二十本目 亡き双剣

 切っ掛けは俺だった。


『あっ、ヤバッ——』


 調子に乗って入った『オルスの奈落』上部の山『オルスの山脈』。


 そこでまず俺がバランスを崩して崖から落ちた。


『あぶねぇ!!』


 ウェイブレットが間一髪で掴んでくれたはいいものの、次の瞬間には、


『クソッ——!!』


 ウェイブレットの足元の崖も崩れ、二人して



『大丈夫かアルッ!!』


『あぁ……ウェイヴは?』


『俺は……左腕、折れちまったみたいだな』


 きっと、左腕から落下してしまったのだろう。――その左腕はグチャグチャで、痛みがこちらに伝わってきそうなほど凄惨な状態だった。


『ウェイヴっ、お前……!?』


『あぁ? こんなの……痛くもかゆくもねぇよ』


 だというのに、ウェイヴは一切痛がる素振りを見せず立ち上がったのだ。俺が原因でケガをしたウェイヴが立ち上がる様を……今でも鮮明に覚えている。


『おい、それより此処って……』


『……あぁ、落ちている最中に山の内部に入ったらしい』


 このとき、落下の途中にあった山の内部に繋がる大穴に落ちたらしく、俺とウェイヴレットは『オルスの奈落』に入ってしまったのだ。


『おい、アルティ……どうやら話し合う暇もないらしい』


『は……?』


 最初の不運が『オルスの奈落』への落下だとすれば、次の不運はココだろう。


『『キメラ』だ。――しかもありゃ特別製だな』


 獲物を取り込み——変異に変異を重ねた『キメラ』。そんな異形の怪物と、俺達は遭遇してしまったのだ。


『な、なんだアレ……!?』


『ありゃぁ……ここから出れば……特別報酬個体ネームドだろうなぁ多分』


 俺は恐怖していた。


 今までの魔物が、命を賭けて戦っていた魔物たちが、まるで子ども玩具オモチャのように感じた。――そんな魔物達と戦っていた自分もまた、ちっぽけな存在でしかないと理解してしまったのだ。


