ソード・レイン ～万年銅級の下級最弱（ビリディス）～

二十四本目 魔剣域の支配者

「くッ……！！」

　主（テラス）の槍を、身体強化と、長年培った技術を用いて何とか受け流す。

「オォッ！！」

　衝撃に痺れる全身を無理やり動かし跳躍。――主（テラス）の心臓めがけて突進する。

『ギイイィ！！』

　しかし、直前で槍の穂先が俺の眼前に迫り——首を捻りながら剣で防御し事なきを得る。だが、そのまま地面に落下する。

　何とか着地には成功するが、

「おっとッ………！！」

　すぐに頭上から槍が振り下ろされて、俺は真横に飛んでその穂先を回避する。

「突き刺せ——『雷槍（ボルテクス）』！！」

　俺が回避で隙だらけのタイミングで、キイラは雷槍を発動。直撃した電撃が、内部から主（テラス）を焼くが……

「威力が足りない……！」

　キイラの電撃は、主（テラス）を貫通することはない。――だが、主（テラス）は鬱陶しいのか、狙いをキイラへ移す。

「お前の相手はこっちだ……！！」

　その隙に、俺は跳躍からの一閃で、主（テラス）の背中から蛇のような下半身まで斬りつける。

———これは……！？

　が、その皮膚は柔らかさと硬さが共存した……柔軟性に富んだ質感で、うまく切断することが出来ない。

「くッ……！！」

『ギィッ！！』

　刹那――しなる尾が迫った。

「しまっ————」

　次の瞬間、高速で迫った尾は、剣の柄を巻き込んで俺の腹部に直撃。

「ガッ……！？」

　瞬時に息を全て吐き出さされて、同時に鉄のニオイが口内に広がり——吐血する。

「先輩！！」

　盾を砕いた一撃が、モロに入り……ブッ飛ばされた先にあった岩に放射状の亀裂を作る。

「っ……」

　息が出来ない、痛い、苦しい、吐き気がする、目の前がチカチカする、痛い、痛い痛い——

　止まることのない苦悶を伝える思考が脳内に木霊しては、脳みそがその思考へ反応することも出来ず呻く。

　だが、これはある意味、運が良かった。――――俺の身体とアイツの尻尾、その間に『剣』が挟まり、幾分か衝撃が和らいだのだ。

　じゃなかったら、即死だった可能性がある。

「う……ぁ……ぁぁ……！！」

　明滅する視界の端で、主（テラス）が迫るのが見える。――だというのに、身体は言うことを効かない。

———不味い……！

　みっともなく血反吐を吐きながら、必死で主（テラス）を見上げることしかできない。

　そんな時——

「突（・）き（・）抜（・）け（・）ろ（・）——

　小雷連打（ブレッドボルグ）ッ！！」

　無（・）数（・）の（・）ナ（・）イ（・）フ（・）の（・）ような雷槍が、主（テラス）へ殺到した。

「うおァァァァァァァァァァァァァ！！！」

　キイラの三つ目の魔法。それは手数重視の魔法。

　一つ一つの威力は小さい。しかし、雷槍と違いこの魔法は、尋常じゃない数の雷槍が敵を貫く。

『ギッ……！！』

　最初はさして効いても居なかった雷槍も、十、二十、六十、百、二百と重なれば話は違う。

　幾万の雨だれが岩を穿つように。

『ギッイイイイイイィィィィイィィィッ！！』

　しかし、『死ぬかもしれない』攻撃を受け続ける主（テラス）ではない。

　奴の中で一番リーチの長い尻尾を再び薙ぎ払う。

「ッ！！！」

　主（テラス）の攻撃に、何とか気が付いたキイラは、直前で後方へ跳ぶが——

「ぐッ……！！」

　左腕の付け根に攻撃が掠り——腕があらぬ方へ折（・）れ（・）曲（・）が（・）る（・）。

「がァァァァァァァァッ！？」

「キイラ……！！」

　悲鳴を響かせ、キイラはゴロゴロと地面を転がる。

『ギィィィィ……』

　うなり声をあげる主（テラス）。

　同時に、遠くに見える火山が噴火を始める。

「ぅぅぅぅぅ……！！」

　明らかに骨がグチャグチャになっている折れ方だ。――激痛で動くことはできないだろう。

　主（テラス）もそれがわかっているのか、蛇の下半身をうねらせ——一直線にキイラに向かっていく。

「クッソ……！！」

　脳裏に浮かぶ親友が笑っている。

　自分だって叶えたかった夢があったはずの親友が、俺のために命を投げうって……笑っている。

———…………ダメだ！！　もう、二度と……絶対に……！！

　焦燥に焼き焦がされる腹の奥と、早鐘を打つ心臓に鼓舞され——大地に手をついて、膝を立てる。剣を握る。

