第4章 激論!生徒会長選挙の展開③

4.3 ママの過去

4.3.1 ママ vs 先生

生徒会選挙戦も佳境に入り、私の活動がますます注目を浴びるようになったころ——


学校がついに、うちのママにまで手を伸ばした。


***


昼休み、私は職員室の近くを通りかかったとき、聞き覚えのある声に足を止めた。

扉の向こうから聞こえてくるのは、ママの声だった。


「——それで? うちの子が、何をやらかしたんですか?」


ママの声は穏やかだけど、芯のあるトーン。


それに対して、校長先生の落ち着いた声が応じる。


「北条さん。茜さんのことですが……最近の言動が学校の規律を乱していると、多くの教員が懸念しています」


——規律を乱している、ね。


どんな言葉が出てくるのか、私は息をひそめて耳を澄ませた。


「具体的に教えてください」


母の声はぶれない。

校長先生は、少し間を置いてから答えた。


「例えば、生徒会選挙で『ギャル解禁』を公約に掲げたり、派手なメイクイベントを開いたり……聖和の校風とは明らかに相容れない活動です」


「それのどこが、ルール違反ですか?」


「……え?」


「選挙の公約は自由でしょう? 生徒会選挙は、生徒たちがより良い学校を作るための活動だと聞いていますが」


「ですが、茜さんの主張はあまりにも——」


「それに、メイクイベントも事前に許可を取っているはずですよね?」


校長先生の言葉を、母は鋭く遮る。


教師たちがざわめく気配がした。


「……確かに、規則としては禁止されてはいません。しかし——」


「でも、禁止されてないんですよね?」


母の声が少しだけ強くなった。


「それなのに『規律を乱している』なんて、感情論ではありませんか?」


教師たちは何か言いたそうにしたけど、誰も決定的な言葉を発せない。


——すごい。


私は思わず胸が高鳴った。


ママは、私が今まで学校と戦ってきたやり方を、完璧に理解している。


ルールの盲点を突く。


感情ではなく、理屈で戦う。


そして今、私のママがそれを実践してる。


「……北条さん。私たちは、生徒たちが正しい方向へ進むよう導く責任があるのです」


沈黙を破ったのは、生活指導の谷村先生だった。


「正しい方向? それはつまり、学校が決めた“正しさ”のことですよね?」


ママの言葉に、谷村先生は言葉を詰まらせる。


「私も、母として茜にはきちんとルールを守らせています。でも、ルールを守ることと、自分を表現することは両立できるはずでしょう?」


教師たちが、また沈黙する。


その様子を見つめる一人の教師の姿があった。



染谷明日香先生——。


染谷先生は、何か考え込むように視線を落としていた。


公開討論会のときも、染谷先生は私の味方をしてくれた。



——染谷先生、何を考えてるんだろう?


私がそんなことを思っていると、校長先生が最後にこう言った。


「……いずれにせよ、茜さんには注意するよう、ご家庭でもお伝えください」


ママは、一瞬だけ沈黙してから、クスッと笑った。


「ええ、必要なら家庭で指導します。でも、必要かどうかは私が判断しますので」


その言葉を残し、ママは席を立った。


私は慌ててその場を離れ、ママに気づかれないように廊下を進む。

そして、面談室から出てきた母の姿を遠くから見つめた。



——やばい、私のママかっこよすぎ。



私の母は、ただのギャルじゃない。


強くて、賢くて、誰よりも理論的に戦えるギャルだ。



……私も、負けてられないな。


改めて、そう思った。





4.3.2 「大人になったら分かる」の真意

学校から帰宅すると、リビングのソファに座っていたママが、ため息混じりに言った。


「やっぱり大変なことになっちゃってるね」


「何が?」と、とぼけてみせる。


「んー? まあ、いろいろよ」


ママは軽く肩をすくめながら、テレビのリモコンをぽちぽち押している。明らかに何か知ってるけど、どこまで話せばいいのか考えてる感じだ。


「実は今日ね、学校に呼び出されて、茜のことについて先生たちと話してきたの…。茜はルール違反なんてしてませんって言ってきたんだけどね……」


しばらく沈黙が流れたあと、私はずっと聞きたかったことを口にした。


「……ママも、学校でこういう目に遭ったの?」


ママの手が止まる。


「……なんでそう思ったの?」


「だって、ママ、昔からギャルだったんでしょ? ルールに厳しい学校で、ママみたいな子が何も言われないわけないじゃん」



ママは少し笑った。

どこか懐かしむような、でも少し寂しそうな笑い方だった。


「うん、まあね。ママもね、昔は結構やんちゃしてたよ」

「まあ、茜、座りなさい」

そう言われて、私はママの隣に座ると、ママがゆっくりと語り始めた。



「ママの学校もね、めちゃくちゃ厳しかったんだよ。スカートの丈、髪の色、メイク、全部ダメ。でも、ママはギャルでいたかったから、バレないように工夫してた」


「ギリギリおしゃれ作戦?」


「まあ、そんな感じ。けどね……」


ママの声のトーンが少し落ちた。


「結局、バレたら理不尽にすごい怒られるし、先生たちにもマークされるし、親も呼び出されるし……。茜のおばあちゃんね。だんだん、戦うのが面倒になっちゃってさ。『ルールに抗っても何も変わらない』って思うようになった」


私は思わず前のめりになった。


「それで諦めたの?」


ママは少し目を伏せたあと、「ううん」と首を振った。


「諦めたっていうより、現実を知ったって感じかな」


「現実?」


「ルールを変えるのって、本当に大変なことなの。『変えたい!』って言うだけじゃダメで、先生や親を説得しなきゃいけないし、賛同してくれる人も集めなきゃいけない。しかも、どんなに頑張っても、結局は大人が決めることだから、簡単にはいかないんだよ」


その言葉を聞いて、胸がギュッと締めつけられた。


「だから……ママは、大人になったら分かるって、ずっと言ってたの?」


「そうだね」


ママは微笑みながら、私の頭を軽くなでた。


「ルールを変えるのは、ただ反抗するのとは違う。責任も必要だし、周りを納得させる力もいる。ママは、それを分かってなくて、ただ反発してた。でもね、茜は違うよね?」


「……私?」


「うん。茜は、ちゃんと考えて行動してる。だからこそ、今みたいに大変なことになっちゃってるんだけどね」


ママは冗談っぽく笑ったけど、私はなんだか複雑な気持ちになった。


「じゃあ、ママはどうして私に厳しくしてたの?」


「それはね、茜にはママみたいに中途半端に終わってほしくなかったから」


ママは真剣な目で私を見た。


「ルールを破って怒られて、それで終わりになるのはもったいない。だから、どうせやるなら、ちゃんとやってほしいって思ったの」


「ちゃんと……?」


「ルールを変えるなら、本気で。感情だけじゃなくて、理屈も大事にして。中途半端に戦うと、結局負けるから」


私は、ママの言葉を噛みしめた。


「ルールを変えるのは大変なこと」


確かにそうだ。

でも、だからといって諦めるつもりはない。


ママが昔できなかったことを、私はやる。

絶対に。



「……私、やっぱりやるよ」


そう言うと、ママは少し驚いたような顔をしたあと、ゆっくりと微笑んだ。


「茜はそう言うと思った」


そして、ひとこと。


「茜は、ママよりずっとかっこいいギャルになれるよ」


その言葉を聞いて、私はぎゅっと拳を握った。


負けられない。

絶対に、やり遂げてやる。

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