二十三本目 弱者の覚悟と強者の始動

 テラス


 それは、魔剣域ダンジョンを形作る、強大な力を持った魔物。


 『なぜ魔物が異空間を作れるのか』などと言った数多の謎が、冒険者のみならず、この世界に生きる者達の間でよく話題に上がるが、その真実は、未だに解き明かされない。


 確かなのは……テラスは、ということ。



 まず目に着いたのは、その頭部。


 長い舌を持ち、爬虫類のような瞳をした人間の頭部が、


 上半身は人間のように二本腕。――両方の腕に槍を構えている。


 下半身は例えるならば『蛇』。黄色と黒の縞模様が、無意識のうちに警戒心を掻き立てる。


 全長は六メートルはあるだろうか。――蛇のような下半身を合わせればもっとある。


「ッ……!!」


 オレは直感した。



 目の前の異形こそ、テラスであると。



「キイラ、逃げ——」


 すぐに撤退の判断を下そうとして――できなかった。


「ガっ——!?」


 人間の胴体程ある蛇の尾が、鞭のように飛んできたからだ。


 不幸中の幸いか、尾は俺の盾に直撃し……幾分かダメージを分散してくれた。


 だが、衝撃を完全に防ぐことは出来ず、まるで蹴り出されたボールのようにオレは吹っ飛び、後方にあった岩に、身体をぶつけてしまう。


「~~ッッ!!」


 同時に、人外の膂力を丸ごと叩きつけられた盾は粉砕し、破片が熱された大地に散乱した。


「先輩ッ!!」


 ありとあらゆる衝撃が全身を蝕み、激痛を脳に伝えてくる。


 ――だが、痛みに悶えている暇はない。


「――ッ!!」


『ギィィイイイイイイイイイイイ!!』


「あ…………」


 テラスが、俺に心配の声を上げたキイラを狙い始めたからだ。


「オオオオォォォォッ!!」


 痛みを誤魔化すように咆哮し、身体強化を用いて、蛇のテラスへ飛び掛かる。


 テラスはそんな俺の剣を槍で受け止める。


 そして、すぐにもう片方の槍で俺の胴を貫こうとしてくる。


「ッ!!」


 幸い、寸前で後方に退避したため、内臓を落とすことなく着地することが出来たが……


———身体強化の倍率が……足りていない……!!


 これが、ブラン並みに身体強化が施されていれば、相手の槍を破壊したうえで、ダメージを与えられたかもしれない。


 少なくとも、相手が反撃する余裕がある程度には、一撃が『軽かった』ということなのだろう。


「ハッ……まだまだ俺は……弱いなぁ……!」


 身体強化の倍率が上がり始めて、忘れかけていた『弱者の自覚』。ソレを再び拾い上げて、己の一部として認識する。


『お前は、夢————叶えろよ』


 そして、弱者が弱者のまま、自分の苦い過去を見つめ……覚悟を決める。


 何をしてでも、『負けない』と。


「キイラぁ!」


「……!」


 怯え切った新人の名を呼ぶ。


「『逃げる』思考は捨てる!! ――もう『逃げ』たら死ぬ!!」


「……」


 人外であるうなり声を響かせる魔物を見つめ、仲間として呼びかける。


「俺が前衛をする! ――死ぬまで魔法使え!!」


「……はいッ!!」


 小気味のいい返事が返ってきたところで、俺は剣を構えた。


「行くぞッ!!」



 ※ ※ ※



「状況はどうなっている!!」


 ギルドに駆け込んでくるなり、セレストは忙しそうな受付嬢を捕まえて怒鳴る様に状況の説明を促す。


「セレストさん、ヘリオスさん!!」


 だというのに、受付嬢は安心したような表情を浮かべて――現状を話し始める。


「『東の雑木林』と街の中間地点に魔剣が落下。――魔剣域ダンジョンから炎を帯びた魔物・ビラシスが無数に出現。今は残った冒険者と騎士団・魔法師団で制圧に動いています!」


魔剣域ダンジョンの閉域には誰か向かったのか?」


 ヘリオスの問いに、受付嬢は首を横に振る。


「いえ、出現した魔物の数が多く、加えて冒険者の多くが『オルスの奈落』掃討作戦に参加しているせいで人手が足りてません!」


「最悪なタイミングだな……」


「そんなことはどうでもいいだろ!」


 セレストはヘリオスの横腹に肘鉄を入れると、受付嬢を睨みつける。


魔剣域ダンジョンの閉域にはオレ達が向かう! ――いいな!?」


「で、でも……魔物を掃討してからの方が……」


 ヘリオスの意見に、再びセレストが肘鉄を入れる。


「『誰かが』が魔剣域ダンジョン内に落ちてらどうすんだバカ。――受付嬢、魔物と戦ってる馬鹿どもには、『死ぬ気で耐えろ』と伝えておけ!!」


「しょ、承知しました!!」


「ちょっ、セレスト!!」


 端的にこれからの自分たちの行動を受付に伝えると、セレストはヘリオスの首根っこを掴んで走り出した。


「ごめん、誰か冒険者捕まえて伝言して!!」


 額から滴る冷や汗を拭いながら、受付嬢は近くにいた職員へ指示を出す。


金級ゴールドが動いたって!!」

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