 この怪物の前では自分など、ただの虫けらに過ぎない。


『に、逃げようウェイヴ……!!』


『バカ言ってんじゃねぇよ』


 しかし、こんな時も、ウェイヴレットは前を向いていた。


『ば、バカはお前だ……! あ、あんなの勝てる訳ないだろ……!!』


『だからって、だろ』


 否、冷静に現状をしていたのだ。


『あんなヤツとこの距離で遭遇したらまず逃げれるわけない。――ちっとは冷静になれ』


『っ……じゃ、じゃあどうするんだよ……!!』


 思えば、この時の俺は、弱くて、ダサくて——それでいて、『臆病』だったと思う。



『俺がになる』



 親友はこんなにも『覚悟』を見せたというのに。


『お、お前……!?』


『どう考えたって、ケガの少ないお前の方が逃げるの速いしな』


 振り返ってみれば、なんて無様なんだろうか。


 正直……このときの俺は、目の前のバケモノから『逃げれる』ことに


 親友が犠牲になる選択をしたのにも関わらず……だ。


『ま、待て……俺も……』


『バーカ』


 ウェイヴレットは、そうして、俺の胸を押した。



『お前は、夢————叶えろよ』



 今でも、その言葉は胸に、脳裏に、心臓にこびりついている。


 その後、俺はどう街に帰ったのか記憶にない。


 気が付けば、俺は街の真ん中で泥だらけで佇んでいた。


 『オルスの山脈』で受けた依頼クエストは、ウェイブレットがほとんど一人でこなしたのにも関わらず成功扱い。


 俺はウェイブレットの功績でウェイブレットを犠牲にして、銅Ⅲ級から銅Ⅱ級へ昇格した。



 ※ ※ ※



「……最悪な夢だ」


 俺は夜明け前の暗がりを見つめ……一人ため息をつく。


「いや……最悪なのは俺だな……」


 惨めで情けない過去を思い出し、酷い自己嫌悪を覚えながら俺はベッドを這うように出た。


 沈んだ顔で、いつもの支度をして、いつもの時間に出る。――無意識に毎日のルーティンを行う身体に気が付いた俺は、キイラと待ち合わせをしている広場で一人で笑った。


 ブランが『オルスの奈落』掃討作戦に出発して二日。


 俺とキイラは相変わらず朝早くから訓練を続けていた。――といってもブランが居ないため、魔法の訓練のみだが。


「すいません先輩……自分も武器を使えれば先輩のお相手できるのに……」


「気にするなって」


 魔力を操作しながら、俺との会話をこなしてしまうキイラに表情を引きつらせながら、俺は彼の言葉をフォローする。


「あ、そうだ——」


 そんなとき、あることを思いつく。


「なぁキイラ、お前も護身用に武器、持つか?」


「へ?」


 魔力操作につかれた身体を起こしながら、俺はそんな提案をキイラにしてみる。


 もちろん、唐突な提案なので、その意図をしっかり伝える。


依頼クエストなんて、この間の時みたいに何が起きるか分からない。――魔法使いであるお前が一人ではぐれることもあり得ない事じゃないしな」


「ま、まぁ………そうです……ね?」


 オレの提案にピンときていないのか、キイラの表情はわかりやすかった。


「でも僕、武器をちゃんと振れる自信ないですよ? 生まれてこの方、魔法一筋だったので……」


「大丈夫。――提案した手前、ちゃんと教えるから」


 その瞬間、パァとキイラの瞳が輝いた。


「先輩が指導してくださるんですか!?」


「お、おぅ………」


 なんか、こう……ひしひしと、キイラが『慕ってます!!』みたいな感情を俺へ向けてくるのが、妙にむず痒いとゆうか……期待に応えられるか不安になることが多い。


「じゃあ、このあとすぐ武器屋に行きましょう!!」


「だ、だな……」


 『東の雑木林』監視の依頼クエストは、ブランの居ない間はギルドも取りやめる話をしていた。――よって、銅級カッパーにできる仕事なんて『ゴブリン退治』ぐらいなものだ。


 そして、その仕事は、朝のラッシュに参加しなくても自然に残る。――つまり、開店と同時に武具店に直行しても問題はない。


———俺も……そろそろ金が溜まってきた……装備を変えるか?


 そんなことを考えながら、俺とキイラは一度宿屋へ戻った。



 ※ ※ ※



「うぉ~……凄い……」


 鍛冶屋『イクス・プロ』。


 ギルドや花屋のある噴水広場の一角。――とても立地のいい武具屋の名前だ。


 ギルドの一階部分ぐらいはありそうな販売スペースに置いてある武器・防具を見て、キイラは目を輝かせている。


「俺のお勧めの武器は……って、聞いてないなこりゃ……」


 新人には武器・防具が支給される。――魔法を使う者には防具のみ、俺みたいな近接で戦う者は直剣と防具。


 ちなみに、俺の盾は、新人の頃買った安い盾だ。


「先輩、店内見て来ていいですか!?」


 なので、きっとキイラはこうゆう店に来たことはないのだろう。


「あぁ、俺もこの辺に適当にいるから、何かあれば呼んでくれ」


「わかりました!」


 年相応にはしゃぐキイラを見送り、俺は財布の中身を確認した。


———金貨三枚……銀貨は……三十枚ぐらい……銅貨は……いっぱい……


 銅貨百枚で銀貨一枚、銀貨百枚で金貨一枚。――ちなみに、銅貨が十枚ほどあれば一日の生活はできる。


———これくらいあれば……防具ぐらいは買い換えられるか……?


