろうじて躱す。しかし、二振りの剣を遅れて払いのけたヒメナが脇から迫っていた。ヒメナは、すでに剣を振りかぶっている。今度は避けきれない。
ヒメナの剣は、イメルダの脇腹を斬った。擦った程度だったため、少量ではあったが、血が飛び散る。
イメルダは口元を歪ませた。
「畳みかけるぞ!」
ヒメナは叫んだのち、レティシアとともにもう一歩踏み出す。すると、イメルダは後方に黒い靄を展開させた。転移魔術だ。逃げられる前に仕留めたい。
しかし、間に合わなかった。イメルダは黒い靄の中に消える。そして二人の後方に靄をふたたび現出させ、そこから姿を現した。
「……自覚したよ」
斬られた脇腹を押さえながら、イメルダは掠れた声を出す。
「そのつもりはなかったが、新米騎士という点でどこか侮っていたところはあったようだ。それが、この傷を生んだ。ならば、お前たちを見下げるのはやめよう。ここからは全身全霊で向かう。お前たちを殺し、人狼事件の真実を闇に葬り去る。計画を成功させ、ふたたび大陸に悪夢を呼ぶ。そして──」
俯きながら、イメルダは手で髪を掻き集めた。そして、強く握る。
「名声を、権威を、取り戻す。ガルメンディアを、私の代で落魄させるわけにはいかない。もう誰も失望させたくない……父様のあんな顔は、もう二度と見たくないんだっ……!」
イメルダの目蓋には、涙が滲んでいた。ヒメナは、その光景に目を見張る。
「だからっ!」
叫び、イメルダは右眼に手を押し当てた。
手はやがて離される。そして露わになった右眼は、黒目部分が血のような不気味さを感じる赤に、白目部分が烏のような不吉さを感じる黒に変わっていた。あの右眼はなんだ。魔術が何かしら行使されたことは間違いない。だが、それはどのような魔術か。
分かりやすく何かが起きることはなかった。剣も宙で操ったり、分身させたりはしない。そのままの形でただ携えながら、イメルダは駆けてくる。
ヒメナは警戒し、身構えた。どの角度から斬りかかってきても対応しやすいよう、剣を斜めに傾ける。するとヒメナがそうする手を正確に捉えて、イメルダは剣を振り下ろしてきた。
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