「いか——せる……かァッ！！」

　そして咆哮。大量の血を吐き出しながら——真っすぐ走り出した。

　ありとあらゆる痛みを無視して走る。鮮血をまき散らして走る。走る走る。

「ッ———だァッ！！！！！」

『ギッ！？』

　そして、主（テラス）の首に飛びつき、六本の内の一本の首を締め上げて進行を妨げる。

『ギィィィィ！！』

「ハッ！！　放すわけないだろォがッ！！」

　滅茶苦茶に暴れ回る主（テラス）。だが、決して放すことはない。

「大人しくしやがれッ！！」

『ギィァァァァァァァァァッ！！』

　持っていた剣を目に突き刺すと、耳をつんざく大音響と共に、主（テラス）の暴走は苛烈さを増す。

———クソ……、うまく力が入らなかったっ……！！

　逆手に持った剣を突き刺したはいいものの、うまく力が入らず、致命傷まで至らなかった。

　故に、もう一度剣の柄に手を伸ばそうとするが……

『ギィッ！！　ギィァ！！　ギィィィィィィッ！！』

　他の頭が、強烈な頭突きをぶつけてくるせいで、まともに手を伸ばすことも叶わない。

　そして――無情にも剣は乾いた音を立てて地面へ落下した。

「クソ……！！」

　その時——

「先輩！！」

　暴れ回る主（テラス）にしがみつく俺に、正確に短剣が飛来する。

「っ！！」

　それを何とかキャッチし、投げられた方向へ視線を向けると……

「先輩……！！」

　痛みに必死に耐えるキイラが、投げた後の態勢で叫んでいた。

　その瞳は、訴えていた。――避（・）雷（・）針（・）を（・）立（・）て（・）ろ（・）と（・）。

「はッ……頼りになる後輩だッ！！」

　投擲の訓練は無駄ではなかったみたいだ。――俺は主（テラス）の首筋に逆手に持った短剣をぶっ刺す。

『ギッ……！？』

　耳障りな悲鳴が響くが——これ以上、あの強烈な頭突きを喰らいたくない俺は、早々に主（テラス）の首から離脱する。

「そら、お望み通りに開放してやったぞ？」

　口元を血で汚しながら、空中で思いっきり笑ってやる。

「キイラぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁッ！！」

　呼ぶのは、後輩の名。

　この後の展開はわかっている。――だから耳を塞ぎ目を瞑るのだ。

「撃ち砕け——『雷（ボルグブレイク）』ッッッ！！」

『————』

　やってくるのは、火山地帯に巨大な剣のように突き刺さる大雷轟。

　以前、オークに襲われる直前に見た雷鳴には驚かされた。

　だが、今は違う。――俺にとって目の前の稲妻は、確かに勝利の雷（いかづち）だった。

『ギッ……イ……——」

　そうして、先ほどの魔法とは文字通り桁違いな威力を誇るキイラの雷（かみなり）に撃ち砕かれた主（テラス）は、そのまま巨体を地面に堕とした。

「でッ……！！」

　耳を塞いだ状態で地面に落下した俺は、背中を思い切り強打して地面にうずくまる。

「先輩……、やりましたね……！」

　すぐに折れた腕を庇うキイラがやってきたので、俺は態勢を大の字に変えながら立っているキイラを見上げた。

「あぁ……最後、ファインプレーだったぜ……」

「ハハッ……偶然ですよ……投擲訓練始めたの最近なんですから……」

「はっ……じゃあ俺達がツイてるんだな」

「ですね……」

　脳内を支配していた興奮が冷め、全身に痛みが戻っている。

　だが、主（テラス）を倒した今、こうしてはいられない。

「ぐッ……ってェ……」

「先輩！　肩貸しましょうか？」

「互いに怪我してんだから借りられねーよ馬鹿……」

　一刻も早く移動し続けている入り口を見つけて脱出しなければ、主（テラス）を失ったこの魔剣域（ダンジョン）は崩壊する。

　――そう思い、移動しようとして、俺は違（・）和（・）感（・）を（・）覚（・）え（・）た（・）。

　まず前提として、俺は魔剣域（ダンジョン）に入ったことがないから、そこまで魔剣域（ダンジョン）に詳しくはない。

　その上で考える。

　————崩（・）壊（・）し（・）な（・）い（・）……？

「……キイラ！？」

　殺気を感じて、俺はキイラを突き飛ばす。

「ぁ……」

　刹那、飛んできた主（テラス）の槍が俺の肩口にぶっ刺さる。

「先輩！？」

　血が噴水のように噴き出す中、俺は見た。

　主（テラス）の死骸の中から、何（・）か（・）が（・）這い出てくるのを。