 剣と盾は、日ごろから手入れをしていて、そんなに困ってはいない。


 しかし、防具は一か月前のオークとの戦いで随分くたびれてしまった。――新人の頃に支給されて長いこと世話になった皮防具だが……いつ壊れてもおかしくない現状だ。


———昔は身体強化が出来なかったから、重い全身甲冑フルプレートは避けてたが……今なら……


 そう思い至って、防具の置いてある一角を覗くが……


「一式……金貨……十、枚……」


 俺の好みに合う鎧が、俺の予算を軽く飛び越えて遥か彼方に飛んで行ってしまったため、俺は白目を剥きそうになった。


———やめようやめよう……第一、身体強化をしてない状況で全身フルプレートなんて、俺の筋力じゃすぐバテる……


 なんとか、心の中で諦める口実を作って、俺は他の防具を見る。


「……コレ、いいなぁ」


 とある装備に目が行ったとき——


「先輩! コレ良くないっすか!?」


「うぉ!? びっくりした!?」


 急に後ろから、いつもの大声量で話しかけられ、俺は肩を跳ねさせた。


「なんだよキイラ……店内では静かに……——」


 俺は振り向いたキイラを見て、言葉を詰まらせた。


「――――」


 そこには直剣二本——をヘンテコな構えで持っているキイラが居た。


「……ウェイヴレット」


「へ…………?」


「あっ、いや、何でもない!」


 死んだ親友の名が自然と出てしまい、俺は慌てて取り繕った。


———今日、変な夢を見たせいだな……


 キイラが、ウェイヴレットに似ているということではない。


 『双剣』というスタイルが、ウェイヴレットの戦闘方法だったのだ。――夢でアイツのことを思い出してしまった俺は、キイラのその姿に親友を重ねてしまったのだ。


「それよりキイラ」


 俺の様子をみて、ポカンとしているキイラへ俺は呆れたように声をかけた。


「お前、そんな筋力ないクセに剣二本も持ち歩くつもりか?」


「えー……でもカッコいいじゃないですかぁ……」


「落ち着け、自分の筋力にあった装備にしないと、お前探索中にバテるぞ……」


 キイラは心の底から納得した顔をしていない。――が、俺の言うことも一理あると理解を示してくれたのか、『残念です』と言いながら、剣を棚に戻しに行った。


「……俺もしっかりしないとな」


 そんな後輩の背中を見て、俺は過去を振り返る。


———何かあれば……俺はアイツを守る立場だ……


「先輩!」


 キイラは、剣を戻した棚の近くから、一振りの短剣を持ってくる。


「僕のヒョロヒョロな身体にピッタリな武器がこれしかありません!」


「奇遇だね、俺もその武器をキイラに勧めようと思ってた」


 なんかもっと別の武器を勧めて貰えると思っていたキイラは、俺の言葉に分かりやすく絶望した顔をしている。


「も、もっとカッコいい武器を……使えると……」


「バカ野郎、短剣だってカッコいいだろう!」


「ちなみに僕、一番カッコいいと思うの……アレです!」


 キイラが指さすのは——一九〇近い俺の身長よりも尚デカい大剣だ。


「お前『武器振れる自信ない』って言ってたろ!」


「自信はないですけど、『カッコいい』って思う気持ちは別ですよ!」


「大体、あんなバカデカい武器振れるのなんてオークぐらいなもんだよ!」


「あー偏見いけないんだ!」


 一通り口喧嘩をした後、店主に睨まれた俺とキイラは一旦口を閉じて、互いに見合う。


「それで、どうすんだ? ――俺のお勧めは短剣だが……」


「実際、長剣を振ってみたい気持ちはありますが……ここは先輩のアドバイスに従います」


 店主の様子を伺いながら、俺とキイラは買い物の方針を決める。


「あと、俺………お前にどうかなと思ってたんだよ」


 俺はそういうと、短剣の揃っている棚から、ベルトに繋がれた短剣の束をキイラに見せる。


「これは?」


 キイラの持っている短剣は、刃渡り五十センチほどだろうか。


 対し、俺の差し出した短剣たちは刃渡りは二十センチほどだろう。


「これ、投擲用短剣」


「投擲って……武器もまともに振れないのに……なんでですか?」


「あー……それはな……」


 大きなお世話だろうか?


 なんて考えながら、俺は投擲用短剣を勧めた理由を伝える。


「お前のバカデカい雷——アレ発動させたとき……どっちも目標地点に剣がぶっ刺さってただろ?」


「そうですね……多分……今も発動させる時に『避雷針』みたいな目標物がないと、発動できない気がします」


 キイラが、俺とブランに見せてくれた魔法のことを教えてくれる。――その話を聞いて、俺は少し安心した。


「もしだったら、コレ魔物にぶっ刺して——その『避雷針』とやらの代わりにならないかと思ってな」


「!! ――なるほど!」


 俺の考えに納得してくれたキイラは、笑顔を咲かせる。


「どうだ……金は足りるか?」


 キイラはすぐさま値札と自分の財布の中身を見比べて――


「足り——ないです!!」


 どうやら、銀貨十枚ほど足りないらしい。


「銀貨十枚……なら、俺が出そう」


「えっ、いや、ダメですよ!!」


「ダメなもんか。――パーティの戦力アップは俺の生存にも繋がるしな!」


 そういいつつ、俺は無理やりキイラの財布に銀貨を突っ込む。


 すぐに俺に金を返そうとするキイラだったが、俺が逃げ、追いかけようにも店主に睨まれてしまい、渋々、短剣と投擲用短剣を購入した。

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