三本目 きっかけ

 私は金級ゴールドの冒険者として様々な依頼を受け、カイ王国のギルド所属の冒険者として世界中の色んな所を旅した。


 その中で、いろんな冒険者と出会った。


 人々から慕われる女傑を、巨大なドラゴンを剣一本で倒す騎士を————みんなが憧れる英雄を。


 そんな私でも——初めて見た。


 『身体強化』を使わず魔物を屠る冒険者を。


 数を、力を、非力な腕で往なし、流し、時には利用して、最小限の力で敵を倒す冒険者を。



 ※ ※ ※



金級ゴールドの冒険者……ブラン」


 俺は、もらった水を飲むことも忘れ、目の前に現れた白髪の少女を茫然と見つめた。


 周囲の人間も、単独行動ソロで有名な金級ゴールドが、銅級ブロンズのオッサンに話しかける事態に固まっている。


「……」


「…………珍しいね」


 セレストとヘリオスですら、あまりに珍しい光景に成り行きを見守っている。


「――あの」


 そこで、固まっている俺に対して、再びブランが声をかける。


「あっ? えっ、あぁ、ご、ごめん!! ――まさか話しかけてくると思わなくて!」


 俺の間抜けな声に、周囲も驚愕から脱したのか、にわかにざわつき始める。


「よかった。――私の声、聞こえてないのかと思った」


 そんな周囲の喧騒に、一切意識を向けないブランは、その無機質な表情で息を吐いて安心したような仕草を取る。


 そんなちぐはぐな彼女の様子に、少しだけ可笑しさが込み上げる俺は、


「オジさん……」


 次の瞬間、彼女の放った言葉で、完全に固まることになる。



「私と………勝負して」



「……………………………はぃ?」


 俺の過去一間の抜けた声は、再び静まり返った酒場内に、嫌な程響いた。



 ※ ※ ※



「どうして事前に言わないのだ……」


 ギルドの裏庭。


 左手にギルドの建物、右手に街が一望できる崖上(転落防止の為に柵はある)。


 幅十五メートルほどの裏庭で、ギルド長は渋い顔をして、ブランを見下ろしていた。


「だって、事前に言ったら絶対に止められるので…………」


「当たり前だ」


 まるで、説教を垂れる父親と、言い訳を述べる娘のような光景だ。


 ちなみに、ギルドの裏口から複数人の冒険者。二階からはギルド職員が何事かとのぞき込んでいる。その二階の別の窓からセレストとヘリオスも、この騒動を見守っている。


———あぁ……なんで受けちゃったんだろうか……


 冒険に出るときのように、長剣ロングソードと盾を装備した俺は、緊張でグルグルする胃をさすりながら後悔を始める。


 本当は、断るつもりだった。


 銅級おれが金級ブランに勝てる訳がない。――――わかりきっていることだ。


 だが、それでも——


下級最弱ビリディス金級ゴールドに勝てる訳ねぇだろ』


『才能ない負け犬だ。――瞬殺されて終わりだろ』


 夢を追うために捨てたと思っていた自尊心が、俺を奮い立たせてしまった。


———…………


 侮蔑を、侮辱を思い出した俺は、強く剣を握る。


———『結果』に対してバカにされるのはいい。事実だから………


 万年銅級ブロンズという結果を笑われてもいい。だって、事実なのだから。


 でも、この勝負は違う。


 明らかに実力が離れていても————俺はまだ


 『負け』も、『勝ち』も、何も決まっていないことをバカにされるのは…………違う。


「……」


 俺は、『諦めの悪さ』だけを心に握り締めて、ブランを見据えた。


「ん…………じゃあ、勝負内容を伝えるね」


 ブランは、冒険者としては小柄な体躯で————傍にあった二メートルほどの斧槍ハルバードを、突き刺してあった地面から引き抜く。


「まず、ルールの確認」


 彼に斧槍を振り回し、背中に獲物を添えて俺に向き直るブラン。


「一番最初に、最も大事なルール——を伝えておくね」


「…………へ?」


 まさかの『身体強化の禁止』に俺は首を傾げる。


「お、俺はいいけど……いいのか?」


「うん。問題ない。――私が見たいのは


「……?」


「そして、それに付随して二つ目」


 ブランの最後の一言が気になったが、彼女がすぐにルールについて話し出したので、黙ってルールに耳を傾ける。


「攻撃魔法、支援魔法の禁止」


「あ、あぁ……安心してくれ。悲しいことに攻撃魔法も支援魔法も使えないからな」


 魔法はイメージによって発動する。


 『身体強化』とは、自分自身に掛ける魔法。『攻撃魔法』『支援魔法』とは、逆に他者に向ける魔法のことだ。


 具体的に言えば、『火球を撃ちだして』攻撃するだとか、『傷を塞ぐ』だとかのことだ。


「なら、これは私にだけ適用されるルールだね」


 ブランは、魔法を使えない俺に、静かに頷くと、今度はギルドの二階を指さした。


「とどめの一撃を寸止めすることで決着とするけど——ケガしても私か……ギルドの受付嬢ヒーラーが治してくれるから安心して」


「おい、聞いてないぞ」


 後方から立会人として呼ばれたギルド長がブランへ不満の声を投げるが―


「ごめんなさい、忘れてた」


 『残業手当を付けておかねば………』というギルド長の呟きが、妙に物悲しかった。


 ちなみに、どうでもいい話だが、ギルドの受付嬢は、傷ついた冒険者を手当てできる回復魔法を使える(あまりに重傷の場合は治療院に送られるらしいが)。


「――それじゃあ、始めようか」


 そんな感じで、ルール説明を終えたブランは、先ほどの体勢から、片足を下げて半身で構えを取る。


 まるで照準するかのように、右手は俺に向けて手のひらを見せている。


「……了解した」


 その構えを見て、俺も片足を下げて半身で剣を構える。


「……いくよ」


 そして、俺の人生を変える一戦が————始まった。

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