十九本目 魔剣と親友

「パーティを離れる……?」


 キイラの言葉に、頷くブラン。


 俺は、ブランの表情から、『何かしらの事情』を察し、彼女の言葉を待つ。


「二人は……『オルスフェンの魔剣』って……知ってる?」


 そんなブランの口から飛び出したのは、意外な単語だった。


「『オルスフェンの魔剣』って……そりゃぁ……この街に住んでる人間なら誰でも聞いたことがあるのでは?」


 冒険者等級最高位ゴールドのブランから出てくる禁域を広げる魔剣の名に、キイラはいつになく緊張した面持ちだ。


「……っ」


 しかし、俺はその名を聞いて、——一人で息を飲む。


「……アルティ?」


 そんな俺に気が付いた俺の様子に気が付いたブランは、静かな声で俺を呼ぶ。――呼ばれたことに気が付いた俺は、我に返りブランとキイラへ顔を向けた。


 ――何となく心配そうな顔だ。


「悪い、考え事してた」


 だから、少しだけ笑みを浮かべて誤魔化す。


「それで……その『オルスフェンの魔剣』がどうしたって?」


「……」


 ブランはそんな俺に、未だに目を向けているが……やがて、目を伏せて再び言葉を紡ぐ。


「『オルスフェンの魔剣』攻略作戦がもうすぐ始まる」


「「!!?」」


 俺とキイラは同時に目を見開いた。


「ちょ——ちょちょ……!! ちょっと待ってください!! じゃあブランさんは……!!」


「うん、私も攻略参加メンバー」


「ちょっとまてブラン……お前……その意味……わかってんのか……!?」


 俺の言葉に、ブランは無言で頷く。


「分かってる。――あの禁域は、過去何人もの金級ゴールドの冒険者を飲み込んだ異常領域」


「じゃ、じゃあお前……」


 ブランは、動揺する俺の顔をみて――ゆっくりと首を振る。


「それでも私は行く。――何がなんでも私はこの街を守りたいから」


 見知らぬ大勢の為に命を賭すその姿は——俺が昔読んだ御伽噺に出てくる英雄のようだった。


「それに、『オルスフェンの魔剣』攻略作戦は『パーティを抜ける』っていう話とは直接は関係ないしね」


「「へ?」」


 『やっぱり勘違いしてた』と言いたげなあきれ顔と共にブランは続ける。


「今回、カイ王国の騎士団の団長と、魔法師団の師団長の率いる部隊と『オルスの奈落』で魔物の掃討をしてくるだけ。――『オルスフェンの魔剣』までのルートの安全性を上げるための作戦だね」


「いや、それでも『オルスの奈落』は——」


「大丈夫。――それより」


 俺の言葉を遮ったブランは、真剣な眼差しを俺とキイラに向けた。


「お願い。――私が帰ってくるまでに……少しでも強くなって欲しい」


 有無を言わさない声。


 そんなブランの言葉に、俺もキイラも頷くしかなかった。



 ※ ※ ※



『おいアルティ、早く来いよ』


 あぁ、これは夢だ。


『待てって……そんなさっさと行ったら落ちるっつーの』


 だって、俺の目の前にが居るのだから。


『大体、俺らみたいな新人が『オルスの奈落』がある山に入って大丈夫なのか?』


 これは……過去の記憶だな。


『平気だろ。――あくまで『オルスの奈落』があるのは、この山のであって、外側の山は大したことない』


 目の前の太々しい男は俺の親友のウェイヴレット。


『だからって……お前なぁ……』


 翡翠のような瞳に、背中まで伸びる女性のような黒髪が特徴的なヤツだ。


 臆病で……冒険者として才能の無かった俺とは違い——コイツは才能にあふれた男だった。


『おっ、ハーピィだ。――ぶっ殺すか!』


『ちょっ……お前あの数は不味い——!!』


 俺と同じ銅Ⅲ級の冒険者だったくせに、剣の腕は並みの銀級シルバーよりあったと思う。


 現にこの時は、ハーピィの群れをほとんど一人で片付けてしまった。


『ぺっぺっ……ハーピィの羽が口に……』


 太々しいこの男を……俺は確かに友として――何より冒険者として目標としていた。


 豪快で、強くて、負けず嫌いで、頼りがいのあるこの男を……俺は『英雄』としてみていたと思う。


『お前……ふっ、ははははっ……!』


『何笑ってやがんだこの野郎ー!』


 この後に起きる、俺とウェイブレットの人生を狂わせた、あの非常事態イレギュラーが発生するまでは——

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