四本目 金級と銅級

 斧槍はリーチが長い。――――だから、懐に入れば俺に分がある。


 そんなのは、誰でも分かる。


 だが、事実そうだとして、容易に突っ込むめば————簡単に崩される。


「……」


 だから、最初は様子見に徹した。


 リーチを生かして、顔面に迫る槍を次々避ける。


———思ったより腕力がある……


 今の戦いでは、俺もブランも『身体能力強化』を使っていない。


 それなのに、目の前の金級冒険者は、まるで己の手足のように斧槍を扱う。


———だが…………


 金級冒険者・ブランの武器捌きを観察し、俺は少しだけを目を細める。


「……」


 相変わらず、降り注ぐ雨のように槍を突き刺し続けるブラン。


 刹那――突き出した槍を、手首を捻ることで回転させるブラン。


「……ッ!! ヤバッ——」


 すぐに彼女の思惑を察した俺は、咄嗟に右手の剣で斧槍の軌道を逸らす。


「…………」


 しかし、その対応は間違っていた。


 ブランは、勢いよく斧槍を引き戻す。


 すると、どうだろうか。――斧槍のが俺の剣を引っ張り、地面へ切っ先を落としてしまう。


「くっ……」


 幸い、剣を手放すことはなかったものの、今の俺の態勢は隙だらけだ。


———やられた……


 対応できなければ、そのまま首を後ろから刈り取られる。


 対応してこれば、剣をはたき落す。


 どちらを選んでいても、次の一手に繋げることのできる攻撃だ。


「…………」


 ブランは、引き戻す勢いで斧槍を短く持ち直し、力強く一歩を踏み出す。


「不味い……!!」


 次に飛んでくるのは、短く持つことで威力の増した突き。


 ご丁寧に、斧部分が俺の顔面を向いているせいで、咄嗟に回避するには間に合わない。


「クソ……!」


 今の俺には、頑張って盾で斧槍を防ぐことしかできない。


 次の瞬間、金属と金属のぶつかる擦過音が響き、俺の手に衝撃が伝わる。


「……」


 だが、金級冒険者は止まらない。


 盾に防がれた穂先を、そのまま盾の上側へ滑らせ、斧槍を捻る。


———が狙いか……ッ!!


 ブランの狙いに気づいたときには、もう遅い。


「うぁ…………っ!?」


 再び引き戻す力で引っ掛けられた盾。


 耐えることも出来ずに俺は無様に地面にひっくり返る。


「…………」


 ブランは、斧槍を引き戻すと同時に後方に跳躍。


 大きく斧槍を振りかぶり、地面に転がる俺へ、斧を容赦なく振り下ろす。


———殺す気だろ…………っ!


