二本目 等級

 魔剣域ダンジョン


 それは、天空より落ちてくる魔剣が、その力で次元を切り裂き、この世界と魔物の存在する領域を繋げてしまうことで生まれる空間だ。


 冒険者はその空間に存在するテラスを倒して、魔剣域ダンジョンを閉じる。のだが――



 この世界には、テラスがあまりに強力すぎて、閉じることのできない魔剣域ダンジョンがある。



 人々はこの領域を、畏怖の念を込めて『七大禁域』と呼ぶ。



 ※ ※ ※



 カイ王国 王宮・会議室。


「七大禁域、『オルスフェンの魔剣』に不穏な動きがある」


 王族・貴族、そして軍の関係者しか入れない会議室にて、冒険者や軍人……様々な人間が静かに座る中、一七〇ほどの高身長の金髪の女性が、ハッキリとした声で告げた。


「先日、『オルスフェンの魔剣』を監視していたチームより、魔力の高まりがあると報告を受けた。また、そのチームは直後、魔剣域ダンジョンから飛び出した魔物に襲撃を受けたそうだ」


「そのチームは?」


 女性へ質問を投げかけるのは、天然パーマに顎鬚を生やした男だ。


「幸い、たまたま近くで依頼を受けていたブラン殿が駆けつけ、事なきを得た」


 戦闘に立つ女性の言葉を聞いた瞬間、その場の全員が会議室の一番後ろへ座る少女に目を向けた。


ゴールドの冒険者はさすがだな……」


「聞いた話では、誰とも組まず、一人でどんな依頼もこなしてしまうそうだ」


「それが強さの秘訣か……」


 会議室の人間は口々に勝手なことを宣う中、『ブラン』と呼ばれた少女は、その肩までの真っ白な髪を少しだけゆらして静かに目を伏せた。


「ともあれ、今回の事例を踏まえると、近々魔物共が魔剣域ダンジョンより多数、這い出てくる可能性がある」


 会議室全員の意識を向けるように、再び良く通る声を発する女性は1つの書状を皆に見せる。


「ここに陛下の許可証がある。――よって近々、軍関係者・冒険者問わずこの国のを集め……禁域・『オルスフェンの魔剣』攻略作戦を実行する」


 その瞬間、会議室全体がざわめきに支配される。


 それもそうだろう。


 『禁域』と呼ばれる魔剣域ダンジョンは、発生してから一度も踏破報告――された記録はない。


「ふざけるな!! 何百年もの間閉じられることのなかった領域だぞッ!!」


「カイ王国の過去の英雄たちが成し遂げられなかったことを、我々ができるのか?」


「大体、入って出て来れたものが居ないのだ。―――情報がなさすぎる」


 貴族が、軍人が、口々に不満———もとい、不安を口にする。


 そんな人々の様子をみた女性は、静かに瞑目し――――


「――――安心しろ。どちらにせよが必要な上、まだ不可解なこともある。少なくともココ数か月は作戦を実行することはない」


 『準備』という単語を発すると共に、国の『軍部』に関わる者達を見渡した女性は、ゆっくりと今後の予定を告げる。


「ここに居る冒険者にも、作戦実行時には声をかける。――受けるも断るも自由だが……高額の報酬は確かに約束しよう」


 女性は最後に冒険者達へそう告げると、その視線を『ブラン』と呼ばれた少女に向けた。



 ※ ※ ※



 冒険者には等級ランクがある。


 銅級Ⅲブロンズスリーから始まり、銀級Ⅲシルバースリーがあり、冒険者の最高位と呼ばれる金級Ⅰゴールドワンがある。


 金級Ⅰゴールドワンまでとはいかずとも、世間一般では、金級ゴールドまで上り詰めた冒険者を『英雄』と呼ぶ。


「最悪だぁ……」


夕方。


 昼間の依頼クエストにて、『オーク』との思わぬ接敵に尻尾巻いて逃げ出した俺こと、銅級Ⅱブロンズツー冒険者のアルティは、一人ギルドに併設されている酒場でシクシク泣いていた。


「せっかくいつもよりゴブリン共を倒したのに……討伐証明の魔物素材ドロップアイテムを落としちまうし……」


 おかげでクエストは失敗。――難易度の低い依頼クエストだったから違約金ペナルティは免れたものの、貧乏の俺は今日メシを食う分の金もなくなったのだ…………


「あれ、アルティさん…………今日はお酒を頼まれないんですか?」


 顔なじみの給仕係ウェイターが、不思議そうな顔で覗いてくる。


「…………今日の稼ぎがないからな」


 泣きそうな顔の俺に、『あらら……』と同情の目を向けてくる給仕係ウェイター


「…………水くれ」


「水も有料ですよアルティさん。――まぁ、いつも良くしてくれるので持ってきてあげますが」


 今だけは年下の女の子のご厚意が痛かった。


「おいアレ…………」


「へへっ…………また文無しかよ」


「流石『下級最弱ビリディス』。情けねぇー」


「噂じゃ、まるで『身体強化』が出来ないらしいぜ」


「マジかよ、むしろ良く冒険者やってこれたなぁ」


 そのとき、離れた席からが聞こえる。


 オレは、給仕係ウェイターの持ってきてくれた水を口に含み――務めて聞こえないふりをする。


――――考えるな…………今の俺じゃ仕方がない……今の――弱いままの俺じゃ……


 冒険者には、必須技能がある。


 それは、魔法による『身体強化』。


 強いイメージによって発動できる魔法で、己の身体を強化する――それが、冒険者として…………ひいては、怪物・魔物・強大な敵に立ち向かうための


 その魔法が俺はだった。


 一応行使はできるものの、その強化倍率は常人に毛が生えた程度。


 冒険者としては致命的だった。――ゆえに、ギルドは俺の等級を上げないし、難易度の高い依頼クエストも受けさせない。


 万年銅級どうきゅうの『下級最弱ビリディス』。


 そんな汚名と侮蔑が、ギルド内での俺の立ち位置だった。



「どけ下級最弱ビリディス



 そんな俺に、声をかける者が居た。


「そこはのお気に入りの席だ」


 空色の髪に、整った顔立ちを彩る薄紫の瞳の女性。


 右目は前髪に隠れているが、左目から伝わる怒気が分かりやすく彼女の機嫌を俺に伝えてくる。


「セレスト…………悪いね。今どくよ」


 彼女の名前はセレスト。


 カイ王国のギルドに所属する冒険者。等級は金級Ⅱゴールドツー


 ギルドに三人しかいないゴールドの一人だ。


 そんな彼女に凄まれてしまえば、俺みたいな木っ端冒険者は素直に従うしかない。



「セレスト、いつもの席に座りたいのは分かるけど…………頼み方は考えなきゃ」



 そんなセレストを諫める声が1つ。


「うるさいヘリオス」


 セレストの後ろに居た大男――ヘリオスだ。


 彼は、その前髪に隠れた瞳でセレストを諫めるが、当の本人は『ふん』と偉そうに俺の座っていた席についてしまった。


「すまないアルティ……」


「いいよ。――――実際、大変な依頼クエストばっかり振られるゴールドは労ってやらなきゃな」


「セレストの代わりに僕が礼を言うよ――――ありがとう」


「おう、気にするな」


 セレストとヘリオス。


 二人はこのギルドでも有名なゴールドのパーティだ。


 実際、依頼クエストの解決数はこのギルドでもトップだろう。


「……」


 別の席に着いた俺は、出世した後輩の背中を見ながら、一人空腹を紛らわせるために水を飲む。


 命がけで安い依頼クエストをこなし、


 少ない金でメシを食い、


 時折、見知らぬ連中に侮蔑をされる。


 これが、夢を諦めきれないオッサンおれの、うだつの上がらない日常だった。


 だが――



「ねぇ――――」



 そんな俺に、転機が訪れる。

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