 体重×遠心力の加わった一撃など、盾ごと破壊される可能性がある。


 ブランの望む展開が分かっていた俺は、みっともなく地面に寝そべりながらもすぐに真横へ転がる。


 砕かれたレンガの破片が俺の頬を掠めるが、構ってなどいられない。


 状況を把握すべくブランを見据えようとして――



 スイングされたブランの斧が迫っていた。



「ッ——!!」


 咄嗟に盾で防御できたことを褒めてほしい。


 だが、遠心力の加わったその一撃の威力は凄まじく、俺はそのまま何メートルも地面を転がる。



———すごい。


 己の一撃で転がった男性に、ブランは人知れず驚嘆していた。


———魔物も、冒険者も、今の一連の動きに対応したことないのに……


 魔物はもとより、冒険者も大半の者が『力強さ』というものを過信している傾向がある。


 その傾向は、如実に戦闘スタイルにも反映されており、力押しを好む冒険者のほとんどが今のブランが行ったトリッキーな動きについて行けないのだ。


「…………」


 しかし、現実はどうだ。


 『万年銅級』と蔑まれた男が、金級冒険者の猛攻をしのぎ切ったのだ。


「………ホントに寸止めする気ある?」


 土埃で汚れた服など構いもせず、目の前の銅級冒険者は立ち上がった。


「――どの攻撃も対処できそうな動きがあったから止めなかった。大丈夫……本当に対応できてなければやめてたよ」


「………そーかい」


 周囲の冒険者が小声で話す。


「おいおい、やっぱ実力差半端ねぇじゃん」


「やめとけやめとけ。死ぬんじゃねえかオッサン」


「なんでこんな勝負受けたんだろうな下級最弱ビリディスは」


 そのほとんどは土に汚れるあの冒険者——アルティをバカにする言葉だった。



「どう見るセレスト?」


 職員用の部屋の窓から、アルティとブランの勝負を見ていたセレストとヘリオス。


 一連の攻防を見て、ヘリオスはセレストに言葉を投げる。


「周囲のバカ共は、一方的な展開をみて下級最弱ビリディスを嘲笑ってるみたいだが——」


 セレストは、薄紫色の瞳を細めて、ブランの斧槍ハルバートを凝視する。


あの無機質女ブランの今の連携は、金級オレらでも対応できるか怪しい」


「だよね」


 忌々しそうに呟くセレストに同意しながら、ヘリオスも言葉を紡ぐ。


「確かに展開は一方的だったかもしれないけど…………が凄い」


「まぁ、下の冒険者バカどもには一生分からないだろうけどな」


 『フン』と鼻息を荒くするセレストに、ヘリオスはため息をついた。


「ほら、人を馬鹿にするような発言はしない」


「嫌だね」


「全くもう……」


 相棒のキツイ言葉遣いに、一人嘆息するヘリオスだった。



———大体わかった。


 盾を前に構え腰を落とし、剣を逆手にもってブランを見据える。


「……」


 先ほどとは違う構えを見せる俺に、無言のブラン。


 明らかに警戒を高めているのが見て取れる。


「…………いくよ」


 それでもブランは、華麗に斧槍ハルバートを回して————距離を詰める。


———また突きか………!


 構えが変わらない所から、先ほど同じ攻撃を俺は予測する。


 のだが——


「――」


「っ……!?」


 ブランは突如として


———何を……!?


 そして、流れるように斧槍ハルバートの柄を長く持ち帰ると、大きく振り回す。


「わかんねぇよっ……!!」


 格下である俺に警戒して攻撃のパターンを変えたブランは、振り回した斧槍ハルバートで俺の足元を刈り取りに来た。


 俺は全力で飛ぶ。


「フッ——!!」


 そして、この金級えいゆうは、俺の行動など想定内だと言わんばかりに、空中に居る俺に神速の突きを繰り出す。


———クソ……!!


 攻撃の軌道を必死に見切り、急所だけはなんとか盾で守る。


———……!! 突きコレはフェイクだろ……!!


 一瞬の思考の中、攻撃を一旦止めたブランに俺は視線を移した。


「本命は……ここだろッ!!」


 そして着地の直前——俺は剣を


「ッ……!?」


 その瞬間、着地のタイミングを狙ったブランの足元への突きが俺の剣に防がれる。


 明らかに見開かれるブランの瞳。


———ここしかない……!!


 俺は着地と共に、地面を抉るように剣を持ち上げ——斧槍ハルバートの柄の上で刃を滑らせる。


「っ……!」


 鍔のない武器にとって、今の状況は『手を持っていかれる』最大の危機ピンチ


 ブランは咄嗟に左手を離して俺の攻撃に対応しようとするが——


「――お返しだッ!!」


 柄の上を走らせていた刃を跳ね上げ、俺は剣の軌道をブランの首に捻じ曲げる。


「さす……がっ!!」


「なッ——」


 だが、紙一重。


「この……金級ゴールドが……!」


 ブランは、上半身だけを大きく後方に倒すことで俺の一撃を避けて見せた。


「――――」


 ブランはそのまま後方にバク転。


「ぐぁ……!」


 ついでのように俺の顎に下から蹴りを入れて始末だ。


「……いくよ」


 思わぬ攻撃にムッとするが、すぐさまブランが斧槍ハルバートを振り回しながら距離を詰めてきたため、意識を切り替える。


———パターンが変わった……!


 先ほどまでは槍の突きをメインに俺を攻め立てていた。


 しかし今度は、棒術のように獲物を振り回し、斧と柄で自由自在に攻めてくる。


———やりづらいな……!


 斧を防げば、下から棒で脛を叩かれそうになる。


「……っぶね」


 と思えば、今度は下から斧で切り裂かれそうになる。


———だが……おそらく——


 その攻防の中で、俺は一つの予測を立てた。

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